琥珀の軌跡
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
自身の屋敷とはまた違った趣のある家の縁側に座り、士遠はこの家の持ち主である衛善と酒を交わしていた
「———今日で7年か。時が経つのは早いものだ」
「ぇえ、本当に。寅吉もすっかり貫禄がつきましたなぁ」
「うむ。昔は拾い主と同様、粗暴な猫であったが、よくここまで落ち着いたものだ」
「衛善殿の教育のお陰でしょうな」
「何を言う。私以上に懐かれているお主がそれを言うのか」
「滅相もない。実際、今こうして寅吉は衛善殿の傍にいるではありませんか」
水面に映る満ちた月を堪能しては、酒を嗜む衛善の傍らでふてぶてしい態度を隠した一匹の猫が丸まっていた
大人しく寝ているのかと思えば、二人の会話に返事でもするかのように一つ欠伸をしてみせる
その姿に衛善も士遠も人知れず口元を緩ませた
「寅吉は賢い猫だ。あいつの命日だけは必ず此処に来る。まるで、我らと一緒に鉄心のことを偲んでいるかのようだ」
「ええ、本当に。きっと寅吉なりに鉄心のことを思っているのでしょう」
今宵は、鉄心の命日だった
話すことはできないが、恐らく寅吉は寅吉なりに拾い主であった鉄心に想いを馳せているのだろう
そうとしか思えないほど、この猫の行動は想いに満ちていると、士遠は寅吉の行動を振り返りながら思う
「…我らも随分、齢を重ねたものだ」
「痛いことをおっしゃいますなぁ」
「事実であろう。だが同時に、若い者たちが育ってくれた」
「確かに、皆の成長には“目を見張る”ものがあります」
「…お主は、そういうところは変わっておらぬな」
いつもの切れがある冗談を言えば、衛善が眉を寄せ酒を口に入れる
切れがいまいちだったかと思おうとしていれば、衛善の波が何処か張りつめているのを感じる
それは、今日と言う日と関係があるのか、それとは別の何かがあったのか、この時の士遠にはまだわからなかったが、衛善の様子に士遠は彼へと向き直った
「…衛善殿、何かあったのですか?」
「……」
士遠の問いに、衛善はしばらく口を閉ざしたままだった
彼は何かを考えあぐねているかのように瞼を下ろし、静かに呼吸をついた後、瞼を持ち上げ、重い口を開ける
「——— 近々、次期当主を決めることになるやもしれぬ 」
その言葉をこの場で聞くことになるとは予想もしないことだった
山田浅右衛門 現当主もまだ現役であるとはいえ、あと何年かもすれば引退を考えてもいい年齢
その娘である佐切も次期当主に嫁ぐにはいい歳となっている
いつかはその時はくるだろうとは思っていた
けれど、本来の次期当主選抜方法に乗っ取っているならば、その話を改まって此処でするには些か歪さを感じさせる物言い
「何か、あったのですね?衛善殿」
「…今は詳しくは言えぬ。だが、近いうちにお主も知ることになろう…」
衛善の波には、僅かに動揺があるように思える
毅然として常に振舞えている彼に、動揺が視えたのはいつぶりだろうか
そして、それが同時に異常なことがあったのだと士遠に想像させた
「承諾しました。ですが、衛善殿…私に伝えたいのは、それではないのでしょう?」
「…ああ」
詳しく話せないことを言うために、衛善は話を切り出したわけでないことは容易に想像できた
ただ、その異常な何かのせいで、ソレを話すことになったのではないのかと考えあぐね、衛善が次の言葉を口にするのを待つ
その時間が異様に長く思えた
「士遠 ———」
意を決したように眼帯に伏せられた衛善の視線が士遠を直視して、告げる
「———— 此松 斉史殿が、亡くなられた 」
夜の焦げ痕
その名の持ち主の訃報に、永いこと燻り続けていたモノが崩れ落ちる、音がした
「———今日で7年か。時が経つのは早いものだ」
「ぇえ、本当に。寅吉もすっかり貫禄がつきましたなぁ」
「うむ。昔は拾い主と同様、粗暴な猫であったが、よくここまで落ち着いたものだ」
「衛善殿の教育のお陰でしょうな」
「何を言う。私以上に懐かれているお主がそれを言うのか」
「滅相もない。実際、今こうして寅吉は衛善殿の傍にいるではありませんか」
水面に映る満ちた月を堪能しては、酒を嗜む衛善の傍らでふてぶてしい態度を隠した一匹の猫が丸まっていた
大人しく寝ているのかと思えば、二人の会話に返事でもするかのように一つ欠伸をしてみせる
その姿に衛善も士遠も人知れず口元を緩ませた
「寅吉は賢い猫だ。あいつの命日だけは必ず此処に来る。まるで、我らと一緒に鉄心のことを偲んでいるかのようだ」
「ええ、本当に。きっと寅吉なりに鉄心のことを思っているのでしょう」
今宵は、鉄心の命日だった
話すことはできないが、恐らく寅吉は寅吉なりに拾い主であった鉄心に想いを馳せているのだろう
そうとしか思えないほど、この猫の行動は想いに満ちていると、士遠は寅吉の行動を振り返りながら思う
「…我らも随分、齢を重ねたものだ」
「痛いことをおっしゃいますなぁ」
「事実であろう。だが同時に、若い者たちが育ってくれた」
「確かに、皆の成長には“目を見張る”ものがあります」
「…お主は、そういうところは変わっておらぬな」
いつもの切れがある冗談を言えば、衛善が眉を寄せ酒を口に入れる
切れがいまいちだったかと思おうとしていれば、衛善の波が何処か張りつめているのを感じる
それは、今日と言う日と関係があるのか、それとは別の何かがあったのか、この時の士遠にはまだわからなかったが、衛善の様子に士遠は彼へと向き直った
「…衛善殿、何かあったのですか?」
「……」
士遠の問いに、衛善はしばらく口を閉ざしたままだった
彼は何かを考えあぐねているかのように瞼を下ろし、静かに呼吸をついた後、瞼を持ち上げ、重い口を開ける
「——— 近々、次期当主を決めることになるやもしれぬ 」
その言葉をこの場で聞くことになるとは予想もしないことだった
山田浅右衛門 現当主もまだ現役であるとはいえ、あと何年かもすれば引退を考えてもいい年齢
その娘である佐切も次期当主に嫁ぐにはいい歳となっている
いつかはその時はくるだろうとは思っていた
けれど、本来の次期当主選抜方法に乗っ取っているならば、その話を改まって此処でするには些か歪さを感じさせる物言い
「何か、あったのですね?衛善殿」
「…今は詳しくは言えぬ。だが、近いうちにお主も知ることになろう…」
衛善の波には、僅かに動揺があるように思える
毅然として常に振舞えている彼に、動揺が視えたのはいつぶりだろうか
そして、それが同時に異常なことがあったのだと士遠に想像させた
「承諾しました。ですが、衛善殿…私に伝えたいのは、それではないのでしょう?」
「…ああ」
詳しく話せないことを言うために、衛善は話を切り出したわけでないことは容易に想像できた
ただ、その異常な何かのせいで、ソレを話すことになったのではないのかと考えあぐね、衛善が次の言葉を口にするのを待つ
その時間が異様に長く思えた
「士遠 ———」
意を決したように眼帯に伏せられた衛善の視線が士遠を直視して、告げる
「———— 此松 斉史殿が、亡くなられた 」
夜の焦げ痕
その名の持ち主の訃報に、永いこと燻り続けていたモノが崩れ落ちる、音がした
1/1ページ