得られた平穏と望まぬ平穏の二つの平穏

「あ~・・・早く事務所構えて探偵になりてぇ・・・事件に関わりてぇ・・・」
それでまたキーボードを叩く作業に集中する新一だが、その目は虚ろといったような物になりブツブツと一人言を漏らしていく。端から見ればどう少なく見ても、正常な状態には見えないという様子で。






・・・最初の内は仕方無くというか、自分が自由にするようにするため小説を書こうと考えて動いていた新一だが、いつしかということは問題ではなくもう今となっては小説を書かずにはいられないようになっていた。それは何故かと言えば言葉面は気持ちよく捉えられないだろうが、例えるなら禁断症状を抑えるための自慰行為に耽る為の物になっているからである。

新一は性質的には善人ではあるし、犯罪や戦争が起きたりしてほしいだとか道を歩いている中で理由も何もなく人が殺されても構わないと思っているような人格破綻者でもない。そして人が死ぬことを悼むくらいの心は持っている・・・だがそれはトリックを用いて殺された者がいたりしたり、明らかに難解な謎が関わってくる犯罪となると話は違った。

一応は被害者に対しての気持ちは最初こそは浮かびはする。しかしそれはあくまで最初のみで、後は事件に集中するからと被害者に対しての想いなど一切無くして推理に集中していき・・・そして解決へと導く事が出来た時には、新一は笑うのだ。事件を解決出来るという喜びを得られたこともそうだが、その瞬間に脳内麻薬を分泌させて出てきた一種の快感を得たことに。

そんな事を繰り返してきた前世の新一は元々は事件が寄ってきやすいという性質があったことも相まって、それらを得ることに苦労するような環境にいなかった上に新一自身は気付いていないが・・・最早謎があって推理を行うような事件が起きなければ物足りないと思うような、末期の薬物中毒のような物だったのだ。表向きだったりある程度の心の内では事件が起こったことに憤ったりはするものの、その心のどこかで事件が起きたことや推理が出来るということに酷く安心感や高揚感を覚える程に。

・・・だがこうして生まれ変わって事件との関わりが全くない状況が続いた新一は、薬物中毒と例えたよう薬の切れたジャンキーと言っても差し支えないくらいに一時期の小学生から中学生くらいの頃は事件を求めるようになっていた。色々と前世と違うのは分かってはいるし平和な方がいいとは思いはするが、やはり推理が出来ないということに対してどうしても物足りなさというか・・・生き甲斐を感じることが出来ないと。

そんな気持ちが浮かぶ中で金銭面での自立を考え小説を書くことを選んだ新一であるが、これが事件に出会えない新一にとって今生において最大限のストレス発散の方法であることに気付いたのだ。優しい家族との交流でも、気がいい人々との友好の日々でも、事件がなくて血を見ることもない平和な世界でもなく・・・脳内に思い描く血の海の中に倒れる被害者に、悪辣な笑みを浮かべてトリックを用いて動く犯罪者に、それらを全て暴きたてる推理者の姿を思い浮かべて文章に表していくことが。

そしてそれらを世間に出して評価を得られたという事実も相まって、新一は小説を書くことを気持ちいいと思って書くようになったのだ。現状で他に楽しいと思うものがあるわけでもないし、それでお金が得られるのなら尚更いいだろうと今生の家族や友人達についてを言葉にせずとも二の次以下の優先度にする形でである。

だがそれでもそうして小説を書くことよりもやりたいことは実際に事件に会って現場で推理をしたいという物であり、その欲求は治まる事はないのだがそれを推理小説を書くことで抑えているのだ。それこそ自分で生み出した物を使って自分の気持ちを落ち着かせて慰める、自慰行為のような形で・・・









.
14/21ページ
スキ