焔と渦巻く忍法帖 epilogue
・・・これは眼鏡狸にもコウモリ娘にもあてはまることだが、自分本意の考えを持つものにとって今の居場所とは針の筵・・・いや、けして貫かれても死なない剣山の山に全身を貫かれてるに等しい。だがけして死なないとは言え、痛みは生きている以上当然存在する・・・まさしく生き地獄なのだ、周りが冷たい視線の人間以外いない環境という物は。
その生き地獄というのにはナルトは慣れてもいるし、乗り越えてもきた。表向きのドベナルトは素のナルトにとって見れば、その生き地獄への当てつけの形と言えた。‘俺はてめぇらなんざ気にしない’との・・・最も、こう考えられているのはルークがいるからというのもある。
・・・話を戻すが、馬鹿を理解させる為の劇薬を投じられ身もちぎれるような痛みを受けている中で、ナルトのように全員が全員現状を強い心を持ってまともに乗り切れるなどありえないとルークも思っている。そんな中で選ぶ事の出来る選択肢は必然的に狭まってくる・・・その最有力の選択肢は自殺、つまり死だ。
’辛い、けど逃げようがない。けどどうにか現状を打破したい。でもどうしようもない。取る手段がなくてがんじがらめどうしよう・・・そうだ、生きてるから辛いんだ。死ねば、楽になる‘
・・・といったよう、簡潔にではあるが自殺者の心中を表してみた。絶望とは人それぞれに意味する形は違うが、大抵は負の連鎖から成り立ち人の心を完膚なきまで叩き潰すどん底の状態を表す。そこには情けなどなく、人の心は絶望となったら耐え切れる物ではない。立ち上がれる、ということは絶望の域にまでは達してはいないのだ。例えそれがどれだけ劣悪な状態でも、少しでも前向きにいられるのならそれは絶望とは言えない。
その絶望に修頭胸の性格に照らし合わせてみると、正に絶望的な程前を向ける材料がない。誰も味方がいない上に高望みをし続け、現実を知って壁にぶつかれば凹み倒して更に間違った対応をしてドツボにはまる・・・これだけの状況で絶望に陥らないなど、まずありえないだろう。
ただ同じような立場にいるコウモリ娘と眼鏡狸が何故絶望に悲観しないのかと言うと、コウモリ娘は‘悲劇のヒロイン気取り’なのでそこから目覚めない限りまず絶望よりも自身の置かれている環境を歎くに留まるだろうということ、眼鏡狸は流石にプライドという鼻っ柱をへし折られたくらいで死を選ぶようなたまではないと理解しているからだ。まぁ眼鏡狸はともかくとしても、コウモリ娘は一歩足を踏み外せば絶望へと一直線の危うさがある。特にもう少し年齢を重ねればより一層そうなる可能性が高い。
・・・そんな二人と比べても修頭胸は特に危うい。現状ではまだ生きているとの話だが、いつ人生に諦めを持ち絶望して自殺するか予測を立てようがない。よしんば死ぬ事を選択しないにしても、一生返せる見込みのない慰謝料をファブレ公爵邸襲撃の件で退役するまで一生昇進の見込みの立たない神託の盾の下っ端兵として払いつづける事を必然的にナルトの幻術のおかげで選択せざるを得ない・・・
これもまた、どちらを選んでも地獄・・・だがナルト達は一切同情などしない。犠牲になった人々は犠牲にされてしまったのだ、修頭胸の愚行で。しかも犠牲にしたとも考えず・・・そんな愚かしい人間に何故ナルト達が同情しなければならない?軽蔑がむしろ当然と言えよう、ダアトの人々もそうしているのだ。
・・・修頭胸が生きたとしても誰にも感謝されず、死んだとしても悲しみもしない・・・誰も修頭胸の事で心にさざ波一つ立てることはないだろう。
絶対に報われない孤独・・・修頭胸にピッタリの、最高の絶望・・・それを送れただけに、ナルトの心は再び満足感に満ちていた。
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その生き地獄というのにはナルトは慣れてもいるし、乗り越えてもきた。表向きのドベナルトは素のナルトにとって見れば、その生き地獄への当てつけの形と言えた。‘俺はてめぇらなんざ気にしない’との・・・最も、こう考えられているのはルークがいるからというのもある。
・・・話を戻すが、馬鹿を理解させる為の劇薬を投じられ身もちぎれるような痛みを受けている中で、ナルトのように全員が全員現状を強い心を持ってまともに乗り切れるなどありえないとルークも思っている。そんな中で選ぶ事の出来る選択肢は必然的に狭まってくる・・・その最有力の選択肢は自殺、つまり死だ。
’辛い、けど逃げようがない。けどどうにか現状を打破したい。でもどうしようもない。取る手段がなくてがんじがらめどうしよう・・・そうだ、生きてるから辛いんだ。死ねば、楽になる‘
・・・といったよう、簡潔にではあるが自殺者の心中を表してみた。絶望とは人それぞれに意味する形は違うが、大抵は負の連鎖から成り立ち人の心を完膚なきまで叩き潰すどん底の状態を表す。そこには情けなどなく、人の心は絶望となったら耐え切れる物ではない。立ち上がれる、ということは絶望の域にまでは達してはいないのだ。例えそれがどれだけ劣悪な状態でも、少しでも前向きにいられるのならそれは絶望とは言えない。
その絶望に修頭胸の性格に照らし合わせてみると、正に絶望的な程前を向ける材料がない。誰も味方がいない上に高望みをし続け、現実を知って壁にぶつかれば凹み倒して更に間違った対応をしてドツボにはまる・・・これだけの状況で絶望に陥らないなど、まずありえないだろう。
ただ同じような立場にいるコウモリ娘と眼鏡狸が何故絶望に悲観しないのかと言うと、コウモリ娘は‘悲劇のヒロイン気取り’なのでそこから目覚めない限りまず絶望よりも自身の置かれている環境を歎くに留まるだろうということ、眼鏡狸は流石にプライドという鼻っ柱をへし折られたくらいで死を選ぶようなたまではないと理解しているからだ。まぁ眼鏡狸はともかくとしても、コウモリ娘は一歩足を踏み外せば絶望へと一直線の危うさがある。特にもう少し年齢を重ねればより一層そうなる可能性が高い。
・・・そんな二人と比べても修頭胸は特に危うい。現状ではまだ生きているとの話だが、いつ人生に諦めを持ち絶望して自殺するか予測を立てようがない。よしんば死ぬ事を選択しないにしても、一生返せる見込みのない慰謝料をファブレ公爵邸襲撃の件で退役するまで一生昇進の見込みの立たない神託の盾の下っ端兵として払いつづける事を必然的にナルトの幻術のおかげで選択せざるを得ない・・・
これもまた、どちらを選んでも地獄・・・だがナルト達は一切同情などしない。犠牲になった人々は犠牲にされてしまったのだ、修頭胸の愚行で。しかも犠牲にしたとも考えず・・・そんな愚かしい人間に何故ナルト達が同情しなければならない?軽蔑がむしろ当然と言えよう、ダアトの人々もそうしているのだ。
・・・修頭胸が生きたとしても誰にも感謝されず、死んだとしても悲しみもしない・・・誰も修頭胸の事で心にさざ波一つ立てることはないだろう。
絶対に報われない孤独・・・修頭胸にピッタリの、最高の絶望・・・それを送れただけに、ナルトの心は再び満足感に満ちていた。
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