得られた平穏と望まぬ平穏の二つの平穏

「あ~あ・・・来て損したな・・・郵送で書類なんか送って書いてもらえば良かったのに・・・」
・・・新一のアパートから出てロードで神奈川に戻る道の中、背中に背負った荷物袋をうざったく思いつつ山岳は進んでいた。
「オマケに新一も全く前と変わってなかったし・・・多分ずっとあのまんまなんだろうな、新一は・・・」
そしてそのまま山岳は呆れたように先程会った新一に対する言葉を口にしていく。






・・・真波山岳にとって新一という兄は、兄として尊敬出来ないしそう見ることの出来ない兄であった。それは何故かと言えば幼い子供だった自分に理解出来ないもの・・・推理小説だったりドラマだったりを勧めてばかり来たことからである。

一応というか、新一に悪意があってそんなものを勧めた訳ではないしなんなら善意から勧めた。しかし新一は自分がどれだけ特殊な環境で育ったのかもだが、自分が特殊なのかも理解はしていない・・・まだ小学生前後の子どもが大人でも理解することもそうだし受け付けるかどうかも怪しいジャンルの物を、好んで読むような変わり種も変わり種な者だということを。

そして山岳は元々からの素質として、頭を働かせるような事よりも直感的でいて体を動かすことの方が体が弱い時から好きであった・・・故にこそ新一の勧めに関してを好きになれるはずもなかったし、それを頑なに勧める新一のことも兄と思えなくなっていったのだ。

その為に昔はまだお兄ちゃんというように山岳は言っていたが、そんなことが続いていったことから名前呼びのタメ口に変わっていって、新一は天然でいて緩い上に意外と頑固な山岳に注意はしたものの元々上下関係に関して然程気にしない性分だった為、続いた呼び捨てにタメ口を許容することにした。

・・・ただ、山岳が新一の事を兄として見ることが出来ないと考えたのは趣味の押し付けばかりをしてきたからというだけではない。なら何が兄として・・・いや、人としてすらまともな人物だと見ることが出来なかった理由なのかと言えば、幼い頃の山岳からでもハッキリ分かるくらいに新一の考えが理解出来ないと思えたからだ。

幼い頃は子どもながらに兄弟の会話はあった。新一が山岳の事を気にかけてきたのもあってだ・・・しかし推理小説やドラマを勧めるだけでなく、推理が大好きで探偵にまたなりたいという気持ちを将来の夢として弟に語る形で新一は口にしていくのだが・・・山岳からしたらそんな新一の様子は、異質以外の何物でもなかったのだ。

新一は抑えていたつもりかもしれないが二つ年上程度の兄がやたらと鮮明にこういった探偵になりたいだとか、推理をしたいだとか・・・何より様々な殺人事件だとかを解決していきたいと言ったようなことをイキイキと口にしていくその姿は、山岳からしたらあまりにもおかしな物にしか見えなかった。推理小説だとかドラマに感化されたにしては酷く具体的であると同時に、まるで殺人事件に出会いたいしそれが起きてほしい・・・と思ってるかのように感じてしまうようにである。

山岳はそんな新一の姿や考え方に、おかしさを感じずにはいられなかった。体が弱かった反動から独自の考えを持つに至った山岳は自分が生きている実感をロードで体に負担がかかってキツいと思っている時に感じる常人とはかけ離れた思考回路を持っているが、あくまでもそれは自分が痛いことに納得して自分がやってるからいいと思っている。

しかし新一の考え方は自分がキツいのではなく・・・探偵としての実感を得るために、周りか関わる誰かに不幸になってほしいと言っているようなものなのではないか・・・そう山岳は考えてしまった。この辺りは他人に不幸になってほしいと思うような思考回路を山岳が持ち合わせていなかったためにだ。

そしてそういった考えから山岳は新一の事を天然だとか不思議チャンだと言われる自分よりよっぽど理解が出来ないし、尊敬も出来ないと兄と呼ばなくなったのである。血は繋がっているのだろうが、最早それくらいしか繋がりのない理解出来ない存在なのだと思う形で。









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