得られた平穏と望まぬ平穏の二つの平穏

「・・・取り敢えず小説に取り掛かろう・・・気持ちを切り替える為にも・・・」
そんな風に落ち込む気持ちを切り替える為、新一は暗い面持ちのままパソコンのある部屋へと立ち上がり向かう・・・






・・・今生での両親に対する何とも言い難い気持ちを抱える新一だが、将来的な目標を果たすために必要なのは自分が一人で生きていく為の金を稼ぎだす事であり、小説を書いて出すことだと思っている。

幸いにして中学生の頃から小説家としての第一歩で新人にしてはかなりお金を稼いだ新一であるが、それでも自分が一人で生活していく事に加えて最終的に山岳に真波家を継いでもらうことを考えるなら、自分のマンションなり家が必要になるからお金を早い内からかなり稼がないといけないということになる・・・そう思った新一は今いるアパートに一人暮らししてからは高校に行くか必需品の買い出し以外のほとんどの時間を小説を書く時間にあてていた。

そしてそうして暮らしていく中で新一は次々と小説を出していき、それらが売れていって懐の内はかなり潤っていくのだが・・・元々小説家になりたい訳ではなく探偵になりたい新一は、小説家として有名になりたくないことから自分がまだ未成年であることも理由にして顔出しもしないままに小説を書いていったのである。あくまで前のような探偵になるのが目的であり、小説はまとまった金を手に入れる為の手段でしかないのだからと。

だから新一は自分は小説家であるということは家族以外に漏らしたことはないし、家族にも漏らさないようにしてくれと切実に願った。そして出版社にもそこは本当にお願いすると何度も念押しし、授賞式といったような物があっても代理で済ませてほしいと頼んで自分のことは当たり障りのない事しか言わないようにして欲しいとも。

その為に新一は本名ではなく小説家として名乗る名前で本名を隠して活動しているのだが、その作家として名乗っている名前が何かと言えば・・・前世の父親の名前である、工藤優作である。

これは仮の名を考えるのが面倒だったのもあるが、この名前にピンと来る自分と同じような誰かが自分に会いに来たいという事を切り出してこないかを狙っての物である。新一の周りでは誰も自分の知る人物の生まれ変わりはいなかったが、誰か他に同じような人がいないとも限らないしもし誰かいたなら会いたいと思ってだ。

故に出版社の人間には何か工藤優作として小説を書いている自分に何か妙な事を口走った人がいたなら、どういった名前でどういった事を口走ったのかを確認しておいてほしいというように言っておく形でいつ来てもいいように構えているのだが・・・この考え方には誤算というか、見落としがあった。それはそんな存在がいても、その人物が接触してこないということだ。

無論新一はあくまで保険程度で、いたら来てほしいというくらいでこうしたくらいのことではある。しかしこの世界には新一以外は小五郎しか転生していない上で、その小五郎は基本的に推理小説など読まない上に工藤優作という名前に関しては珍しい物ではない。

現に本屋で工藤優作名義で並べられた本を目にした小五郎は一回露骨に顔をしかめた物だが、本当に自分の知る工藤優作なら今頃顔を出して表舞台に立っているだろうし、そもそも新一共々もう会いたくないと願った相手にわざわざ会いに行きたいとも思えない・・・そういったことを考え、小五郎は本に手をかけることもなく名前が同じだけの赤の他人だと結論付けて視線を背け考えを止めたのだ。実際は義理の息子になった新一が前世の知り合いに会いたいと願った釣り針であってそれに食いつく事を願われた物であったのだが、肝心の小五郎はだからこそその釣り針には食い付きたくないどころか近付きたくないとすら思ってしまう形で・・・









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