第五夜
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浴室に響くのは
私の髪から滴る雫が浴槽の湯に落ちる音のみ。
その雫が湯に溶け込み波紋を描く様を
ただ見つめて呼吸を繰り返す。
ずっと見つめ続けていると
明るい暖色の照明を反射する水面や
白いバスタブ達の放つ光に目が疲れて
時々視界が暗くなる。
瞬きを繰り返しているとゆっくりと戻り、
またしばらくすると暗くなる。
それをもう何度も繰り返して
湯も少しずつ冷めてきている。
ーーーーー
レイジさんが出ていった後、
私は今のようにしばらく放心していた。
涙がただ頬を伝うのを止めることも拭うこともなく
扉を見つめる目線を変えることもなく、
ずっと同じ体制でいた。
先程までの光景をただただ頭の中で繰り返して。
だけどそのままでいる訳にもいかない。
体は冷えきって自然と震える。
『 ...その酷い匂いは完全に消してから出てきなさい。 』
ーー体...洗わなきゃ...
頭に響くその言葉にただ従って、
体を起こそうと壁を伝う。
痛みが先よりましになっている気もした。
ーーいや、
もう麻痺してきてるのかもしれない。
下着も脱いで、
レイジさんが置いて帰ったスポンジを手に取る。
柔らかい素材で肌に優しそうな手触り。
でも柔らかすぎず持ちやすい固さ。
洗剤をつけるとみるみる泡がたち
私の手からたくさん落ちる。
痺れる痛みにやはり耐えきれず、
座り込み体を擦る。
手に力が入らなくて何度かスポンジを落とした。
腕、胸、お腹、足...
上から洗っていくなかで、
首を忘れていたことを思い出す。
寒気が背筋をすり抜ける。
手足が微かに震えだす。
中途半端に空で止まった腕を
保ち続けるにも痛みを伴う。
それでも体が固まったまま。
そっと目を鏡に向ける。
洗面台についてある鏡。
高い位置にあって自分の姿はうつっていない。
恐る恐る立ち上がり、
一歩ずつ痛みと罪悪感を噛み締めながら
鏡の前に移動した。
うつった自分の姿。
腰辺りまでしかうつらないがやけに細った気がする。
血の気も無くていつも以上に白く
お腹がへこんでいる。
見なくてもわかっていたが、
目は赤く充血していて瞼は腫れている。
未だに流れる涙は泡だらけのため拭えずにそのまま。
鼻をすすりながら、首もとを確認した。
ーー......あれ?
おかしい、
傷が、牙の痕がほとんど見えない。
微かに二つずつ、噛まれた辺りに影が見える程度。
ーー......なんで?
『本物のヴァンパイアに...』
吸血鬼は回復力が人間の相当倍あると聞く。
だから人間か体より丈夫だと。
包帯を外したくなくて避けて洗っていた腕。
ーーここも、もしかして...
固く結ばれた愛しい包帯を片手で何とかほどく。
何重にも巻かれたそれをほどき終えた腕は
牙の痕ほど綺麗ではないけど
傷口は完全に塞がっていて
時間さえたてばこれも元通りになるような気がした。
ーーーーー
「......ヴァンパイア。」
浴槽の水面にうつる自分と見つめあって呟く。
あの後全身を出来るだけ隅々洗って髪も流し、
浴槽にこうして湯を張った。
湯は生暖かくても十分だった。
体温を持っていないからなのか
私が放心し続けて感覚を取り戻せていないだけなのか。
どちらにせよ、
湯の中の浮遊感に安らいでいたことに変わりはない。
涙は止まり
自分の考えていること
頭に流れる映像や声、彼の言動さえ
理解することもなく
ただ水面を見つめ続けている。
「レ....ジ、さ...」
小さく小さく息か声かわからないくらい
かすかに呟いたその声と名前に
自ら涙を流す。
一気に胸に沸き上がる息苦しい痛み。
ストレス。
それは酷いと吐き気をもよおすこともある。
膝を抱えて湯に顔をつけて縮こまる。
吐き気と酸欠で咳き込むと肺に湯が入り込んで
顔を勢いよくあげて、むせ吐き出す。
ーーだめだ。何してるの。
一番使っちゃいけないタイミングで、
届けてしまった愛の言葉。
彼にもう提供できなくなってしまった私の血、体
彼に関わることが出来なくなってしまった。
愛でも恋でも繋がれなかった私たち。
だけど、この血だけは私達を繋いでくれた。
コーデリアのものでもあったけど、
今は確実に私のもの。
レイジさんは私を求めて、
私はそれに応じるだけ、それだけ。
それだけでも十分幸せだったのに。
高望みを、してしまった。
ーー私の罪。罰。
いっそ頭が割れるくらい狂わせてくれればいい。
心臓をもぎ取って殺してくれればいい。
その方がどれだけましか。
グッと歯を食い縛り手を握る。
生かされた意味。
レイジさんの望むこと。
私ができることは、死ぬことじゃない。
私は一つ思いきるように勢いよく立ち上がった。