気持ちいいこと
見てしまった。
ヒョンジンがするところを、初めて。
声を殺して、小さく肩を鳴らし、その手でアレを上下に扱いている。
ビックリさせようと静かにドアを開けたのが間違いだった。ヒョンジンが集中しすぎて小さい音に気が付かなかったのだろう。
突然の事に、その場で固まるフィリックス。
見なかったことにしようと、その場を去ろうとも思ったが身体が硬直して動かない。
ドアの隙間から見える見たこともないヒョンジンの姿に、目が離せないでいた。
よく見るものでもないが、ヒョンジンは何かを掴んで時折それを顔に近づける。
(...あれって......)
誰かの衣類。これは確信した。
(見覚えのある黒いTシャツ.......黒いTシャツ?!)
あれは自分のよく着ているTシャツだ。
今日の朝まで着ていた、まだ洗濯をしていないTシャツを何故ヒョンジンが...とフィリックスは頭の上にハテナをたくさん作る。
羞恥と混乱で頭がおかしくなりそうだった。
(うわぁ...なんか、すごく...えっちだ...)
正直な気持ちを心の中で呟く。
同性のオナニーなんて絶対に見れたもんじゃないと思ってはいたが、なんでかヒョンジンはそれに属さないらしい。
"セクシーに見える"が1番合っていた言葉。
長い手指で自身のモノを扱けば、熱い吐息と快感に眉間を少しひそめ、その顔は火照り目は少し潤ってとても男というよりは"妖艶"という言葉がしっくりくる。
思わずごくりと生唾を飲み込む。
そろそろなのかヒョンジンは更に眉をひそめ、目をぎゅっと瞑る。
小さく喘ぐと、そのモノからは男性なら誰でも知っている白い液体がとっぷりと溢れた。
部屋から聞こえる微かな吐息がまだ耳に残っていた。
動けないまま数分経つと、我に返ったフィリックスはこっそりとドアの前から離れる。
足音を消して、静かにリビングに戻る。
(ソファで寝てたつもりにしよう...)
ゆっくりとソファーに寝転んだはいいが、さっきの事が頭から離れなくてもんもんとする。
わざわざTシャツまで持ち込んで、それを嗅ぎながらしているとは思わなかった。
そうなるとヒョンジンがオカズにしてるのは自分という事になる。改めて考えたら、オカズにされている事に衝撃でしかなかった。
(僕を...え?僕が好きなの?!)
心の中の自分に問いかけては驚きを隠せないでいた。
すると、部屋から本人が出てくる。
(やばいやばいやばい...!)
ぎゅっと目を瞑って寝たフリをする。
こっちに向かってくる足音に心臓の音が大きくなる。
そしてソファー前で止まる。
「ヨンボガ、ここで寝てると身体痛くなるよ」
「...ん、...んー...」
気づいていない。
フラフラと立ち上がり、今目覚めたかのような雰囲気のまま自分の部屋に戻る。
(バレてない...)
自分の部屋に着くと、深く深呼吸をする。
それでもまだ心臓はすごい速さで動いていた。
ベッドに寝そべって先程のことを思い出す。
(バレて...ないよね)
そうやって自分自身に言い聞かせた。
だけどあのTシャツは?どうする?本人から返されるの?それとも自分で取りに行かなきゃないのだろうかと次の問題が浮かんだところでリビングが騒がしくなる。
みんなが帰ってきたのだ。
「ヨンボガ〜!!晩御飯作るから手伝って〜!」
リノヒョンの声が響き渡る。
みんなが帰ってきたことに安心して、自分もリビングへ戻っていく。
「あれ?お前寝てたの?」
「少し横になってたら寝てた」
「まだ起こさない方が良かった?」
「ううん!大丈夫大丈夫!」
「そう?」
今はみんなといる方が安心だが、ヒョンジンとは目が合わせられなかった。
頭の中で先程のヒョンジンがよぎると、どうしても逸らすということ以外出来なかった。
だがそれに気づいたヒョンジン。
フィリックスがほんの少しだけキッチンから離れているところをヒョンジンが話し掛ける。
「ねぇ、ヨンボギ?」
「ヒョ、ヒョンジナ〜?どうしたの?」
「なんでそんなに目を逸らすの?」
「ぇ、...いやそんなことないけど何で?」
するとヒョンジンは怖い事を言う。
「......さっき見てた?」
にっこりとしながら他の人には聞こえない声で、フィリックスの耳元で囁く。
「......ぇ...?」
身体が硬直する。
バレてたんだ...とフィリックスは頭が真っ白になる。
「居るの分かってたよ、お前が」
「......ごめん、覗き見するつもりじゃなくて...ちょっと来て...」
嘘が付けないフィリックスはコソッと打ち明ける。
理由を説明しようと、ここではあれだからとヒョンジンをみんながいない部屋に連れていく。
「ヒョンジナ...その、驚かそうと思って...」
「うん、それで?」
「その...ぇ、と...ドアを静かに開けたんだよね」
「そしたら?」
「ヒョンジナが...あの...アレをしてて...」
あまりの恥ずかしさに、フィリックスは耳まで真っ赤にして赤面してしまう。
それを見ていたヒョンジンは、フィリックスの頭を撫でて一言。
「あれ、わざと見せてたんだよ」
その言葉に思わず拍子抜けしてしまった。
「......へ?」
何のために?意味がわからない。
見せつけた?何を言ってるの?と頭の中にたくさんの疑問が生まれる。
「お前が見てたの知ってる」
自分より背の高いヒョンジンがドアに手をついて、目の前に迫ってきた。
「何でって顔してるね...だって見て欲しかったから...それだけの理由」
綺麗な顔でとんでもない事を言うヒョンジンに、フィリックスは口が開けなかった。
というか何も言えなかった。
今、目の前にいるこの綺麗な男は何を言っているんだ?とそれしか頭に思い浮かばない。
「......ヨンボガ、...俺お前が好きなの」
「ぇ、...今なんて...」
「お前が好きで好きでどうしようもない...だからあんな事した...ごめん」
頭の中で、処理が追いつかない。
"好きだ"と彼は言ったのだろうか。
次から次へと爆弾を落とされた気分だった。
「なぁ、フィリックス...こんな俺を許してくれる?」
悲しげに笑うヒョンジンは、それだけ言い残して部屋を出て行ってしまった。
一人残されたフィリックスは少しの間、部屋で冷静になりつつもヒョンジンの言葉がずっと頭の中で引っ掛かっている。
「...僕の事が...好き?」
その場にぺたりと座って膝を抱える。
ドアの向こうから、フィリックスはー?という声に対してヒョンジンが、もう少しで来ると思う、と言ってその場しのぎをする。
その場しのぎなんて出来ないような状態なのに、簡単に言うなと少しイラついた。
だったら今度はこっちの番だ、とフィリックスは意を決めて部屋を出る。
勝手に好きだと、見せつけたと言っておいて平気なフリをするヒョンジンにフィリックスは仕返しをする事にする。
「よぉーし!」
空元気と言ってもいいくらいバカみたいなテンションで、リノヒョンの手伝いをし始める。
「ヒョンジナ〜、手伝って〜」
猫なで声でヒョンジンの手を引っ張るとヒョンジンもあからさまに困った顔をする。
「ヒョンジナ?...覚えてなよ?僕のこと困らせた事」
ヒョンジンにしか聞こえない声で囁くと、ヒョンジンはびっくりして顔が強ばる。
イタズラっぽく笑うフィリックスが少しだけ小悪魔に見えたのはヒョンジンだけだった。
________続く。
1/1ページ