追憶は謀らずも預言を狂わす

そしてそれから始まった蔵馬の治療は半月もしない内に、シオンの体調を異常が何一つもない万全の物へと引き戻した。




「・・・嘘だろ?」
何も異常一つ感じ取れない自らの体に、シオンは呆然とする。
「お前を殺そうとしたのは預言じゃない。預言に縛られた人間だ。大方詠まれていた預言に乗っかった形でお前を殺そうとした奴がいるのだろう。まぁ本気でお前を殺そうとした奴がいてもおかしくはないがな」
「そんな・・・預言で死ぬんじゃなかったの・・・?僕は」
「この世界で今を生きる者にとって預言は心を縛る心地いい縄だ。安寧を詠まれていると信じるが故の・・・な。だが拘束を重んじる者など拘束という名の下の傀儡だ。傀儡はただ操られる運命だからお前を殺そうと動いていた・・・という事だ」
「・・・じゃあ死が詠まれていなかったら僕は今も何事もなく生活しているっていうのか・・・?」
「さぁな。だが今こうしてお前は生きている。回復してな。それで十分だろう?」
「・・・うん」
生きている、その実感は確かに目の前の人物から受け取ったもの。感謝を含ませ、シオンは涙声になりつつ頷く。
「なら最後の仕上だ。今からお前には死んだふりをしてもらうぞ」
「・・・えっ?」






詳しく事情をシオンが聞けば、それは盛られた毒の量からして近い内に致死量に達しているという物。そろそろ死ななければ逆に直接シオンを手にかけようとするものが出て来るという事。そこで蔵馬は仮死状態になれる草を渡し、死んだふりをしろという物だった。その蔵馬の提案に、シオンは一も二もなく頷いた。

そしてシオンが表向き死んだその日の夜、蔵馬は一般信者が死んだと偽装するために信者の墓に埋葬されたシオンの墓の前へと行き人知れず墓を掘り起こしシオンを再び蘇生させた。






「・・・どうだ、気分は」
「悪くはないです」
月明かりの僅かな光が零れる夜の森の中、連れて来られたシオンは清々しい笑みで蔵馬に返す。
「わかってはいるだろうが、お前が死んだという事をモース達は事実としている。これからお前はイオンとしてダアトに戻る事は出来ない。覚悟はしているか?」
「えぇ、もう導師に戻る気はありません。寧ろ願ったり叶ったりです」
「そうか。ならアリエッタの元に行くぞ」
「はい。あぁそれと僕の事はシオンと呼んでください。イオンではない名前を自分で簡単に考えましたのでこれからはシオンで」
「わかった」
その言葉を最後に、二人は漆黒の森の中を奥へと進んで行った・・・










「じゃあ俺はアリエッタの元に行ってくる」
「はい。気をつけて行ってきて下さい」
クイーンの案内も終えた所で、蔵馬は浮遊植物を身に纏い羽にして飛び立っていく。
「・・・アリエッタを取られたのは悔しいですが、彼を選んだのはアリエッタ自身ですからね」
宙にいる蔵馬を見て諦めの表情を浮かべるシオン。自らを認識したときはそれは嬉しそうに自分に駆け寄って来てくれた。だが、二人と共同生活をする内シオンは彼らの恋人にしか思えない態度に心の中で敗北感を覚えていた。
アリエッタが自らを好きだと言ってくれるのは敬愛の念になるが、蔵馬に対しては異性を見る目になっている。シオンはそれを見て、アリエッタへの想いは届かないのだと諦めた。
「それでも・・・二人と離れたくないと思うのはわがままなんでしょうか、クイーン」
クイーンの頬をなぞり、困惑しながら笑うシオン。グルルッと喉を鳴らせ、自らに擦り寄って来たクイーンに、シオンは「ありがとうございます」と優しさに触れやんわりと笑みをこぼした。





預言は緩やかにではあるが、狂い始めていた

栄光を掴む者にではない。今その時をひたすらに生きていた、変わっていく優しい悪により・・・





END





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