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片想い






彼には分かるだろうかこの気持ち。
いや、分かるわけが無いのだ。
こっちの気持ちなんて微塵も思ってないし、そもそも興味すらないだろう。
彼の名前を呼んでも、こっちすら見ない。
ただ一言だけ、返事をする。それもウザそうに。



「なに?」



彼は夜になるといつもこうだ。
一人の時間を過ごしたいのだろう、液晶画面を見つめながら片耳だけイヤフォンを挿している。
話し掛けるなオーラを放ちながらも、片方の耳だけはイヤフォンを外しているというツンデレっぷりに呆れながらも、つい笑みがこぼれる。



「コーヒー飲むけど、ヒョンも飲む?」
「ぇ、...あぁ、冷たいのにして」
「分かってるよ」



氷を多めにして持っていけば、さんきゅ、と一言だけ。隣に座れば、ジロっと見てくるものだから席を移動する。
そんなに僕が嫌なのだろうか、彼は。
まぁこれも日常茶飯事なもので、慣れているとはいえ少し傷付く。
なんでかって、それは僕が彼を好きだから。



「ヒョン、味薄い?」
「普通」
「氷多すぎた?」
「別に」
「ヒョン」
「さっきから何なの?」


「僕がヒョンを好きになったらどうする?」



しつこい、と言い終える前に彼は驚き固まる。
それもそうだろう、突然の告白だ。
くっきりとしたパッチリ二重のしなやかな瞳が僕を捉えている。
彼は驚くと目をパチパチとする癖がある。
僕の言葉にしっかりと反応している事が、面白かった。先程まで見向きもしないで返事をしていた彼が、こっちを見て明らか慌てている様子が伺える。



「どうするの?リノヒョン」


追い打ちをかければ、冗談じゃない、という顔で僕を呆れた顔で見ていた。



「...お前、ふざけてんの?」
「ふざけてないよ、真剣なんだけど」
「はぁ...お前なぁ、」


「ははっ、嘘、冗談だよ。ちょっとコンビニ行ってくるね」



無理だった。耐えきれなかった。
わかってた。わかっている結果だった。
でもどうしても、伝えたかった。
僕の気持ちを、ずっと隠しておくのも辛かった。


断られるのが分かっていて、呆れられのが分かっていて、いざそれに直面すると心臓が苦しくて、鼻の奥が痛くって。視界がぼやけていく。




飛び出すように出てきて、着いた先は公園。
人気の無い、しんと静まり返った空気は少し冷たい秋の風。
僕はバカだなぁ、とその場に座り込んだ。
隣にいる時間が長くなればなるほど、彼に気持ちが揺らいでいった。
恋愛なんてただ苦しいだけじゃないかと、今になって後悔する。



「......っ...バカだなぁ、僕は」


目から零れそうになる涙をぐっと堪えて、ぽつんと置いてあるブランコに腰を下ろす。
スマホを取り出して時間を確認すれば、23時半を回っていた。



「...こんな顔、見られたくない」


少し治まるまで、夜風にあたっているとブーっとバイブ音が鳴る。
ポケットから取り出して確認すれば、"今どこ"と一言だけメッセージが来ていた。



「......」



一瞬考えて、スルーすることにする。
今どこ、と聞くだけでどうせ心配なんてしていないと悲観的になっていると遠くから名前を呼ばれる。
気のせいかとも思ったが、その声はだんだんと近付いてきて確かに僕の名前だった。



「おいハナ!!」
「えっ...?」


振り向くと鬼の形相でこちらを睨む彼。





「お前...どこほっつき歩いてんの?」
「コンビニに...」
「コンビニ?ふざけてんの?お前ここどこだよ?公園でしょ?」
「ぁ......ごめん、ヒョン」


目線を下ろして謝れば、彼も隣に座って大きく溜息をついた。
怒っていた。物凄く怒っていた。
そんなに僕が心配?と聞いたら怒られるだろうか。もう子供じゃないのに、そういうところで僕の事をからかうのやめてよ、もうしんどいよ。



「遅すぎ、心配した」
「うん...」
「コンビニまで行ったんだけど」
「うん...」
「...話聞いてる?」
「うん...」



正直耳に入ってこなかった。
もう僕の気持ちを終わりにしたかったのに、どうして追いかけてくるんだろうと少し嫌気がさす。突き放しておきながら、そうやって気にするのは罪じゃないか。こっちの気持ちも考えてほしい。


「おい、ハナ...怒らせたいのか俺を」


彼の声のトーンが変わる。
本気で怒っているのが肌で感じるほどだ。
でも今はそんな事どうでもよかった。


「リノヒョン、...僕のこと興味無いくせになんでそうやって構うんだよ...ほっといてよ!心配なんて上辺だけでそんなこと思ってない!!これ以上...これ以上僕のこと乱さないでよ!!大っ嫌いだ!!」




勢いで言ってしまった。大嫌いだと。
人間とは単純な生き物で、面倒だ。
ほんとは大好きなのに、どうして大嫌いなんて強がりをしてしまったのだろう。
僕はほんとにバカだった。




ハッとして、彼の顔を見ようとしたが何かが顔を覆う。恐らく上着だろう。



「......冷えるから、早く帰ってきな」



それだけを言って、彼は去って行く。
上着まで持ってきて心配までしてくれた彼を、大嫌いだなんて嘘をついてしまったのだろうか。
好きなのに。
あの時、彼はどんな顔をしていたのだろう。
どう思ったのだろう。
色んな感情が渦巻き、それが零れてしまう。



「...っ...ぅ...」



ポロポロと、僕の目から涙が落ちる。
そこに座り込んで膝を抱えた。
彼が持ってきてくれた上着から、少しだけ彼の香水の匂いがする。
その香りにまた切なくなった。
ギュッと抱き締めて懐に持ってくる。


すると、後ろから足音がした。
1人でこんなところで泣いてるなんて恥ずかしいにも程がある。
今すぐにでも泣き止まなきゃと、袖で目元を拭った。




「...ハナ」



上から降ってきた声に勢いよく顔を上げる。




「えっ...」


そこには彼が立っている。
僕の好きなリノヒョン。
ポケットに手を突っ込んで、僕を見下ろす。



「何泣いてんの...」


呆れたような口調で、でも優しい感じがした。
一番泣き顔を見られたくないのに、どうして彼には見られてしまうんだろう。
僕が泣いてる時は、いつも笑顔で頭を撫でてくれる。


「リノヒョン...どうして」
「はぁ...泣いてる弟をそのままにしとくわけないでしょ...」
「別に先に帰ってても良かったのに」



いじけるように言えば彼はまた溜め息をつく。



「はぁ...上着も持ってきて、迎えにも来てやったのにそんな態度するの?」
「それは、まぁ...ありがとう...」
「ったく、...もう帰ろ、寒い」



そう言うと、彼は僕の手を取って歩き始める。




「......ハナ...」



名前を呼ばれてドキッとする。
帰路には何本かの街頭しかなく、前を歩きながら僕の手を引っ張る彼。
歩みを止めることなく、名前を呼んだ後の言葉がなかなか出てこないようだった。
僕も返事をするわけでもなく、ただ次の言葉を待っていた。
肌寒い秋風の中、彼の手はとても温かかい。
ずっと手を握っていて欲しい、と思うのは欲張りだろうか。



僕は今、とても幸せだ。
大嫌い、だなんて言ってしまった事をすごく後悔していた。
例え相手が何も思っていなくとも、大嫌いって言われれば誰だって傷付くと思う。
ごめんね、リノヒョン。




「...もう、大丈夫か?」
「ぇ...う、うん...大丈夫...」
「あの時少し、イライラしてて...お前のこと嫌いじゃないよ...傷つけたならごめん」



ゴメンだなんて、謝るのは僕の方だよ。
一方的に告白して、一方的に大嫌いだなんて都合が良すぎるよね。
なのにどうして、彼は謝るのだろうか。



「ちょっと待って、リノヒョンが謝る事ないよ...謝るのは僕の方...負担にさせるようなこと言ってごめんなさい、ヒョン」




足を止めれば、繋いでいる手が離れる。
前を向いたままの彼は僕の方を見ていない。



「...上着、持ってきてくれてありがとうヒョン」




そう言って、彼を見ようと前に出た。




僕は、なんてことをしてしまったんだろう。
彼の大きな目から、ポタポタと大きな涙が零れている。
ごめんね。ヒョン。
そんな涙を見たらさ、抱きしめないわけにはいかないじゃないか。




「ヒョン、ごめんね...嫌かもしれないけど、今はこうしたい...ほんとにごめん」



それでも彼は無抵抗だった。
僕の懐に、すっぽりと収まる彼はとても可愛く見えた。


「...俺、いつお前のこと嫌いだなんて言った?」


小さい声で、訴える。
考えてみれば、自分の思い込みだけで彼をここまで傷つけてしまった。
確かに彼の口からはっきりと嫌いと言われていない、僕の早とちり。




「...僕のこと、嫌いだと思ってたから」
「...話、ちゃんと聞いてくれない?...ばかジソン」
「ごめんね、リノヒョン」



袖で涙を拭ってあげれば、目元が赤くなっているのがすぐに分かる。
こんなにも綺麗な涙をしているのは、その綺麗な瞳だからなのかと改めて思った。



「リノヒョンはさ、その...僕のことどう思ってるの?」



彼の横を歩きながら、唐突に聞いてみる。




「どう、って...お前は俺より2つ年下だけど、一番気楽にいれる同い年って感じ...かな」
「そ、そうだよね...あはは...」


自分から聞いて少し期待していた分、予想した通りの答えが返ってきて軽く落ち込む。
何故落ち込むんだ、と自分に言い聞かせるがそれなりにもしかして、という希望も抱いていた。




「...でも」



でも、という彼の言葉にふわっと心が弾む。




「ハナ、お前のことは嫌いじゃないよ」
「んじゃ、好きでもないの?」
「そうじゃないよ、」




「" "」





風の音で消されてよく聞こえなかった。
照れくさそうにしている彼はなんて言ったのだろうか。



「ヒョン、ごめん、風が強くてなんて言ったか聞こえなかったからもう一回言って?」
「ちゃんと聞いてない奴が悪い、1度しか言わない」
「ぇえ〜、お願いヒョン〜」
「やだ」



ニヤリと笑いながら、夜の道を走って行く。
あの時彼はなんて言ったのか分からないけど、何となく悪い言葉ではなかったと、彼の顔を見てそう思うことにした。





これは僕の片思い。





きっと時間がかかるから、いつかあなたの口からちゃんと聞けるようにずっと一緒にいてね。






リノヒョン、愛してる。
ずっとずっと、大好きだよ。
例え僕達が、おじいさんになっても
この初恋は、忘れない。









ありがとう、ミノ。













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