焔と渦巻く忍法帖 第十九話

・・・政治に関わらない以外に安息の選択肢がない猪思考姫、その首がゆっくりと縦に振られ・・・
「待て、ナタリア」
ようとした瞬間、唯一の味方である煙デコがその行動を止める声を出す。
「え・・・?」
いきなり呼び止められ、猪思考姫は顔を上げる。だがその顔には生気のかけらも感じられない、むしろ楽になれるのに何故邪魔をするという怨念がこもっているような恨めしい視線で煙デコを見ている。
「・・・ナタリア、何故そんな顔をする。お前は俺との約束を忘れたのか?」
「それは・・・・・・忘れてはいませんわ。ですが今の私は貴方と共に国を変えられるとは思えないのです、私のせいで色々な方々に迷惑をかけてしまって・・・」
流石に反論の芽を残さず潰していっただけあって、いやがおうでもダメージをともなって事実を少しは受け止める事が出来たのだろう。だがそれも我が身可愛さ故の事だ。
「私は・・・怖いのです。もしまた失敗をしたら今度はホントに王女ではなくなるかと思うと・・・そうなれば貴方と共にいれなくなって・・・!」
出て来た言葉は涙つきの自分の地位損失と煙デコと一緒にいれなくなる事が恐ろしいという、極めて自分本位な物。
だがそれも猪思考姫の偽者発言が惑星屑から昨日明かされた事にも関係している。今まで王女として生活していて恵まれすぎた環境にいたのが一気にその地位を蹴落とされるように謀殺されかけ、あまつさえ偽者と言われた。はっきりと言えば猪思考姫では一日二日で普通の状態に戻れるはずがない、このインゴベルトの部屋に入るまでそれなりに悩んでいたことだろう。
そして始まった話し合いで最初は煙デコに癒されてはいたが、次第に周りが自らの失態を容赦なく突き付けてきたのだ。もう猪思考姫には心のよりどころはなかったと言えよう、この煙デコ以外には。
「ならば・・・俺を頼ればいいだろう」
「えっ・・・?」
ルークに見せる表情とは比べものにならない程怒りの雑念を排した煙デコの真摯な言葉に、猪思考姫は涙を止める。
「俺はお前と一緒に国を変えると言った。お前のやろうとすることに俺が手を貸してはいかんなどということはないはずだ。そうだろう?」
「っ・・・ルーク・・・!」
大層懸想の強さを見せる煙デコのプロポーズにすら聞こえるその言葉に、猪思考姫は感激を隠せないといった様子になって嬉し涙に涙を変えて顔を覆う。
「叔父上、お願いです。ナタリアにもう一度政治に関わる機会を与えてはいただけないでしょうか?」
言葉に出来ない感激を得て黙り込んだ猪思考姫の復帰を願い、煙デコはインゴベルトに頭を下げる。
・・・だがそんな下手に出て切に願っても意味がない、端から見てルーク達はそう思っていた。
「それは許されん、罰を与えねば周りに示しがつかんのは今言ったばかりだ。そうでもせねばナタリアに対する貴族の許しは得られん」
インゴベルトもこの処遇を持って陛下らしいと示しをつけるために政治に関わる事を禁じるのだ、考え得る最高の案を安々と撤回出来るはずもない。
「・・・政治に関わるのを止めるか続けるかを選べと言ったのではないのですか?」
固い意志の見える拒否に煙デコは若干声を震わせ、先程の問いの真意を問う・・・が、重要な事実を忘れている。その二択がどこから出て来たかを。
「・・・何を言っておる、それを言ったのはわしではない、そちらのルークではないか」
「?・・・!」
インゴベルトはさっき言ったばかりだろうにと言い、煙デコは少し思い出すように時間を取りはっと気付いたようにルークに顔を向ける。インゴベルトに向けていた顔が嘘のように怒りで染められた状態で。
「テメェ、なんで思わせぶりな事を言いやがった!?」
明らかに貴族としては喜ばしくない言葉遣いを気にするでもなく、ルークに遠慮なく暴言を吐き散らす。
「嘘ではありませんよ?何故ならナタリア殿下が戻られると言われた場合でしたらそうお願いしたいと思っていましたので・・・首を縦に振っていただくまで」
最後に追加されたその言葉にインゴベルトの背筋が凍り付き、表情も恐怖のまま止まる。
「ですが、貴方はそれでよろしいのですか?」
「何?」
「ナタリア殿下が何の罰もなく政治に戻ってもよろしいのかと聞いているのです、貴方は政治に関わらない事以外に何か別の案をお考えですか?」
ここでルークは試金石を煙デコに投げ付ける。この答え次第で煙デコを見極めるいい機会となる。だがそれはルークではない、インゴベルトが煙デコに対しどういう印象を抱くかの。









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