焔と渦巻く忍法帖 第十九話

「お、おぉよく来たなルーク。それに・・・な、なんと呼べばいいか・・・」
「いえ、私はファブレを先程正式に出る事になりましたのでもう呼び名を陛下は気にする事はございません。レプリカとでもなんとでもお好きなようにお呼び下さい」
煙デコとルークを見比べルークで動揺するインゴベルトだが、ルークは呼び名で怯えるその態度に臣下の礼を持って返す。卑下とかそういった-思考の言い方ではない、本当にどうでもいいからルークはレプリカと呼ばれても構わないと真に言っていた。
「・・・そうか。今聞いたがルーク、シュザンヌ達にはしかと伝えたのだな」
「・・・はい」
それ以上何も言えないインゴベルトは煙デコに話題を振り、煙デコも釈然としない様子で返す。
「わかった。今日より晴れてお前は‘ルーク・フォン・ファブレ’に戻る、その事実はもはや揺るぎようもない。ないのだが・・・一つ問題が残っている」
「・・・伯父上?」
インゴベルトは直々のルーク認定を行うが、途端に顔を反らし気まずそうにする。煙デコはそんなインゴベルトをあっさり伯父と呼び、ファブレに戻らないと反骨した態度を取っていた者とは思えない甘さで不思議そうに見る。
「・・・そなたも聞いたであろう、ナタリアのことを。だからこそ問いたい、ナタリアが王族の血を引いていないと知ってもそなたはナタリアを娶りたいと考えておるか?」
「・・・それは・・・」
出された決心の表情からの質問に煙デコは言葉に詰まる。
王族の血族の重さは推し量りがたいものがある。王族の血を引かない貴族にやむを得ず婿なり嫁なり取るように命じるにしても、王族の地位に少しでも近づけるようにするのが通例だ。しかし猪思考姫ははっきり言えば偽者、しかも貴族令嬢だったかどうかすらも分からない身分不明の者だ。そんな者を王族の、しかも王になるべき人間にあてがうのは例え育てて来た娘とは言えはばかられる所だろう。だが今現在王女は偽者とばれたといっても猪思考姫、しかも婚約は公言もされている・・・
このインゴベルトからの質問にはそれらの判断を婚約者本人である煙デコに委ねている部分が強い・・・どう答えるのか?猪思考姫の期待するような力がない瞳を筆頭に、場にいる全員が煙デコに注目する。



「・・・・・・私は彼女が本当のナタリアでなくとも、関係ありません。私が共にキムラスカを導きたいと言ったのは、そう誓ったのは今ここにいる・・・ナタリアです」
「っ!・・・ルーク・・・!」
少しの間が空き決意を固めたのか、煙デコはやたら丁寧な口調で神妙に宣言をする・・・外ならない猪思考姫を真っすぐ見つめるように。その宣言に猪思考姫は感極まって一瞬で涙を目に浮かべ、両手を口元に持って行き口元を隠す。
「その言葉に偽りはないのだな?」
「はい」
更に確認を取るインゴベルトの言葉に今度は逡巡の間もなく、肯定をする。
「ルーク・・・ルーク・・・っ!」
余程感激してしまったのだろう、猪思考姫は瞳を潤ませたまま煙デコに駆け寄りその胸に飛び込む。



・・・策略によって歪められた運命、一人は貴族の地位を敬愛していた者にかどわかされ一人はふとした運命とも偶然と呼べる物に翻弄され王族となった。その中で出会い生まれた愛は強く、幾多もの障害により何者にも断ち切れない真実の愛へと昇華し永久の物となった・・・

とまあ、インゴベルトから見た視点で舞台とするなら悲恋を成就させここでハッピーエンドが1番納まりがいいところだろう。

だがこれはあくまでもルーク達の用意したシナリオであり、ここが終末ではない。



「そなた達の気持ちはよく分かった、ナタリアには今更聞くべき事でもないというのもな」
二人の中に甘い雰囲気が漂い始めるが、空気を断ち切るようにインゴベルトは口を開く。互いに向かい合っていた二人ははっとしてインゴベルトの方に体を向け、猪思考姫は押し付けた涙の後を急いで手でこすって消す。
「だが・・・決心を聞いたばかりで悪いがこれだけは言わせてもらう」



「ナタリアにはもう政治に関わって献策、及び発言の権限を与える気はない」







20/35ページ
スキ