やわい慕情を抉って、裂いて
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城下町から離れた川辺で幾人かの童が競うように水面に向かって竹で作った竿に垂らした糸を投げ入れている
誰かがはしゃぐ声を上げれば、少しして川から魚が飛び出てきては、仲間もはしゃぎ回っていた
「兄ちゃん達、楽しそー」
「一緒にしなくていいの?」
離れた野原で寛ぐ彩雲の側に一緒にいた少女が顔を上げると顔を横に振る
「いいの。兄ちゃんたちが楽しいなら、私も楽しいもん。それに私、お勉強の方が好きだから」
典坐が持ってきてくれた教本を広げて、嬉しそうに少女は破顔する
貧民街の生まれの子供にとって、勉学は縁の薄いものであり、ただ文字を覚えられるだけで幸福そうな顔を見せる少女の姿に、彩雲はただ微笑んだ
「それにね、いっぱいいっぱい勉強したら……なれるかなって」
「何になりたいの?」
教本に視線を落とし、口をまごつかせた少女は、彩雲の問いに少しの沈黙を置いて小さく答えた
「……町の女の子たちみたいになりたいの」
そう答えた少女の口の端がきゅっと締まる
その一言で、幼いながらに自分が、自分たちが町の子供たちと違うことを理解しているのが容易に伝わる
少女がどんな思いでそう言い、それに対して何か言葉を掛ける前に少女は続けた
「わかってるよ。私は、どこにでも咲くこの白い花と同じだもん。町の子たちみたいに綺麗な花にはなれないもん」
傍に群生している白い花を一輪手に取り、少女は笑うが声には陰りがあることは見て取れた
「清ちゃん———」
———そんなことないよ
そう否定する訳でもなく、その様を見守っていた彩雲は、すっと立ち上がると、その白い花の群生地に近づき、徐に花たちを一本一本摘み取っては手で何かしていくと少女を呼んだ
「確かに、他の花にはなれない。けど、この花だって、こうやって工夫していけばね…———」
彩雲に呼ばれて、手の中を覗いてみると、まるで糸を紡ぐように白い花が編まれていく
その様をしばらく眺めていた少女だったが、やがて現れた小さな花の結晶に瞳を輝かせた
「———他の花にはない魅力を引き出せるんだよ」
「わぁ、可愛い———!!」
「ほら。清ちゃんにすごく似合ってる」
白い花で作られた冠を少女の頭に載せれば、彼女はその可愛い花のような笑顔を浮かべた
「清ちゃんは人一倍勉強が好きだから、その知識が他の子にはない魅力にいつか繋がるはずだよ。もちろん、町の子たちを羨んでもいい。でも、自分を卑下することだけはしちゃだめだよ」
「うん!!センセー、ありがとう。私、勉強頑張って、いつかお礼できるようになるね」
踊るようにくるりと廻り、少女ははにかみながらそう言うと、「皆に見せてくる」と言って、川辺へと走っていった
川辺で子供らとお手製の竿で釣りを嗜んでいれば、背後から少女の嬉々とした声が聞こえる
「———見て見て!!センセーが作ってくれたの」
「へぇ、センセーってなんでもできるんだな」
「よかったな、清」
振り向けば、彩雲と一緒にいた清が駆け寄ってきていた
その頭には清によく似合う可愛らしい冠が載ってあり、彼女は嬉しくて頬を染めていた
その嬉しそうな姿に典坐も頬を綻ばせたが、その花の冠を見た時に先日の道場でのことを思い起こし、ふと疑問に思う
花で冠を作ることは典坐にとっては、決して珍しいことではなかった
けれど、江戸ではあまり知られていないのか、少なくとも佐切を初め、江戸の女性や子供が花で冠を作っている姿を典坐は見たこともなければ、聞いたこともなく、事実、道場の者の反応を見るに、珍しいことは容易に想像できた
思い返せば、故郷と呼ばれるところでも、花の冠を作っていたのは、自身の姉であり、他の人も姉に教えられた人だったように思える
もちろん、それらは昔の記憶であり、典坐の記憶も不確かなものではあるため、真実を確かめるのは今となっては難しい
———もしかして、彩雲さん…俺と同じ故郷だったりするんすかね
ただ、可能性として、彼女が自身と同じ故郷———少なくとも同じ地方出身ではないかと考えられ、典坐は気にはなったが、それについて確認する気はなかった
彼女の身上を捜査するようなことは気が引けたし、何より、自身の故郷のことは、できれば思い出したくなかった
「っ————ィっ!!!」
川の流れの中に立ってぼんやりとそう思っていれば、足元から激痛が奔る
声にならない声を上げ、慌てて足を上げれば、指先に大きなハサミを持ったザリガニが釣れていた
「でっけーザリガニ!」
「うっ……やられたっす…」
「兄ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと…休憩してくるっす…お前ら、あんま深いところには入るんじゃないっすよ」
「わかってるよ!」
「典坐兄ちゃんこそ、無理すんなよ!」
ザリガニの尾を叩きつけて、強靭なハサミから何とか逃れた後、川から離れる
子供たちを見守るつもりが、まさかの子供らに心配されることになるとはと悶々としつつ、清と共に彩雲のところにいけば、彼女が顔を上げて首を傾げた
「典坐くん何かあったの?ちょっと騒ぎ声が聞こえたけど?足も引き摺ってるし…」
「いや、その…」
「典坐兄ちゃん、ザリガニにやられたの!」
「…っぅう…油断したっす…」
言い淀む典坐の代わりに清が元気に答えれば、クスリと彩雲は笑った後、ポンポンと自身の隣の地面を叩いた
「典坐くん、こっちに座って」
座るように促された典坐は大人しく隣へと腰かける
じんわりと赤く腫れているように見える足先を確認しようとすれば、隣で巾着の中から薬を取り出そうとしている彩雲に気付いた
「大丈夫っすよ!彩雲さん。単にザリガニにやられただけなんで」
「何言ってるの?腫れあがってきてるし…ほら、傷もできてるじゃない」
「いや、大したことないですし、こんなの放っておいても…」
「そうやって放っておくと、後々後悔するんだよ。清ちゃん、川のお水を汲んできてくれる?」
「はーい!」
持ってきた竹筒を渡された清は再び川辺へと向かうと、すぐに水を汲んできてくれた
それを受け取った彩雲は、何の躊躇もせずに典坐の足に手を伸ばし、地面の土や草がついた足を洗おうとしたが、典坐が制止する
「彩雲さん!!自分で出来るんで!」
「いいから」
「いや、よくないんで!」
「なにが?」
「いや、その、いろいろと…!」
素足を女性に触られるのが恥ずかしいだなんて言えるはずもなく、典坐はごにょごにょと口をまごまごさせた
その様子に彩雲は、典坐の心情を察したようだが、手当をやめるわけもなく、こつんっと指先で典坐の額を小突く
「黙って見せなさい———」
有無を言わせない笑みを浮かべた彩雲に対して、不意に小突かれた典坐は一瞬固まった
———……姉、ちゃん…?
彩雲のその動作にぼんやりと姉の姿が重なって見えた気がした
その自分の思考に慌てて我に返れば、自身の足先が彩雲の手に捉えられている
一目では、ただ小奇麗な男に見えるその姿
けれど、その指先も典坐のモノとは違っていて、優しく手当をしてくれる彩雲の指は、その動作と同様にたおやかで、彼女が女性であることを実感させてくる
「典坐くんって、本当、女性に免疫ないよね」
「…わかってるなら、自分で手当させてほしかったっす…」
布切れでキュッと軽く傷を保護して顔をあげた彩雲は、楽し気に目を細めて典坐を見つめていた
それが余計、典坐の顔に熱を集める
「だって、照れる典坐くんって面白いから」
「俺をからかうために手当てしたんっすか!?」
「うーん…半分は良心だよ?」
「複雑な答えっす…」
彩雲の返答に典坐があからさまに肩を落とせば、再び額に指先が触れる感触がした
「うそ。本当は全部、典坐くんが心配だったからだよ」
顔をあげれば、先ほどまでの楽し気な表情とは違い、何とも言えない優し気な眼差しがそこにはあった
そう、それはまるで、自身を守ってくれていた姉が纏う空気に似ていて———
本当…俺って、どうしようもないっすね…———
わかっているのに、理解しているのに
どうしようもなく、彼女に姉の影を重ねる自分がいる
それが如何に彼女に対して不躾なことか理解していても、典坐にはどうしようもなく、ただ心の内で葛藤するしかなかった
やわい慕情を抉って、裂いて
胸中に渦巻く感情の本当の理由を、この時の典坐には知る術がなかった
誰かがはしゃぐ声を上げれば、少しして川から魚が飛び出てきては、仲間もはしゃぎ回っていた
「兄ちゃん達、楽しそー」
「一緒にしなくていいの?」
離れた野原で寛ぐ彩雲の側に一緒にいた少女が顔を上げると顔を横に振る
「いいの。兄ちゃんたちが楽しいなら、私も楽しいもん。それに私、お勉強の方が好きだから」
典坐が持ってきてくれた教本を広げて、嬉しそうに少女は破顔する
貧民街の生まれの子供にとって、勉学は縁の薄いものであり、ただ文字を覚えられるだけで幸福そうな顔を見せる少女の姿に、彩雲はただ微笑んだ
「それにね、いっぱいいっぱい勉強したら……なれるかなって」
「何になりたいの?」
教本に視線を落とし、口をまごつかせた少女は、彩雲の問いに少しの沈黙を置いて小さく答えた
「……町の女の子たちみたいになりたいの」
そう答えた少女の口の端がきゅっと締まる
その一言で、幼いながらに自分が、自分たちが町の子供たちと違うことを理解しているのが容易に伝わる
少女がどんな思いでそう言い、それに対して何か言葉を掛ける前に少女は続けた
「わかってるよ。私は、どこにでも咲くこの白い花と同じだもん。町の子たちみたいに綺麗な花にはなれないもん」
傍に群生している白い花を一輪手に取り、少女は笑うが声には陰りがあることは見て取れた
「清ちゃん———」
———そんなことないよ
そう否定する訳でもなく、その様を見守っていた彩雲は、すっと立ち上がると、その白い花の群生地に近づき、徐に花たちを一本一本摘み取っては手で何かしていくと少女を呼んだ
「確かに、他の花にはなれない。けど、この花だって、こうやって工夫していけばね…———」
彩雲に呼ばれて、手の中を覗いてみると、まるで糸を紡ぐように白い花が編まれていく
その様をしばらく眺めていた少女だったが、やがて現れた小さな花の結晶に瞳を輝かせた
「———他の花にはない魅力を引き出せるんだよ」
「わぁ、可愛い———!!」
「ほら。清ちゃんにすごく似合ってる」
白い花で作られた冠を少女の頭に載せれば、彼女はその可愛い花のような笑顔を浮かべた
「清ちゃんは人一倍勉強が好きだから、その知識が他の子にはない魅力にいつか繋がるはずだよ。もちろん、町の子たちを羨んでもいい。でも、自分を卑下することだけはしちゃだめだよ」
「うん!!センセー、ありがとう。私、勉強頑張って、いつかお礼できるようになるね」
踊るようにくるりと廻り、少女ははにかみながらそう言うと、「皆に見せてくる」と言って、川辺へと走っていった
川辺で子供らとお手製の竿で釣りを嗜んでいれば、背後から少女の嬉々とした声が聞こえる
「———見て見て!!センセーが作ってくれたの」
「へぇ、センセーってなんでもできるんだな」
「よかったな、清」
振り向けば、彩雲と一緒にいた清が駆け寄ってきていた
その頭には清によく似合う可愛らしい冠が載ってあり、彼女は嬉しくて頬を染めていた
その嬉しそうな姿に典坐も頬を綻ばせたが、その花の冠を見た時に先日の道場でのことを思い起こし、ふと疑問に思う
花で冠を作ることは典坐にとっては、決して珍しいことではなかった
けれど、江戸ではあまり知られていないのか、少なくとも佐切を初め、江戸の女性や子供が花で冠を作っている姿を典坐は見たこともなければ、聞いたこともなく、事実、道場の者の反応を見るに、珍しいことは容易に想像できた
思い返せば、故郷と呼ばれるところでも、花の冠を作っていたのは、自身の姉であり、他の人も姉に教えられた人だったように思える
もちろん、それらは昔の記憶であり、典坐の記憶も不確かなものではあるため、真実を確かめるのは今となっては難しい
———もしかして、彩雲さん…俺と同じ故郷だったりするんすかね
ただ、可能性として、彼女が自身と同じ故郷———少なくとも同じ地方出身ではないかと考えられ、典坐は気にはなったが、それについて確認する気はなかった
彼女の身上を捜査するようなことは気が引けたし、何より、自身の故郷のことは、できれば思い出したくなかった
「っ————ィっ!!!」
川の流れの中に立ってぼんやりとそう思っていれば、足元から激痛が奔る
声にならない声を上げ、慌てて足を上げれば、指先に大きなハサミを持ったザリガニが釣れていた
「でっけーザリガニ!」
「うっ……やられたっす…」
「兄ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと…休憩してくるっす…お前ら、あんま深いところには入るんじゃないっすよ」
「わかってるよ!」
「典坐兄ちゃんこそ、無理すんなよ!」
ザリガニの尾を叩きつけて、強靭なハサミから何とか逃れた後、川から離れる
子供たちを見守るつもりが、まさかの子供らに心配されることになるとはと悶々としつつ、清と共に彩雲のところにいけば、彼女が顔を上げて首を傾げた
「典坐くん何かあったの?ちょっと騒ぎ声が聞こえたけど?足も引き摺ってるし…」
「いや、その…」
「典坐兄ちゃん、ザリガニにやられたの!」
「…っぅう…油断したっす…」
言い淀む典坐の代わりに清が元気に答えれば、クスリと彩雲は笑った後、ポンポンと自身の隣の地面を叩いた
「典坐くん、こっちに座って」
座るように促された典坐は大人しく隣へと腰かける
じんわりと赤く腫れているように見える足先を確認しようとすれば、隣で巾着の中から薬を取り出そうとしている彩雲に気付いた
「大丈夫っすよ!彩雲さん。単にザリガニにやられただけなんで」
「何言ってるの?腫れあがってきてるし…ほら、傷もできてるじゃない」
「いや、大したことないですし、こんなの放っておいても…」
「そうやって放っておくと、後々後悔するんだよ。清ちゃん、川のお水を汲んできてくれる?」
「はーい!」
持ってきた竹筒を渡された清は再び川辺へと向かうと、すぐに水を汲んできてくれた
それを受け取った彩雲は、何の躊躇もせずに典坐の足に手を伸ばし、地面の土や草がついた足を洗おうとしたが、典坐が制止する
「彩雲さん!!自分で出来るんで!」
「いいから」
「いや、よくないんで!」
「なにが?」
「いや、その、いろいろと…!」
素足を女性に触られるのが恥ずかしいだなんて言えるはずもなく、典坐はごにょごにょと口をまごまごさせた
その様子に彩雲は、典坐の心情を察したようだが、手当をやめるわけもなく、こつんっと指先で典坐の額を小突く
「黙って見せなさい———」
有無を言わせない笑みを浮かべた彩雲に対して、不意に小突かれた典坐は一瞬固まった
———……姉、ちゃん…?
彩雲のその動作にぼんやりと姉の姿が重なって見えた気がした
その自分の思考に慌てて我に返れば、自身の足先が彩雲の手に捉えられている
一目では、ただ小奇麗な男に見えるその姿
けれど、その指先も典坐のモノとは違っていて、優しく手当をしてくれる彩雲の指は、その動作と同様にたおやかで、彼女が女性であることを実感させてくる
「典坐くんって、本当、女性に免疫ないよね」
「…わかってるなら、自分で手当させてほしかったっす…」
布切れでキュッと軽く傷を保護して顔をあげた彩雲は、楽し気に目を細めて典坐を見つめていた
それが余計、典坐の顔に熱を集める
「だって、照れる典坐くんって面白いから」
「俺をからかうために手当てしたんっすか!?」
「うーん…半分は良心だよ?」
「複雑な答えっす…」
彩雲の返答に典坐があからさまに肩を落とせば、再び額に指先が触れる感触がした
「うそ。本当は全部、典坐くんが心配だったからだよ」
顔をあげれば、先ほどまでの楽し気な表情とは違い、何とも言えない優し気な眼差しがそこにはあった
そう、それはまるで、自身を守ってくれていた姉が纏う空気に似ていて———
本当…俺って、どうしようもないっすね…———
わかっているのに、理解しているのに
どうしようもなく、彼女に姉の影を重ねる自分がいる
それが如何に彼女に対して不躾なことか理解していても、典坐にはどうしようもなく、ただ心の内で葛藤するしかなかった
やわい慕情を抉って、裂いて
胸中に渦巻く感情の本当の理由を、この時の典坐には知る術がなかった