剣と花
鳥の国に、ある二人がいた。
誰に愛されるでもなく、誰に必要とされるでもなく、誰に見届けられるでもなく。
だが確かに、流れ去り流れ来る時に埋もれて消えた始まらない恋。
誰も知らぬ、ある哀しく切ない男女を。静かに、話そう。
*****
「ここに、鳥王鷹目が子である鸞と、華鳥であるおときの婚姻を執り行う。」
雨がしとしとと降り続く。まるで静かに泣いているかのように。しんみりと、寂し気で静かな、そんな日だった。
人気の無い山奥にある古い家。その家の居間で結婚の儀が行われようとしている。新郎新婦、そのお互いの親族は一切同席せず、ただ式の執行人が一人と今から夫婦となる二人だけ。正式な礼装を纏って頭を下げている。二人の顔に、喜びの色は見られない。
「夫婦とは、どんな時でも寄り添い合い。どんな時でも助け合い。どんな時でも互いに愛し合うものである。」
淡々とした声で執行人が口上を述べる。
本来ならば、多くの人に見守られ、祝福されながら受け取るものであるだろうに。
だが、空しくも、祝いの言葉は二人にすら届かずただ宙に消えていく。
「向かい合いなさい。そして、互いに名を呼び合いなさい。」
体をずらし、これから妻となる女性の顔を見。これから夫となる男性の顔を見。
呼び合った。目も合わせずに。
「おとき」
「鸞さま」
だがやはり、そこには喜びも、愛も無かった。代わりにあるのは、互いに対する憐れみの同情だけ。
こんな自分の妻だなんて、可哀想に。
こんな自分の夫だなんて、可哀想に。
厄介者として、二人でこの地に追いやられた。周りが決め、お互いに黙って受け入れた婚姻。向かい合っても、決して向かい合うことは無い他人同士の婚姻。
「ここに、婚姻の儀は合い成った。若い二人に幸多からんことを。」
執行人は祝辞を述べて出ていった。
祝福などあろうものか。こんな望まざる、求めざる結婚に。
二人だけになった一室はとても静かで、雨が降る中と言うのに、とても、乾いている。
しばらくして鸞が、うわ言のようにぽつりと言った。
「私は貴女を、愛せない。‥すまない。」
鸞は、病で左目の視力を失い、また鳥王の子であるながらも、鳥王色である緑の髪を受け継がなかったが為に、地位も、尊厳すらも取り上げられていた。
そんな惨めな男の妻として、生きねばならぬことを考えたら、どうしようおもなく申し訳なかった。おときを初めて見た時、淑やかな「花のようだ」と思った。だがどうしようもなく、不憫に思わずにはいられなかった。
おときは生まれつき体が病弱で、一日中を満足に動き回ることもままならぬ程だった。
鳥王の妻となり子を生むべき華鳥として生まれるも、生みの親からも見放され、周りからはひ弱雛と後ろ指を指されてきた。
そんな惨めな女の夫として、生きねばならぬことを考えたら、どうしようもなく申し訳なかった。鸞を初めて見た時、磨ぎ澄んだ「剣のようだ」と思った。だがどうしようもなく、不憫に思わずにはいられなかった。
お互いに五体満足で無い身体。
分かりあうことはできても、決して向かい合うことはないだろう。
「私などと一緒にさせられた、貴女が不憫でならない‥」
謝罪するかのように、目を閉じて眉を寄せ、悲痛な表情で零す鸞。
そんな鸞と変わらぬ想いで、視線を落とし続けるおとき。
ただほんの少し相槌を打つように、うなずいた。
こうも、落ちて来た場所は同じであった。
それなのに、喜ばしく手を取り合う等、到底できようもなかった。
企画「始まらない恋」投稿時 2013/04/06
サイト「蝶のダンス」掲載用加筆時 2017/02/12
再掲 2018/01/08
誰に愛されるでもなく、誰に必要とされるでもなく、誰に見届けられるでもなく。
だが確かに、流れ去り流れ来る時に埋もれて消えた始まらない恋。
誰も知らぬ、ある哀しく切ない男女を。静かに、話そう。
*****
「ここに、鳥王鷹目が子である鸞と、華鳥であるおときの婚姻を執り行う。」
雨がしとしとと降り続く。まるで静かに泣いているかのように。しんみりと、寂し気で静かな、そんな日だった。
人気の無い山奥にある古い家。その家の居間で結婚の儀が行われようとしている。新郎新婦、そのお互いの親族は一切同席せず、ただ式の執行人が一人と今から夫婦となる二人だけ。正式な礼装を纏って頭を下げている。二人の顔に、喜びの色は見られない。
「夫婦とは、どんな時でも寄り添い合い。どんな時でも助け合い。どんな時でも互いに愛し合うものである。」
淡々とした声で執行人が口上を述べる。
本来ならば、多くの人に見守られ、祝福されながら受け取るものであるだろうに。
だが、空しくも、祝いの言葉は二人にすら届かずただ宙に消えていく。
「向かい合いなさい。そして、互いに名を呼び合いなさい。」
体をずらし、これから妻となる女性の顔を見。これから夫となる男性の顔を見。
呼び合った。目も合わせずに。
「おとき」
「鸞さま」
だがやはり、そこには喜びも、愛も無かった。代わりにあるのは、互いに対する憐れみの同情だけ。
こんな自分の妻だなんて、可哀想に。
こんな自分の夫だなんて、可哀想に。
厄介者として、二人でこの地に追いやられた。周りが決め、お互いに黙って受け入れた婚姻。向かい合っても、決して向かい合うことは無い他人同士の婚姻。
「ここに、婚姻の儀は合い成った。若い二人に幸多からんことを。」
執行人は祝辞を述べて出ていった。
祝福などあろうものか。こんな望まざる、求めざる結婚に。
二人だけになった一室はとても静かで、雨が降る中と言うのに、とても、乾いている。
しばらくして鸞が、うわ言のようにぽつりと言った。
「私は貴女を、愛せない。‥すまない。」
鸞は、病で左目の視力を失い、また鳥王の子であるながらも、鳥王色である緑の髪を受け継がなかったが為に、地位も、尊厳すらも取り上げられていた。
そんな惨めな男の妻として、生きねばならぬことを考えたら、どうしようおもなく申し訳なかった。おときを初めて見た時、淑やかな「花のようだ」と思った。だがどうしようもなく、不憫に思わずにはいられなかった。
おときは生まれつき体が病弱で、一日中を満足に動き回ることもままならぬ程だった。
鳥王の妻となり子を生むべき華鳥として生まれるも、生みの親からも見放され、周りからはひ弱雛と後ろ指を指されてきた。
そんな惨めな女の夫として、生きねばならぬことを考えたら、どうしようもなく申し訳なかった。鸞を初めて見た時、磨ぎ澄んだ「剣のようだ」と思った。だがどうしようもなく、不憫に思わずにはいられなかった。
お互いに五体満足で無い身体。
分かりあうことはできても、決して向かい合うことはないだろう。
「私などと一緒にさせられた、貴女が不憫でならない‥」
謝罪するかのように、目を閉じて眉を寄せ、悲痛な表情で零す鸞。
そんな鸞と変わらぬ想いで、視線を落とし続けるおとき。
ただほんの少し相槌を打つように、うなずいた。
こうも、落ちて来た場所は同じであった。
それなのに、喜ばしく手を取り合う等、到底できようもなかった。
企画「始まらない恋」投稿時 2013/04/06
サイト「蝶のダンス」掲載用加筆時 2017/02/12
再掲 2018/01/08
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