されど優しさは罪となる
深夜になると目が覚める。
身体は疲れて今すぐにでも眠りにつこうとするが、脳はそうじゃないらしい。
たくさんの不安や考え事をしてしまい眠れない。
そんな時は、あの人に会いに行く。
部屋でヘッドフォンをしながら、パソコンに向かっている後ろ姿。
それを見て邪魔しちゃいけないと、身を引こうとしたが何かを察知したチャニヒョンが俺の所まで向かって歩いてくる。
「...リノ?...こんな時間にどうした?」
優しく問いかけてくるその姿と、真っ直ぐ見つめられた目がカチッと合う。
中断させてまで申し訳ない、と思いつつも気付いてくれたチャニヒョンに弱音を吐いてしまう。
「...ごめん...チャニヒョン」
「なんで謝るの」
「邪魔しちゃった、...かなって」
「もう終わるところ、大丈夫だよ」
"もう終わるところ"だなんて多分絶対にそんな事ないのに、こういう時の嘘のつき方は優しさに溢れた嘘だと分かっていた。
だけどその嘘に甘えたくなってしまう自分も自分だ。
優しく手を引かれ、そこに座って、と誘導される。
「...んで?何があったんだ」
隣に座って俺の目を見ながら話すチャニヒョンの姿に、突然自分の目から涙がこぼれ落ちる。
それを見たチャニヒョンはギョッと驚いたが、すぐに表情を戻し何も言わず頭を撫でてくる。
「眠れない?」
何も言ってないのにどうして分かるんだろう。
この人は心が読めるんだろうか。
頭を撫でた後にチャニヒョンの懐に抱き寄せられる。
「...チャニヒョン」
「んー?」
「何でそんなに優しくするの」
「お前が泣いてたら慰めたくなる」
そうやって笑うチャニヒョンに何度助けられたことだろうか。
自分が1番年上だからといって、リーダーだからといってあんまり弱音を吐かない。
たまには俺らの事も頼って弱音を吐いてもいいのにいつだってチャニヒョンは頼もしくてかっこいい。
ただでさえ大変だと分かっているのに甘えたくなってしまうのは俺が一つだけ年下で"弟"だからなのか、それとも違う何かなのか。
「...今日、ここで寝てもいい?」
「もちろん、...あ!俺と一緒に寝たいのかな〜?ん〜??リノは可愛いねぇ〜♡」
「うん、一緒に寝たい」
いつもなら断るところを、本心で言ってみる。
冗談でからかうつもりがまさかの断らないというオチに、チャニヒョンの耳はみるみるうちに赤くなっていく。
あからさまに挙動不審になるチャニヒョンを見て笑ってしまった。
「っ...ぷ、ん、ふ...あははははっ、」
「リ、リノ...何言って」
「何でよ、チャニヒョンから言ってきたのに」
「ゃ、...その、...」
頭の後ろを掻きながら視線を合わそうとしないチャニヒョンをいじるのは楽しい。
"嘘じゃないよ"と本気で言えば急に真剣な顔で両肩を掴まれる。
「ヒョンがヒョンでいられなくなるからダメ」
どういう意味なんだろうか。
意味が分からずキョトンとすれば、そのままベッドに押し返されて布団を掛けてきた。
寝ろ、という事なのだろうか。
「ヒョンは作業しなきゃいけないから、お前はここで寝ててもいいからね」
「......ん、分かった」
「うん、よろしい」
「...一緒に寝てくれないの?」
「だ、だから!ヒョンが何するかわかんないだろ!!だから...ダメ!」
バタバタと慌てて荷物を持ち、部屋を出るチャニヒョンを見送ってぽつんと1人残される。
静かになった空間と、横になった時にほんのり香るチャニヒョンの匂い。
寝る時は"独り"だけど、今だけは"一人"じゃない感じがして瞼がだんだん重くなってくる。
うとうととし始めてやっと眠れる、と目を瞑っていると足音が近付いてきた。
(......?)
「リノ、ごめん...忘れ物した」
「ん、...」
特に振り向きもせずまたすぐに部屋を出るだろうと思っていが、突然マットレスが沈むのを感じてそちらを振り向けばチャニヒョンがそこに座っている。
「リノ、...あんまり無理するなよ」
「何?...どうしたの急に」
「"忘れ物"したんだよ」
「それは知ってる」
何を忘れたのか興味は無いが、一応聞いとくだけ聞いておこうとした時、チャニヒョンの手が俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ちょ、やめ...ヒョン!!」
「ごめんごめん、可愛くて」
「忘れ物取りに来たんでしょ」
「うん、そうだよ」
満面の笑みで、俺のおでこにキスをする。
「はい、忘れ物」
「な、......」
「リノがよく眠れますようにっていうおまじない」
「は、...早くもう俺寝るから、とっとと出て!」
「俺の部屋なんだけどなぁ」
押し返すように部屋の外に出せば、おやすみ、と一言だけ返してきた。
ベッドに潜り込むと、耳が熱いのか少し痒い。
自分の心臓の音が嫌でも聞こえるくらいドキドキと心拍数が上がりっぱなしだった。
せっかく寝ようとしたのにこれじゃあ寝られないじゃないかとチャニヒョンを恨む。
「...そういうの、ズルいって」
まだおでこに残っている唇の感触を、俺はきっと忘れないだろう。
おまじないのつもりでおでこにキスしたと言ってはいるが、俺にとったらおまじないどころか心臓に悪い事でしかない。
「......好きに、...なるってば」
振り回さないでくれ、とチャニヒョンに向ける一方通行の気持ちが何かわかった気がする。
一つだけ年下だから甘えたい、じゃなくて"違う何か"という感情がはっきりと明確に"好き"という気持ちに変わっていく瞬間だった。
(早く帰ってきてよ)
心の中でそれだけを呟いて、彼の匂いがするベッドに身体を深く深く沈めた。
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