第1話

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――ほんの少ししか記憶にないけど、あれだけは憶えている。


どこかもわからない空間に、彼女はいた。

おそらく、どこでもないのだろう。

ここが現実の地球上には存在しない場所だと、なんとなく察しはついていた。


――真っ白な地面。


――真っ白な空。


――真っ白な景色。


白い空間。

周囲の全てが白かった。

ただ白いだけの空間が地平線の果てまで続いている。

「――ここは……どこ?」

その言葉に、真っ白な空間が歪み――。

『よく来たな、馬鹿野郎ども』

にやりと笑った。







「…!…ル!」

薄暗い部屋に、一人の少年の叫び声が響き渡る。

「アル!アルフォンス!!キョウコ!!くそ!こんな事があってたまるか!こんな…こんな、はずじゃ…」

少年は魔方陣のようなもの――錬成陣に近寄り、四つんばいになりながら自身の左足へと視線を向ける。


――痛みを伴わない教訓には意義がない。


「…畜生ォ、持って行かれた……………!!」

その左足は、切断されたように膝からなく、傷口から大量の血が床まで噴き出していた。


――人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから。







そこは、とある小さな町。

生活感溢れる、こみごみとした建物のレンガ造り。

雑多に並んだ露天商が所狭しと軒を連ね、その前を、脇を、通りの路面を隠すほどの雑踏が埋め尽くしていた。

《この地上における生ける、神の子らよ。祈り信じよ、されば救われん。太陽の神レトは、汝らの足元を照らす》

至る場所に設置されているラジオとスピーカーから、教義を唱える声が響いてくる。

≪見よ、主はその御座みざから振って来られ、汝らをその諸々もろもろの罪から救う。私は太陽神の代理人にして、汝らが父≫

「………ラジオで宗教放送?」

「神の代理人…」

「って、なんだこりゃ?」

小さな露店で、宗教の教義を聞いていた金髪の少年と黒髪の少女と大きな鎧が一斉に顔を上げ、声をあげる。

すると、店主が怪訝そうに顔をしかめてきた。

「いや、俺にとっちゃ、あんたらの方が『なんだこりゃ』なんだが…あんたら、大道芸人か、なんかかい?」

店主の頓狂な質問に対し、少年はストローに唇をつけたまま、飲んでいたジュースを噴き出す。

「あのな、おっちゃん。オレ達のどこが大道芸人に見えるってんだよ!」

「いや、どう見ても、そうとしか…」

唇を尖らせ抗議する少年に対し、若干引き気味の店主。

傍目から見れば、妙な組み合わせである。

年の頃14~15歳くらいの少年少女に、灰色の鎧に身を包んだ人物が付き添う。

兜の面頬めんぼおをきっちり下ろしており、顔は見えない。

≪太陽の神は汝らの行く書≫

そんな奇妙な三人の組み合わせを見た子供達が、

「ヨロイ!!」

「すげー。あっちのねーちゃんもキレー」

「でけー」

と興味深そうに遠目から眺めていた。

「ここいらじゃ見ない顔だな、旅行?」

「はい。ちょっと、さがし物を」

黒髪の少女が頷いて答えると、金髪の少年は先程から流れる放送を差して訊ねる。

「ところで、この放送、なに?」

「コーネロ様を知らんのかい?」

すると、店主は驚きを露にした。

「…誰?」

「コーネロ様?」

「コーネロ教主様さ、太陽神レトの代理人!」

店主の言葉に続き、周りにいた他の客達も会話に加わる。

「『奇跡の業』のレト教、教主様だ。数年前にこの街に現れて、俺達に神の道を説いてくださった、すばらしい方さ!」

「そりゃもう、すごいのなんの」

「ありゃ、本当に奇跡!神の御業さね!」

口々に新興宗教――レト教の教主、コーネロの素晴らしさを唱える人々。

会心の返答だと思っていた。

「…って、聴いてねぇな。ボウズ」

だが、少年は全く興味を示さず、口にストローをつけたままテーブルに顎をのせ、だらけていた。

「うん。宗教、興味無いし」

「エド、行儀悪いよ」

それを、黒髪の少女が注意する。

行儀の悪さを注意された少年は、ごめん、と素直に謝り、背筋を伸ばす。

「ごちそーさん。んじゃ行くか」

「そだね」

「ごちそうさまでした」

立ち上がった途端、鎧が天井に頭をぶつけた拍子に店の上に置いてあったラジオが落下し、地面に打ちつけられ、壊れてしまった。

「あーーーー!!!」

「あ」

「ちょっとぉ!!困るなお客さん。だいたい、そんなカッコで歩いてるから…」

近くの席に座っていた客からは、

「あーあ、ラジオおじゃん」

との声が投げかけられる。

「悪ィ悪ィ。すぐ直すから」

少年が手を挙げて言うと鎧はしゃがみこみ、チョークでラジオを囲むように、地面に何やら奇怪な紋章を描き始める。

「『直すから』って…」

「まあ、見ててください」

人差し指を口許に当てて微笑みかける少女を前に、店主は相好を崩し、とりあえず様子を窺う。

「――よし!そんじゃ、いきまーす」

紋章を描き終えた鎧の周りには沢山の野次馬が集まっていたが、さほど気にせず、両手を交差させて構えた。

刹那、まばゆい光の壁が紋章から立ち昇り、電気が弾ける音と共に広がった。

「ぅわあ!?」

突然の光と音に驚いた直後、壊れたラジオを見て絶句する。

「な…」

そこには、元通りになったラジオがあった。

「これでいいかな?」

「……こりゃ、おどろいた」

すっかり直ったラジオからは、何事もなかったかのように教義の放送が流れる。

≪汝が神の言葉を受け入れ、神についての知識を≫

「あんた『奇跡の業』が使えるのかい!?」

「なんだ、そりゃ」

怪訝そうに少年は言うと、代わりに鎧(声は幼い少年)が答えた。

「ボク達、錬金術師ですよ」

「エルリック兄弟って言やぁ、けっこう名が通ってるんだけどね」

少年はそれとなく自分達の正体を明かす。

「エルリック…エルリック兄弟だと?」

「ああ、聞いたことあるぞ!」

店主はしばらくの間考え込んだ後、横から男の大声があがる。

目の前にいる人物が有名人だとわかったからだ。

「兄の方が、たしか国家錬金術師の……」

その様子を注視していた周囲から、徐々にどよめきがうねり始める。

「"鋼の錬金術師"エドワード・エルリック!!」

驚きの視線を受け、

「YES!!」

少年――エドは腕を組んで肯定する。

しかし皆は、何故か鎧へと詰め寄った。

「いやぁ、あんたが噂の天才錬金術師!!」

「なるほど!こんな鎧を着てるから、ふたつ名が"鋼"なのか!」

「すげえ」

「サインくれー」

かっこよく決めたつもりが、人々の注目は鎧の弟に集められていて――エドは硬直する。

「あのボクじゃなくて」

完全に勘違いしている人々へ、鎧はやんわりと訂正する。

そこで、やっと気づいた……置き去りになった、本物のエドワード・エルリックへ向き直る。

「へ?」

「あっちの、ちっこいの?」

その一言を聞いた瞬間、ビシ、とエドの額に青筋が浮く。

この世で一番、言ってはならない台詞を聞いたエドが怒りに任せてテーブルをひっくり返す。

「誰が豆つぶドちびかーーーッ!!!」

怒鳴り声をあげてテーブルをひっくり返す少年の剣幕に、

『そこまで言ってねぇー!!』

人々は逃げ惑いながら、負けじと言い返す。

ちなみに、鎧の方は彼の弟のアルフォンスである。

「ボクは弟の、アルフォンス・エルリックでーす」

「オレが"鋼の錬金術師"!!エドワード・エルリック!!」

浮かべる青筋はそのまま、次は間違えることのないよう強調して、エドは改めて自己紹介する。

「し…」

「失礼しました…」

そんなやり取りをしていると、堪える笑い声が聞こえ、エドは額に青筋を立てたまま振り返る。

「何がおかしい、キョウコ!!」

「ふふ、ごめん」

その声は凜とした、しかしどこか幼さを残した声だった。

そして、覚悟していたよりも遥かに――。

「だって、ぷ、相変わらず、ぷぷ、く、くす、だなぁって…思って。何度見ても、ぷぷぷ、くす、くすくすくす…面白いなぁって…ぶふっ」

遥かに大笑いされた。

「笑いすぎだっ!!」

「ふふ、あはは…ごめんなさい」

少女――キョウコはようやくからかうのを止めてくれた。

それでもまだ少し、笑いの余韻は残っていたけれど。

エドは赤面しつつも唇を尖らせた。

「ところで、お嬢ちゃんも錬金術師かい?」

野次馬の一人が、キョウコに話しかけてきた。

「あ、はい。"氷刹の錬金術師"キョウコアルジェントです」

キョウコが微笑むだけで、人々は顔を赤くした。

思わず見惚れてしまうほどの微笑みである。

『ん?』

そこで、何かに気づいたように眉根を寄せる。

「ちょっと待て…キョウコアルジェント?」

「聞いたことがあるぞ!エドワード・エルリックに並ぶ、天才錬金術師"氷刹の錬金術師"!!」

「氷雪系最強の錬金術師!キョウコアルジェントだ!!」

「しかも超可愛い!!」

何やら一部個人的な発言が混ざっているが、キョウコは照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべる。

まずは何が人々が驚いているのかを説明するために、エドとキョウコの容姿を簡単に説明しよう。

まず目に飛び込んでくるのは、生気に溢れた、明るい髪の色。

長い金髪を三つ編みにし、そこに縁取られているのは輝く金の瞳である。

つなぎのような革のジャケットに黒のズボン。

その上には鮮やかなコートを羽織る。

その整った顔立ちには、あどけなさが微塵も感じられない。

強い意志によって引き締められ、腰まである艶やかな黒髪をポニーテールにしている。

そして何より印象的なのは、闇を凝縮したような、瞳と髪。

逆に、肌は雪のように白い。

白いカッターシャツの襟元には崩したタイ、黒びたコートを纏い、腰にベルト、やや厳めしい身形さえ、彼女には相応しく思える。

下は黒いスカート、茶色のブーツを履いている。

その二人の身長は……あまり変わらない。

「こんにちは、おじさん。あら、今日はなんだかにぎやかね」

そこに、一人の少女が駆け寄ってくる。

「おっ、いらっしゃい、ロゼ。今日も教会に?」

「ええ、お供え物を。いつものお願い」

少女――ロゼはあらかじめ頼んでいた品物を買い、すぐ横にいる三人に視線を向ける。

「あら、見慣れない方が…」

「錬金術師だとよ。さがし物してるそうだ」

店主から紙袋に詰められた品物を受け取ると、まぶしい笑顔を浮かべた。

「さがし物、見つかるといいですね。レト神の御加護がありますように!」

彼女が立ち去ると、店主と人々が笑顔で後ろ姿を見つめる。

「ロゼもすっかり明るくなったな」

「あぁ、これも教主様のおかげだ」

「へぇ?」

「何かあったんですか?」

彼女が元気に立ち直れた理由を、悲しい身の上話と共に語ってくれた。

「あの子ね、身寄りもない一人者の上に、去年恋人まで事故で亡くしちまってさ…」

「あん時の落ち込み様といったら、かわいそうで見てられなかったよ」

「そこを救ったのが、創造主たる太陽神レトの代理人、コーネロ教主の教えだ!」

「生きる者には不滅の魂を、死せる者には復活の魂を与えてくださる。その証拠が『奇跡の業』さ。お兄さんとお姉さんも一回、見に行くといいよ!ありゃまさに、神の力だね!」
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