蔵馬をルークの義理の兄にしたらこうなった 掌握・策謀・攻勢

「いや、構わん・・・ただアッシュの状態を確認したからこそ、屋敷に戻る前にもう一度確認するが・・・ナタリア殿下を元に戻す気はあるか、クラマ?」
「いえ、それはありません。現状で殿下を元にと言うのは無理がありますし、今更戻した所で厄介な状態になるのは目に見えています。どうしてもと義父上がおっしゃるなら、殿下を元に戻しますが・・・」
「いやいい。むしろお前が殿下を元に戻す気があったならそれを止めろと言うつもりだったが、そうでないならそのままにしてくれ。今更元に戻されればそれこそ厄介だ」
そんな蔵馬に首を振る公爵だったが、途端に声を落としナタリアという名を出す。その中身の不穏さに蔵馬はそんな気はないとためらいなく言いつつも公爵の気持ちで変わると話を振るが、公爵は即座にまた同じようにためらいなくそれを拒否する。



ナタリア殿下が何者かと言えば、被験者ルーク・・・つまりはアッシュの婚約者である。だが今はアッシュは『ルーク=フォン=ファブレ』ではなく、ルークが『ルーク=フォン=ファブレ』なのだ。少なくともファブレの人間にとってルークという存在は。

だがナタリアにとってルークという存在は、被験者としての記憶を持つ者であった。



「あの方にとっての愛しいルークは最早存在しない。いたとしてもそれは最早『ルーク』ではなく罪人でありダアトの六神将のアッシュでしかない。だがそれでもかつての殿下だったなら、そのアッシュを求めるだろう。平然と罪など無いものとしてな」
「あの方はルークを見ておらず、本当の意味でルークを見ようとすることを放棄すらしていました。あの時の殿下のままでしたらまず確実にアッシュの罪を見ることを放棄し、見るように言われても罪を犯した事に重きを置かずにさも自分がアッシュを守りたい心情の方が大事と言わんばかりの理論のすり替えを持って、罪を犯したアッシュより犯させた周りに非があると言ってのけるでしょう」
「・・・私もルークを見ていなかったことについては人の事を言えた立場ではないのだが、お前にシュザンヌの言葉があって目を覚ますことが出来た。しかしあの方はルークの記憶に対してそれは忘れるように言っても、頑として譲らなかった。ただそれでもそれがルークの為、と言うならまだよかった・・・だが殿下の言葉は明らかに自分が記憶のあるルークでなければ嫌だ、という思い以外なかった・・・」
ためらいなく否定した勢いそのままに昔を思い出しかつてのナタリアならと言って不敬罪になり得る発言をした公爵に、蔵馬もかつてのナタリアならアッシュを自身の為に庇うだろうと同じように不敬罪になり得る発言をして同意する。そして蔵馬の発言の中にルークを自分も見ていなかったことへの後悔を滲ませ自嘲しながらも、かつてのナタリアは自分よりも自分本意だと言った・・・それだけすさまじかったのか、今にも目に浮かぶよう疲れた表情を公爵は浮かべた。
「・・・そんな時、お前がナタリア殿下と二人きりで話をしたいと言った時は正直な所無駄だろうと思ったが・・・お前と話し合いをした後、今までの殿下が嘘のように聞き分けがよくなった姿を見て私は正直ホッとしたよ。それが例えお前の暗示のおかげだとしてもな」
「・・・正直、誉められた行動ではないとは思っています。何せ殿下の心を弄んだのですから」
そして思い出すよう蔵馬がナタリアに対して申し出た二人きりの対談からナタリアが変わったのだという公爵の話を受け、蔵馬は苦い笑みを浮かべる。だがそこには申し訳も悪気もないと、蔵馬は悪いことではあると理解はしてもこれが最善であると疑っていない顔があった。







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