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光の吹き溜まるところ

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瞼を持ち上げると、視界が明るく広がっている
障子の薄紙を透かす光に、朝日が昇りだしていることを認識する前に典坐は匂いで意識が覚醒した

「…いい匂いっす…」

漂ってくる朝餉の匂いにお腹が刺激され、空腹を訴えてくる
そんなお腹を摩りながら、昨日のことがぼんやりと脳裏に浮かんできた典坐は勢いよく上半身を起こした

そうっす!
俺、昨日寝込んで…しかも、奉公に来てくれている千代さんは今いないっす
…てことは、まさか飯の準備をしてるのって…!

この匂いの支度をしてくれている人物を想像し、典坐は布団から飛び起きると足音を響かせながら廊下を走った

「———典坐、廊下は走らない」
「先生!?」
「おはよう典坐」
「!———おはようございます!先生!」
「顔色もよく見えるね。元気になってなによりだ」

自身の部屋から台所まで直行しようとした典坐に居間から声が掛かる
引き締まった声に急いでいた足を止め、通り過ぎかけた居間を見やれば、台所にいると思っていた師がそこにいた
士遠は典坐の溌溂とした表情を確認すると満足げに頷いた

「先生がここにいるってことは、朝餉の準備をしている人って…」
「私がするとは言ったんだが、やらせてほしいと押し通されてね。昨日から世話になっているのに申し訳ないよ」
「…それってつまり———」
「典坐くん起きたんだね?おはよう」

彩雲さんが昨日からずっと看病してくれていたってことっすか?

そう続けようとした言葉への答えは、居間の奥の扉から現れた人の身なりが物語っていた

「おはようございます、彩雲さん」

白い襷で両袖をからげた人の様子に自分が如何に世話になったのか認識し、どう礼をするべきか考えあぐねていると、額に冷えているのに仄かな温もりを感じさせる感触がした

「———ん、熱はもうないね」

気づけば目下に彼女がおり、その瞳と視線がかち合えば、彼女は瞳を細める

彩雲さん、その…迷惑をかけて申し訳なかったっす!看病してもらった挙句に朝餉の準備までさせてしまうだなんて…今度何かお礼をさせてほしいっす!」

恥ずかしさとなんとも言えない気持ちを必死に堪え、詫びと礼を述べれば、彼女は首を横に振った

「士遠さんといい、典坐くんといい、気にしすぎ」
「けど———!」
「私は、典坐くんが元気になってくれたならそれで充分だし、逆の立場なら典坐くんだって私を看病してくれるんじゃないの?」
「そりゃ、そうっすけど…」
「なら気にする必要なし!ね?」
「…うっす」

逆の立場を持ち出されるとそれ以上続けるわけにもいかず、典坐は渋々折れる形となった

「じゃあ、ご飯食べようか?士遠さん、運ぶの手伝ってくれる?」
「もちろんだよ」

二人のやり取りを微笑まし気に見つめていた士遠と共に彩雲は二人で厨房に向かおうとする
それを見て、つかさず典坐も二人の後を追った

「俺も手伝うっすよ」
「病み上がりの子に手伝わせるのもなー」
「子供じゃないっすから!それに二人が看病してくれたおかげで、もう平気なんで!」
「ふふ、そうだね。それじゃ、皆で持っていこうか」

いつもの調子でからかう声色を出した彩雲は、典坐の快活な姿にほくそ笑むと二人を奥へと案内するように進んでいった
襷で腕を捲った彩雲の背に続いて厨房に入れば、起きた時に嗅いだ匂いがより一層強く広がり、典坐は思わず唾を飲んだ

「よそうから、持って行ってね」
「味噌汁は俺がよそうっすよ」
「じゃあ、味噌汁はお願い。典坐くん」
「うっす!」
「きゅうりの漬物に茄子の味噌汁か。それにこっちは」

味噌汁を焚いている鍋へと向かい、彩雲からお玉を貰うと器へととろとろに煮込まれた味噌汁を注いだ
それだけでも美味しそうだったが、師が気になっている小鍋からは更に深い味わいの匂いがするのが典坐にもわかった

「南瓜の煮つけだよ」
「実に旨そうだ」
「士遠さん、南瓜って好き?」
「好きな部類だよ。何より、美味しいものは好きだからね」
「先生が特に好きなのは昆布茶とお酒っす!ちなみに南瓜は俺の大好物すよ!」

匂いの素は、ほくほくした湯気と艶やかなテカリを持った黄金色の南瓜であった
それは典坐にとってなじみ深いものであり、味噌汁をよそおい終えた典坐はキラキラと目を輝かせる

「たくさん食べなさい、典坐くん」
「もちろんす!なんなら、全部食えるくらいっす!」
「独り占めは感心しないよ、典坐」
「うっ…わかってるっすよ、先生…冗談すよ、冗談」
「さすが、師弟なだけあって仲がいいね」

奉公人の千代が作る南瓜の煮つけも大半は典坐が平らげているのもあり、典坐が冗談抜きで平らげる可能性を見抜いた士遠が釘をさす
師の警告に典坐は頬を掻き、配膳の終わったお盆を持って3人は居間へと戻った

「では、頂こうか」
「はい!」
「「「いただきます」」」

士遠の掛け声を合図に、3人は揃って手を合わせた
昨夜はあまり食事が喉を通らなかったのもあり、お腹を空かした典坐は一目散に箸を艶めかしく輝くそのおかずに伸ばした

「これは…今まで食べた煮つけとまた違う味わいがして美味しいよ、彩雲さん」
「よかった、士遠さんの口にあって」
「いや、本当に美味しいよ。味噌汁も身体に沁み入って美味い。彩雲さんは料理が上手だね」
「褒めてくれてありがとう、士遠さん…典坐くん?」

彩雲の手料理を称賛する士遠の傍らで、典坐は黙々とそれを噛み締めていた
二人の会話に入ることもなくいた典坐の様子を訝しんだ彩雲が声を掛けると、典坐はようやく口を開いた

「……うまいっす……これ、すげぇうまいっす…!!彩雲さん!」
「本当かなぁ?反応がないから、てっきり口に合わないのかと思ったよ」
「あまりのおいしさに驚いただけっす!俺、南瓜が好きっすけど…この味付け、すごい好きっす」

南瓜の煮つけの味わいを力説すれば、それを作った本人は「おおげさだなぁ」と言いつつも頬は綻んでいた

「俺、ご飯何杯でもいけそうす!」
「典坐、ちゃんと味わって食べなさい」
「もちろんす!」

ほくほくとした南瓜を口に頬張り嬉々とする弟子の姿に、士遠は彩雲と視線を交わし、お互いにくすりと笑う

「ご飯はいっぱいあるからね」
「うっす!」

口に広がる味わいに、夢の中で見た顔が典坐の脳裏に過る
だが、それは一瞬で、この暖かな空間に夢の思い出は深く沈んでいった


光の吹き溜まるところ


柔らかな甘さが、懐かしい味わいを連ならせる
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