暗の知略に招かれる戦

「!?」
・・・そしてインゴベルトからアッシュにとって一番望ましくないことであり、アッシュを『ルーク・フォン・ファブレ』としてキムラスカに飼い殺しにする言葉が放たれた。
「言っておくがナタリアはそなたが『アッシュ』であったことなど知ってはおらぬ。そのナタリアと固い契りを交わしたそなたが起こした暴挙を知れば、ナタリアはどう思うであろうな?」
「そっ、それは!・・・それだけは、止めて下さい・・・」
更に意地悪く仮定を話すインゴベルトに、アッシュは慌てて制止を願い頭を下げる・・・






・・・インゴベルトは過去に戻るにあたり、ナタリアの性格を変えるような教育は施さなかった。本来ならナタリアの偏った考え方を変えたかったインゴベルトだったが、それは官兵衛によりやらないでくれと言われたからだ。

だが何故変えないように言われたのかと言えば、それはアッシュをキムラスカに縛り付ける餌としてしまうためである。

・・・子供の頃から変わらない愛を持ち、ナタリアには少なからず心を開いていたアッシュ。だがナタリアがインゴベルトのまともな教育によって聡くなってしまえば、アッシュは勿論だがナタリアも心を開かない可能性が出て来る。

今こうやってバチカルにアッシュが戻って来た理由には少なからず、子供の頃の約束という物がある。しかしそれがなくなっていたらキムラスカに帰ってこない事もだが、アッシュをキムラスカに縛り付ける鎖が緩くなる事も有り得る故に官兵衛はナタリアの性格改変教育はしないようにインゴベルトに告げた。

ただ策とは言え、前のままの性格のでしゃばりなナタリアの動きを警戒することも必要になる。しかしナタリアは悪い面の方が強かったが、言ってしまえば箱入りお姫様。そんなに大した問題ではなかった。

ナタリアの行動観念は他人から見れば、『愚か過ぎる程の愚直な自らを正義だと思う思い込み』である。戦争を起こしたとしてもキムラスカとマルクトに大儀が伴われるような名分があれば、昨日の味方ですらすぐさま相手を罵れる程の恐ろしく早い順応性がある。それを逆手に取ればこちら側で舵を取ることも可能であるし、モースがナタリアは偽者だと高々と公言すればそれはそれでキムラスカが更にダアトを攻める理由が増える。何故それを言わなかったと詰め、キムラスカを欺いたと憤怒する事でだ。つまり官兵衛からすれば行動すら制限すればナタリアはそのままの方が利用価値は高かったのだ、ガイとは違い。

・・・無論、万が一ナタリアが何か厄介事を起こさないよう極力ダアトとの戦争の事に関しては遠ざけるつもりでインゴベルトはいる。そのためにはアッシュのナタリアを使った口封じは必須要項だった。






「わしもこのようなことは言いたくはないが、そなたが尚わしの意向に背くようであれば今言ったようなことを実行に移さねばならん。その上でナタリアには諦めてもらわねばならんだろうな、そなたの事を」
「・・・その、ようなことはもう、言いません。叔父上、もうお許し下さい・・・」
遠回しなナタリアを盾に出された論は効果抜群で、アッシュは果てには弱り果てた様子で頭を垂れて許しを乞うてくる。
(愚かな・・・いくら官兵衛の目論見通りとは言え、女一人で意見を翻すくらいなら何故キムラスカに戻ろうともしなかった。その思慮の浅さにはほとほと呆れ果てる・・・)
その頭を冷徹な眼差しで見つめながらインゴベルトは改めて思う。アッシュという人物がどれだけナタリアという存在の上で成り立っているのかと。
「・・・頭を上げよ。そうまで言うのなら、以降はわしの言うことに従いキムラスカの為に尽力せよ。それが出来んと言うなら先程言ったことは現実の物となる、いいな?」
「・・・はい」
インゴベルトはこれ以上の反逆は許さんと言外に含めながら言い、アッシュは表情に影を落とし一言で頷く。
(そうまでナタリアが大事なら、いつまでも一緒にいさせてやる。ただ二度と発言権など与えんがな)
・・・力づくで従わせはした。だがアッシュの価値など精々戦争の為の証言者と、次代のキムラスカの王を生み出す為の種馬以外にインゴベルトは見出だしていない。
「うむ、ならば退出してよい。ただそなたはあくまでも『ルーク』と入れ代わってここに戻って来たのだ。しばらくは大人しく当たり障りのないよう屋敷で過ごすがいい。クリムゾンもその辺りは察してくれるだろう」
「・・・はい、失礼します」
これよりはアッシュの意見など圧殺して、生きる人形として扱ってやる。そう思いながらインゴベルトは目の前のアッシュを送り出すと、その後ろ姿を見るのも否定するよう背を向けた・・・









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