あとは野となれ花となれ
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慣れた足取りで『質』と描かれた暖簾を潜ると、品物がずらりと並んだ店内とそこを忙しなく小走りに走る人や、物品を品定めする人影
「———十禾さん、また来たんですか?」
「源三くん、おひさ~」
「久しぶりと言う程、時間が経ってない気がしますけど…」
「んー、そうだっけ?まぁまぁ、細かいことは気にしなさんな。それでさぁ、さっそくで悪いんだけど、コレで幾ら借りれるかなァ?」
「はぁ…」
馴染みの顔と目が合えば、相手は苦笑いをしつつ十禾の向かいに腰かけた
彼が座ったのを確認すると、十禾は左袖に右手を入れてゴソゴソと漁り、とある木箱を台帳の上へと置いた
「…十禾さん、コレって丸薬ですよね」
「うんうん」
「まさか…山田家で作ったものじゃないですよね?」
「ご名答!さすが源三くん!」
木箱をそっと開ければ、白い包に入れられた黒光りする小さな丸薬が3つ
それに対して恐る恐る店員が尋ねれば、十禾は気にすることもなく軽いノリで答えた
「いや!マジ勘弁してくださいよ!十禾さん!…昔、刀を質に入れた時のことを忘れたんですか?またあの怖い旦那たちにしょっ引かれますって…!」
「殊現たちのこと?ダイジョーブだってー。ちゃーんとばれない様に…じゃなくて、貰ったものだからさ。ね?それなら問題ないでしょ?」
「…ばれない様にって…」
明らかにくすねたであろう十禾の平然っぷりに、源三と呼ばれる店員は呆れるしかなかった
二人の関係は、刀を質に入れた日から始まった
当初は十禾の素性も知らず、何処かの侍が金に困った挙句に質に入れに来たのだろうと思って快諾したが運の尽き
まさかあの死刑執行人である山田家の者とは思いもしなかった
上等な刀であったため、質屋としてもいい取引ができたと喜んだ記憶はあるが、それは束の間のものだった
質で刀を預かって数日後、黒い侍と眼帯の侍に連行され、数刻に渡って店の前で説教をされていたのを忘れはしない
だというのにこの十禾という男は、常人とは違った頭になっているのか反省することもなく、何度もこの質屋に足を運んできては、様々なモノを持ってきて金を何度も借りようとしてくる始末
それが自身の物であればまぁいいのだが、今回は悪い例を持ってきているため、源三の頭の中では説教を垂れ流す二人の侍の映像がぐるぐると流れていた
「そもそも丸薬だなんて質に入れられませんよ。こういうのは鮮度も大事なんですから」
「えーせっかく持ってきたのに。じゃあ、買取は?」
「駄目です」
「そこをなんとか!」
「山田家の印字が入った木箱付の丸薬だなんて買い取れるわけがないですよ」
「ほら、あれだよアレ。証明書?的な?」
「だから余計駄目なんですって」
山田家の丸薬ならば、かなりの値段がつく
それもそのはず
山田家以外で人の臓物を使って薬を作ることなど、他ではできないのだから
だからこそ、下手に買取、誰かに売りでもすれば、山田家に目を付けられるのが落ちなのは明らかだった
「ちぇ。これで色代になると思ったのになァ」
「……」
毎度のことながら、遊ぶ金欲しさに質に持ってくる十禾に対して源三はそれ以上何も言えなかった
「———そ、その簪っ!もっと見せてくれんか!?」
そろそろ諦めて帰ってくれるだろうか、と思っていると、別の客の勘定を行っていたであろう店の主人の声が聞こえてきた
主人にしては珍しく興奮した声を出しており、何事かと思い視線を向かわせる
「いや、売り物じゃないから」
「見るだけでいい!」
「無理です」
「そこをなんとか頼む!」
主人の相手は、何度か質屋に竹籠やらを借りにくる青年だった
青年は掌に何かを持っており、主人はそれを見つめながら、今までに見たことがない姿で懇願していた
「見事な簪だねぇ」
「見えるんですか?十禾さん」
「うん、まぁね。あれは翡翠かな。あれだけ上等な品なら店の主人としちゃ、商売魂に火が付いちゃうだろうね」
自身と同様、二人のやり取りを見ていた十禾が青年の掌でほとんど隠れているモノについて感想を述べる
そう言われて目を凝らして見てみれば、掌から微かに見える深緑の光
どのような細工を施されているかは此処からではわからなかったが、美しい色合いなのは確かだった
「なら、せめて産地だけでも…」
「はいはい、主人もそれくらいにしましょうね。嫌がってる子に執拗に迫ったら嫌われちゃうよぉ。それはお客商売なら当然でしょ?」
いつの間に移動したのか、十禾は源三の前から消えていた
声を認識するのと同時に、彼は小柄な青年と主人の間に割って入り、主人の興奮を抑えようとしていた
「ぅう…だが……」
「それにこの子…」
「———?」
「俺の連れだから」
何の躊躇いもなく、十禾がぐいっと青年の肩を引き寄せる
その慣れた手つきに青年は一瞬呆気に囚われ、睨むように十禾を見上げていた
その不信者でも見るような目に十禾はにんまりとした目だけで合図を送れば、察したのか青年は手を払い退けることもせず大人しくしていた
「だから、わかるよね?」
有無を言わせぬ笑み
体たらくな男であるが、十禾が山田家の———しかも極めて位の高い男であり、狡猾な男だということは源三もこの店の主人も理解していた
「それじゃ、俺たちは失礼しよっか?」
故に下手に絡めば、こちらが痛い目を見るかもしれないと察した主人は名残惜しそうながらも、引き留めようとしていた手から力を抜いた
その様を確認した十禾は、「うんうん」と頷くと、青年の肩を抱いたまま、店を出ていく
その背中がまるで遊女と遊んでいるかのように楽し気に見えたと源三は後に語った
道を歩けば、すれ違う人々が興味深そうに視線を向けてくる
人目の多い街路地で平然と男同士で身体を抱き寄せて歩いていれば、物珍しく見てくるのは当然だったが十禾は気にも留めなかった
「———助かりました。けど、そろそろ離してもらっていいですか?」
「えー、もう少しこのままでいない?」
「イヤです」
心を込めるわけでもなく、建前として述べられた礼
さして困っているわけでもなかった相手にとっては、十禾の助けは不要のモノだったのだろう
「冷たいなぁ。でも、綺麗な“お嬢さん”に冷たくされるのも悪くないね」
相手の目が虫でも見るように冷たくなる
普通ならば、この視線と同時に身体が拒絶してもいいだろうが、相手に逃げる素振りはない
「…変な人。冷たくされて喜ぶだなんてマゾか何か?」
「あれ?女と気づかれて驚かないんだ」
「別に隠してるわけじゃないし、ばれても困るわけじゃないから」
「へぇ。あ、ちなみに俺は、基本責める側だから。もちろん、愉しければ責められるのもありだけどね」
町娘たちとは違い、どちらかと言えば男を弄ぶことになれた遊女に似通ったその余裕
興味本位で助けただけだったが、その余裕さが十禾の興味をそそった
「ふーん。それじゃ、私、急いでるから」
礼儀としてか、十禾の話が一通り終わると、彼女はするりと風のように十禾の腕の中から抜け出した
空虚を掴むことになった掌と少し離れた先に行った相手を見やり、十禾は虚を突かれた気持ちになるが、すぐに口元が緩んだ
「———ねぇ、待ちなよ」
「なっ———」
「いいね、その驚いた顔」
動きを何通りも読み、ようやく捉えられる道筋を見つけた時には、静かな路地だった
細い腕を捉え、壁を背に閉じ込めれば、余裕のあった彼女の表情が崩れる
一瞬見せた焦りが、十禾の胸を躍らせた
「…用事なんか忘れて、俺の閨に来ない?」
きっと自分と同じで、他の人間と違う人生を歩んできたのだろう
彼女の眼は、それを物語っているように十禾には視えた
言葉では説明できない事象
わかりたいわけでもないのに、自然に視えてしまうこの力
彼女もそうなのではないかと、あの店で一目見た時に感じてはいたが、実際対峙した今、それは偽りではないと再確認した
少なくとも、彼女なら自分を理解してくれるのではないのかと———
そう考えを巡らせると、彼女に対して愛おしさがこみ上げてくる
他の子たちとはまた違った“愛”の感覚に胸がこそばゆくなる
「後悔させんよ ———」
吐息が聞こえるほどに顔を近づかせて言えば、彼女はその眼で十禾を受け止める
そこにはすでに動揺はなかった
ただ代わりにあったのは———
「——— 十禾ッ!!」
「へっ?」
聞きなれた声に条件反射で顔を上げると、十禾の真横を何かが横切り、風を斬る
視界の端で、自身の髪が一房、はらりと落ちるのが見え、近くの木には小刀が突き刺さっていた
「っちょ!なにすんのさ!士遠!小刀投げたよね!?あぶな!!」
「危ないのは貴様だろ…!」
反対を振り返れば、白髪の見覚えのある———同門の士遠がそこに立っていた
それと刃を交互に見返し、十禾は士遠が自身に向けて刃を投げたことを理解し、猛抗議した
「貴様はどれだけ節操がなくなれば気が済むんだ…」
「…士遠…いや、これにはふかーい訳があってだね…」
いつになく士遠が穏やかさの欠片もない、背後に鬼でも背負っているような気迫さを感じ取った十禾は、自身が地雷を踏んだことを理解し、後退る
だが、それがいけなかった
カランッ
地面に響きのいい音が跳ねる
その音に釣られて視線を落とせば、落ちた木箱から黒いモノが顔を覗かせていた
「…そうか、これがふかーい訳、ということか」
「…ちゃんと説明させて、士遠…」
「心配するな。説明する相手は、道場で刃を研いで待っているぞ」
士遠の綺麗な微笑みに十禾は顔の血の気が引いていくのを感じた
「待って待って!付知くんのところに連れていかれたら、俺殺されちゃう!否、解剖されちゃうって!」
「すまない、彩雲さん。この男に何もされなかったか?」
「平気だよ、士遠さん」
「だが、先ほど…顔が…」
駄々をこねる子供のような十禾の声を無視し、彼の襟足を掴んだまま、士遠は彩雲に歩み寄る
言いにくそうに先ほどの情景について言えば、当の本人はケロッとした顔で答える
「キスしてたのか気になるの?士遠さん」
「彩雲さん…女性が気軽にそんなことを口にしちゃいけないよ」
「士遠さんは初心だね。大丈夫、キスなんてしてないよ」
「私が初心なのではなく、彩雲さんが…いや、その前に、少しは抵抗しなさい」
「だって、士遠さんが来るってわかってたから」
明らかに困った士遠の反応を愉しんでる彼女に、士遠は「…全く…」とため息交じりに言った
けれど、意地悪な彼女に困りつつも、そんな彼女を優しく見つめる士遠
そんな同門の横顔を見て、十禾はこれから先に待ち受ける自身への懲罰も忘れ、二人の仲をどう邪魔してやろうかと思案した
あとは野となれ花となれ
憐れんだ愛を自身に芽吹かせるのも、悪くない
「———十禾さん、また来たんですか?」
「源三くん、おひさ~」
「久しぶりと言う程、時間が経ってない気がしますけど…」
「んー、そうだっけ?まぁまぁ、細かいことは気にしなさんな。それでさぁ、さっそくで悪いんだけど、コレで幾ら借りれるかなァ?」
「はぁ…」
馴染みの顔と目が合えば、相手は苦笑いをしつつ十禾の向かいに腰かけた
彼が座ったのを確認すると、十禾は左袖に右手を入れてゴソゴソと漁り、とある木箱を台帳の上へと置いた
「…十禾さん、コレって丸薬ですよね」
「うんうん」
「まさか…山田家で作ったものじゃないですよね?」
「ご名答!さすが源三くん!」
木箱をそっと開ければ、白い包に入れられた黒光りする小さな丸薬が3つ
それに対して恐る恐る店員が尋ねれば、十禾は気にすることもなく軽いノリで答えた
「いや!マジ勘弁してくださいよ!十禾さん!…昔、刀を質に入れた時のことを忘れたんですか?またあの怖い旦那たちにしょっ引かれますって…!」
「殊現たちのこと?ダイジョーブだってー。ちゃーんとばれない様に…じゃなくて、貰ったものだからさ。ね?それなら問題ないでしょ?」
「…ばれない様にって…」
明らかにくすねたであろう十禾の平然っぷりに、源三と呼ばれる店員は呆れるしかなかった
二人の関係は、刀を質に入れた日から始まった
当初は十禾の素性も知らず、何処かの侍が金に困った挙句に質に入れに来たのだろうと思って快諾したが運の尽き
まさかあの死刑執行人である山田家の者とは思いもしなかった
上等な刀であったため、質屋としてもいい取引ができたと喜んだ記憶はあるが、それは束の間のものだった
質で刀を預かって数日後、黒い侍と眼帯の侍に連行され、数刻に渡って店の前で説教をされていたのを忘れはしない
だというのにこの十禾という男は、常人とは違った頭になっているのか反省することもなく、何度もこの質屋に足を運んできては、様々なモノを持ってきて金を何度も借りようとしてくる始末
それが自身の物であればまぁいいのだが、今回は悪い例を持ってきているため、源三の頭の中では説教を垂れ流す二人の侍の映像がぐるぐると流れていた
「そもそも丸薬だなんて質に入れられませんよ。こういうのは鮮度も大事なんですから」
「えーせっかく持ってきたのに。じゃあ、買取は?」
「駄目です」
「そこをなんとか!」
「山田家の印字が入った木箱付の丸薬だなんて買い取れるわけがないですよ」
「ほら、あれだよアレ。証明書?的な?」
「だから余計駄目なんですって」
山田家の丸薬ならば、かなりの値段がつく
それもそのはず
山田家以外で人の臓物を使って薬を作ることなど、他ではできないのだから
だからこそ、下手に買取、誰かに売りでもすれば、山田家に目を付けられるのが落ちなのは明らかだった
「ちぇ。これで色代になると思ったのになァ」
「……」
毎度のことながら、遊ぶ金欲しさに質に持ってくる十禾に対して源三はそれ以上何も言えなかった
「———そ、その簪っ!もっと見せてくれんか!?」
そろそろ諦めて帰ってくれるだろうか、と思っていると、別の客の勘定を行っていたであろう店の主人の声が聞こえてきた
主人にしては珍しく興奮した声を出しており、何事かと思い視線を向かわせる
「いや、売り物じゃないから」
「見るだけでいい!」
「無理です」
「そこをなんとか頼む!」
主人の相手は、何度か質屋に竹籠やらを借りにくる青年だった
青年は掌に何かを持っており、主人はそれを見つめながら、今までに見たことがない姿で懇願していた
「見事な簪だねぇ」
「見えるんですか?十禾さん」
「うん、まぁね。あれは翡翠かな。あれだけ上等な品なら店の主人としちゃ、商売魂に火が付いちゃうだろうね」
自身と同様、二人のやり取りを見ていた十禾が青年の掌でほとんど隠れているモノについて感想を述べる
そう言われて目を凝らして見てみれば、掌から微かに見える深緑の光
どのような細工を施されているかは此処からではわからなかったが、美しい色合いなのは確かだった
「なら、せめて産地だけでも…」
「はいはい、主人もそれくらいにしましょうね。嫌がってる子に執拗に迫ったら嫌われちゃうよぉ。それはお客商売なら当然でしょ?」
いつの間に移動したのか、十禾は源三の前から消えていた
声を認識するのと同時に、彼は小柄な青年と主人の間に割って入り、主人の興奮を抑えようとしていた
「ぅう…だが……」
「それにこの子…」
「———?」
「俺の連れだから」
何の躊躇いもなく、十禾がぐいっと青年の肩を引き寄せる
その慣れた手つきに青年は一瞬呆気に囚われ、睨むように十禾を見上げていた
その不信者でも見るような目に十禾はにんまりとした目だけで合図を送れば、察したのか青年は手を払い退けることもせず大人しくしていた
「だから、わかるよね?」
有無を言わせぬ笑み
体たらくな男であるが、十禾が山田家の———しかも極めて位の高い男であり、狡猾な男だということは源三もこの店の主人も理解していた
「それじゃ、俺たちは失礼しよっか?」
故に下手に絡めば、こちらが痛い目を見るかもしれないと察した主人は名残惜しそうながらも、引き留めようとしていた手から力を抜いた
その様を確認した十禾は、「うんうん」と頷くと、青年の肩を抱いたまま、店を出ていく
その背中がまるで遊女と遊んでいるかのように楽し気に見えたと源三は後に語った
道を歩けば、すれ違う人々が興味深そうに視線を向けてくる
人目の多い街路地で平然と男同士で身体を抱き寄せて歩いていれば、物珍しく見てくるのは当然だったが十禾は気にも留めなかった
「———助かりました。けど、そろそろ離してもらっていいですか?」
「えー、もう少しこのままでいない?」
「イヤです」
心を込めるわけでもなく、建前として述べられた礼
さして困っているわけでもなかった相手にとっては、十禾の助けは不要のモノだったのだろう
「冷たいなぁ。でも、綺麗な“お嬢さん”に冷たくされるのも悪くないね」
相手の目が虫でも見るように冷たくなる
普通ならば、この視線と同時に身体が拒絶してもいいだろうが、相手に逃げる素振りはない
「…変な人。冷たくされて喜ぶだなんてマゾか何か?」
「あれ?女と気づかれて驚かないんだ」
「別に隠してるわけじゃないし、ばれても困るわけじゃないから」
「へぇ。あ、ちなみに俺は、基本責める側だから。もちろん、愉しければ責められるのもありだけどね」
町娘たちとは違い、どちらかと言えば男を弄ぶことになれた遊女に似通ったその余裕
興味本位で助けただけだったが、その余裕さが十禾の興味をそそった
「ふーん。それじゃ、私、急いでるから」
礼儀としてか、十禾の話が一通り終わると、彼女はするりと風のように十禾の腕の中から抜け出した
空虚を掴むことになった掌と少し離れた先に行った相手を見やり、十禾は虚を突かれた気持ちになるが、すぐに口元が緩んだ
「———ねぇ、待ちなよ」
「なっ———」
「いいね、その驚いた顔」
動きを何通りも読み、ようやく捉えられる道筋を見つけた時には、静かな路地だった
細い腕を捉え、壁を背に閉じ込めれば、余裕のあった彼女の表情が崩れる
一瞬見せた焦りが、十禾の胸を躍らせた
「…用事なんか忘れて、俺の閨に来ない?」
きっと自分と同じで、他の人間と違う人生を歩んできたのだろう
彼女の眼は、それを物語っているように十禾には視えた
言葉では説明できない事象
わかりたいわけでもないのに、自然に視えてしまうこの力
彼女もそうなのではないかと、あの店で一目見た時に感じてはいたが、実際対峙した今、それは偽りではないと再確認した
少なくとも、彼女なら自分を理解してくれるのではないのかと———
そう考えを巡らせると、彼女に対して愛おしさがこみ上げてくる
他の子たちとはまた違った“愛”の感覚に胸がこそばゆくなる
「後悔させんよ ———」
吐息が聞こえるほどに顔を近づかせて言えば、彼女はその眼で十禾を受け止める
そこにはすでに動揺はなかった
ただ代わりにあったのは———
「——— 十禾ッ!!」
「へっ?」
聞きなれた声に条件反射で顔を上げると、十禾の真横を何かが横切り、風を斬る
視界の端で、自身の髪が一房、はらりと落ちるのが見え、近くの木には小刀が突き刺さっていた
「っちょ!なにすんのさ!士遠!小刀投げたよね!?あぶな!!」
「危ないのは貴様だろ…!」
反対を振り返れば、白髪の見覚えのある———同門の士遠がそこに立っていた
それと刃を交互に見返し、十禾は士遠が自身に向けて刃を投げたことを理解し、猛抗議した
「貴様はどれだけ節操がなくなれば気が済むんだ…」
「…士遠…いや、これにはふかーい訳があってだね…」
いつになく士遠が穏やかさの欠片もない、背後に鬼でも背負っているような気迫さを感じ取った十禾は、自身が地雷を踏んだことを理解し、後退る
だが、それがいけなかった
カランッ
地面に響きのいい音が跳ねる
その音に釣られて視線を落とせば、落ちた木箱から黒いモノが顔を覗かせていた
「…そうか、これがふかーい訳、ということか」
「…ちゃんと説明させて、士遠…」
「心配するな。説明する相手は、道場で刃を研いで待っているぞ」
士遠の綺麗な微笑みに十禾は顔の血の気が引いていくのを感じた
「待って待って!付知くんのところに連れていかれたら、俺殺されちゃう!否、解剖されちゃうって!」
「すまない、彩雲さん。この男に何もされなかったか?」
「平気だよ、士遠さん」
「だが、先ほど…顔が…」
駄々をこねる子供のような十禾の声を無視し、彼の襟足を掴んだまま、士遠は彩雲に歩み寄る
言いにくそうに先ほどの情景について言えば、当の本人はケロッとした顔で答える
「キスしてたのか気になるの?士遠さん」
「彩雲さん…女性が気軽にそんなことを口にしちゃいけないよ」
「士遠さんは初心だね。大丈夫、キスなんてしてないよ」
「私が初心なのではなく、彩雲さんが…いや、その前に、少しは抵抗しなさい」
「だって、士遠さんが来るってわかってたから」
明らかに困った士遠の反応を愉しんでる彼女に、士遠は「…全く…」とため息交じりに言った
けれど、意地悪な彼女に困りつつも、そんな彼女を優しく見つめる士遠
そんな同門の横顔を見て、十禾はこれから先に待ち受ける自身への懲罰も忘れ、二人の仲をどう邪魔してやろうかと思案した
あとは野となれ花となれ
憐れんだ愛を自身に芽吹かせるのも、悪くない