あの日の瞳の中で眠らせてください。
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貧民街で生まれた子供の人生は過酷だった
その中でも子供を養う気のない親を持つ子供は、生まれた時から死と隣り合わせに生きていた
典坐もその子供の内の一人だった
酒浸りで碌でもない父親と父親に逆らえない病弱な母親
それが血縁上での典坐の親だった
親であって親じゃない赤の他人のような二人は、ただ同じ屋根の下に住む同居人のようなものだった
その内の一人———母親は典坐が物心つく頃には亡くなり、それから更に父と言われる男の堕落っぷりは加速していった
——— いつかここを出て行ってやる
そう心中に常に抱きつつも、外の世界で生きていくには自身が未熟なことを典坐は理解していた
否、そう諭してくれる人が典坐にはいた
「——— 姉ちゃん!!」
唯一の家族である姉がその存在だった
暖簾がかかる大きな屋敷から出てきた見慣れた色に駆け寄る
途中、自身の小汚い身なりに軽蔑した視線が向けられたが相手にしなかった
「典坐、また待ってたの?」
「うん!」
「家の近くで待ってくれててもいいんだよ」
「俺が来たくて来たんだ。それとも姉ちゃん、俺が来たら…イヤなのかよ」
俯きながらそう言えば、目の前の人が屈んで顔を覗いてくる
「典坐、迎えに来てくれてありがとう」
典坐よりも明るい瞳と視線がかち合えば、相手が口元に弧を描き、頬に手を添えられる
「姉ちゃん…って、にゃにすんだよ!」
典坐にとって唯一の家族と言える存在である姉の顔と掌の体温に安堵を覚えた瞬間、むぎゅっと頬を軽く抓られた
「誰かさんが不貞腐れた顔をしてるからよ」
「頬が腫れたらどうすんだよ」
「これくらいで腫れるわけないでしょ」
大げさね、と次は額を軽く人差し指でいつものように小突かれた
「そうやって子ども扱いすんなって」
「だって、子供じゃない」
何を言っているの?とでも言うようにきょとんとした顔で姉は小首を傾げる
「…姉ちゃんの意地悪」
「はいはい」
ジト目で睨んでも、姉はくつくつと笑うだけだった
だが、その姉の笑みが典坐の心を満たしていくのを幼いながらに典坐は感じていた
親よりも親らしい姉
自身のために幼いころから奉公に出ている姉
自身に無償の愛をくれる姉
姉によって生きてこれた典坐にとって姉は全てだった
「さぁ、そろそろ帰ろう。典坐」
夕日を背に姉が典坐を呼ぶ
大好きな木蘭色(もくらんじき)の髪を靡かせた姉は、自身だけをその琥珀に映していた
あの日の瞳の中で眠らせてください。
いつまでもこの日々が続くと信じていた