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深層心理

カチャカチャ___。
トントントントン、___。

「...ん......」


朝、とても良い香りで目が覚めた。
キッチンから聞こえる包丁の音と、水を流す音、何かを火に通す音、まるで実家に帰ってきたような朝の香りと音に少しずつ覚醒する脳。
いや、ここは宿舎だ。"僕達の家"
まだ寝ぼけ眼でアイマスクを外し眼鏡をかけ、スマホの時間を見れば朝の8時半。まだ寝られるけど、なんとなく目が覚めたから起きてみようと身体を起こす。



(あれ...耳栓外れてる...あぁ、だからキッチンから音が聞こえたのか)




大きく背伸びをして寝癖をつけたままふらふらと広いリビングに行くと、キッチンの前で立っている人物。


(......リノヒョン?)



「お?起きたか寝ぼすけ」


腰エプロンをして、片手にはアイスアメリカーノ。もう片方にはスマホを持っている。
朝から機嫌のいいリノヒョンに少し驚く。


「おはよう......」
「ん。おはよ」


作り終わった後なのだろう、腰エプロンを外しててこっちに歩いてくる。


「何突っ立ってんの?朝ごはん食べるだろ?」


こっちに歩いてきたかと思えば、僕の手を引いてテーブルへ誘導する。
いつもとは違う雰囲気に戸惑いを隠せないでいた。朝からこんなに僕に構ってくれるリノヒョンなんて何時ぶりだろうか。
そのまま手を引かれてテーブルにつくと、美味しそうな朝ごはんが並んでいる。


「わぁ...めっちゃ朝ごはん...」
「逆にそれ以外に何に見えんの」
「いや、なんか珍しいなぁ...って」
「たまにはいいでしょ、こういうのも」


(何でこんなに優しいんだ...何か企みがあるのか)


「ヒョン、僕ちょっと顔洗ってくるよ」
「おーう、行ってきな」


洗面台の前で少しボーっとしてから顔を洗って歯磨きをして、寝癖を直す。
いつもなら適当な返事で、朝からこんなに絡まれたことも無いのになんで今日に限ってなんだろうと不思議に思っていた。
今日が特別な日という訳でもなく、誕生日とかでもなくただただ普通の日。仕事がたまたま休みってだけであとは特に何も無い。


(リノヒョンの誕生日...はもっと先だし...うーん...)


はてなマークを頭の上で何個も作っていると、突然声を掛けられる。


「お前なにしてんの?」


急にひょっこり顔を出てきたもんだから、うがいしていた水が器官に入って激しくむせた。


「ゴホッゴホッ...」
「やー...、お前大丈夫?」


そう言いながら、背中をバシバシ叩いたりさすったり気にかけてくれた。
怒らせると怖いけど、こういう見慣れない姿の方がもっと怖い気がする...と、とても不安だった。


「...ゴホッ...てか今日どうしたのさ...リノヒョン...」
「何?いつもの俺でしょ」
「いや...いつもこんなんじゃないよ冗談言わないでよ...」
「お前失礼なこと言うやつだね」


少し拗ねた。
もういい、と1人でリビングにとぼとぼ歩いていく。その後ろ姿に少し申し訳なくなった。
ごめん、と素直に謝れば、ん。とだけ返ってきてリノヒョンと2人だけで朝ごはんを食べることにする。



「「いただきます」」


もぐもぐと美味しいリノヒョンの朝ごはんを口に入れて頬張ると、ここについてるぞと指で拭ってはそれを自分で口に入れるリノヒョン。
思わずポカンとする。


「......何?」
「ほんとにリノヒョン...?」
「さっきから何?お前、熱でもあるの?」

そう言っておでことおでこをくっつける。
あまりの恥ずかしい距離に、うわぁっと声を上げると________そこで目が覚める。






「っ、うわ......夢、...か...」


ハッと意識が現実に戻ってくる。
アイマスクを取って、耳栓を取るとキッチンの方から水の流れる音、まな板にぶつかる包丁のリズミカルな音、ジュージューと何かに火を入れる音、全てが聞こえた時に、これは正夢か?と内心ドキドキしていた。
この扉を出たらリノヒョンがいて...という想像をしたら怖くなって勢い良く身体を起こし、部屋を出るとやはりそこにはリノヒョンがいる。
一瞬ループしてるのか、とも思ってしまった。


「ヒョン!!」

大きい声で呼ぶと、ビクッと肩を跳ねさせてゆっくりとこちらを振り向く。

「っのわぁっ!!おま」
「リノヒョン?!リノヒョンだよね?!ね?!」


ヒョンの肩を掴み揺さぶって、頬を手で挟み熱がないか確認してみる。
熱は無く、異常のない人間の体温にほっとする。
はぁ...と重いため息をついて、顔をあげれば今にも怒りだしそうな...いやもうすでに怒っているリノヒョン。


「おい...スンミナ?」
「ご、...ごめん...」


あまりの怖さに瞬きの回数と心臓の音が早くなる。先程まで掴んでいた肩から手を離し事情を話す。



「......かくかくしかじかで...」



鮮明に覚えている夢のことを話し終われば、腹を抱えて大爆笑する。
なんだよそれ、ありえない、とパッチリ二重のくりくりの目から涙が出るほど面白いらしい。
こっちは真剣に話しているというのに、この人は全くと言っていいほど真剣に聞いていない。



「まぁ、そんな怒るなよ」
「.........(怒)」
「あ!スンミナ、お前お腹すいてるからイライラするんだよ、ご飯作ったから食べよう」


そそくさと準備をすれば、テーブルに色んな食べ物が並べられる。
別にお腹すいてるからイライラはしてることはないけど、でもお腹を空かせる匂いはしてる。


「......食べる」
「もう怒るなって〜」



口に運んでいるうちに、先程のイライラが無くなったかのように気分がスッキリしてきた。


「...めちゃくちゃ美味しいんだけど」
「そりゃ良かった」


そう言って照れたように笑うリノヒョンが少し可愛いとか思ってしまったのは黙っておこう。



「でもな、スンミナ」
「ん?」


突然、肘をテーブルにつけて手に顎を乗せながら言う。




「聞いた事あるか?夢ってさ、深層心理なんだよ」
「??...だから?」
「つまり、さっき話したことはお前の深層心理ってこと」



リノヒョンが言いたい事をだんだんと理解して途端に恥ずかしくなった。


「スンミナ、お前は夢の中の俺をお望みなのか」
「ち、違うって!!」
「んじゃー、現実世界の俺が好きってこと?」


そう言われるとどうなんだろう。
確かに夢の中のヒョンはすごく優し...いや優しすぎるくらいで逆に怖い。でも嫌いじゃない。
でもやっぱり、現実世界のリノヒョンが良い。


「...そうだね、現実世界のヒョンがいい」


きっぱりと答えるとリノは目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをしながら驚いていた。



「...真面目に答えるのかそこは」
「僕真面目だからね」
「どっちかっていうとチワワだろ」
「わんわん」
「うるさい」


目が死んでるリノヒョンをよそ目に、また朝食を食べ始める。
がつがつ食べていると、リノヒョンがおもむろに手を伸ばしてきた。それは口元へ伸ばされて、掠めるように拭っていく。



「...お前、子供か」



ご飯粒がついていた。
それを自分の口に...は入れないで布巾に拭った。


(良かった、それでこそリノヒョン)



「あ。今一瞬キュンってしただろ」
「してないよ、こっちの方がリノヒョンらしくて」
「あっそう」



あっそう、の一言で言葉を断ち切るとリノヒョンは食べ終わった自分の食器を片付け始める。
台所に持っていって、すぐに洗剤で洗い始めた。
スンミンは手際が良いリノヒョンを見て、いい旦那さんになるんだろうなぁと心の中で首を縦に振る。



「スンミナ、食べ終わったらシンクに置いといて」




こういう風に気遣いができるのも、リノヒョンの凄いところだと尊敬する。
カメラの前ではよくふざけているように見えるかもしれないが、すごく真面目でやることはちゃんとやれるタイプの人間なのだ。仕事にプライドを持って、誇りを持って生きている人種でもある。
頭の中でたくさん思考を巡らせていると、リノヒョンからまた声がかかる。



「聞いてんのー?おーい」
「え、あ、うん!後で持っていく」


自分の分の食器を洗い終わったのか、どかっとソファーに座ってスマホを取り出す。
STAYとbubbleで遊んでいるのだろう、とても楽しそうに笑っている。
さっき食べたご飯を載せているようにも見えた。



「ご馳走様でした」
「俺が後で洗うからそのままにしといて」
「ぇ、...ほんとにいいの?」
「鍋とかもまだ洗ってないし一緒に洗っちゃうから、お前は風呂に入ってきな」
「...わかった...ありがと...」




どうしてかは分からないけど、リノヒョンと居ると意外と気が楽だという事に今更気が付く。
特に話す事も無ければ話さない時もあるし、用事がある時だけこうやって話す時もある。
そんな僕達は似てないようで、似てるようなものなのかもしれない。

シャワーに向かう前に足を止めて、リノヒョンの方を振り向けば綺麗な横顔が窓から入る朝日に照らされてなんとも神々しいんだろう。




「...ほんと、リノヒョンは綺麗だね」



ぽつりと独り言のように呟けば聞こえるわけがないのに、リノヒョンがこちらを振り向く。




「そろそろ、俺のことほんとに好きになった?」




ニヤッと笑いながら冗談っぽく言うリノヒョン。





「な、な、なん、なわけないでしょ...っ」



僕は恥ずかしくなって風呂場まで駆け足でその場を去った。


夢の中でもドキドキさせるのに、現実世界でもドキドキさせるなんてほんと迷惑なヒョン。
こんなに苦しいのになんで僕はいつまで経っても、勇気を出せないままでいるんだろう。



心の奥深くまで入り込んでくるリノヒョンをどうしても阻止出来ないほどに、僕は溺れている。












「......好き、なの...?」












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