得られた平穏と望まぬ平穏の二つの平穏

・・・そんな風に小五郎が考えている同時刻。場面は都内のとあるアパートへと移り変わる。






「・・・ほら、これで全部書いたぞ」
「うん、確かに預かったよ~・・・って言いたいけど、実家に帰らないの?小説書くのに忙しいっていうのは聞いてるけど、新一が帰ってきてたら俺もこっちまで来なくて済んだのにさ~」
「わりぃな、山岳。ちょっと今追い込みの時期にかかってて、家に帰ってたら仕上がりが遅くなるんだ」
「ふ~ん・・・」
・・・本来ならもう少しスペースがあるであろうアパートの壁を本棚と大量の本が埋めつくし、圧迫感を感じさせる居間の中で部屋の片隅に設置されたテーブル越しに対面する二人の高校生達。
ロード競技用のジャージに身を包んだ山岳と呼ばれた少年は愚痴っぽく手の中にある紙を見ながらラフなティーシャツに短パンといった部屋着スタイルの新一と呼んだ少年に声を向けるが、言い方もあって大して悪気もなさそうに返してくるその様に胡散臭げな目になってしまう。






・・・さて、今こうして山岳と呼ばれた少年と向かい合っているのが誰かと言えば、小五郎の前世の娘と夫婦になった義理の息子の新一である。こちらも何の因果か元の世界とは微妙に違うパラレルワールドに生まれ変わり、真波という神奈川にある家の長男坊として再び新一という名と姿を持って生まれ変わった。

この事に新一は戸惑いを覚えながらも、すぐにちゃんと今生も生きていこうという決意を固めた。今生の両親が折角自分達の愛の結晶として生んでくれたのにそれを不満だと思って自殺するのは流石に良くないと思ったのもあるが、こうして二度目の生を受けたのは自分のやれることをやるためだと新一は考えたのだ。

そしてそんな風に思いながら育っていく新一だが、二年後に弟として山岳が生まれてきたことに前世が一人っ子だったのも相まって、弟が出来たのだから兄らしくという気持ちを持って動こうと決心した・・・しかしそれは新一の思った形とは別の物になった。

・・・今でこそ山岳は坂道と同じ自転車競技部にて王者と呼ばれる箱学で史上初の一年生レギュラーとなれるだけの実力と体になったが、元々山岳は体が弱くて自由に外出出来なかったり体調が良くない時の方が小学生の時までは多かったのだ。

そんなハンデを背負った小さな頃の山岳に対し流石に遊びに連れて回る訳にはいかないと思った新一は、ならと自身が面白いと思った推理小説を見てみろよと薦めるのだが・・・ここで前世の自分は理解出来たんだからと考えた新一であるが、そもそも前世の新一の育った環境が特別だっただけで新一のように小学生程度の子どもが推理小説など好んで読もうと思うか?・・・答えは否であった。

現に山岳は小説を読みきるどころか1ページすら読むことも出来ずに本は閉じられて返されることになり、あまり好きではなかったゲームの方がまだマシというように家で休んでいる時間を過ごすのが普通になった。そしてそのようなことがあったのに加えて山岳の幼馴染みの女の子である宮原が、サイクリングなら体に負担はそんなにかかりにくいからと山岳を誘った上でそこで乗ったロードバイクに山岳がハマった事から、体が強くなっていったことも加えて新一とは全く方向が違う育ちかたをするようになったのだ。

その辺りに関しては新一もこんなことになるのかと想像もしていなかったことに驚きはしたが、それでもロードに携わるようになってからの山岳は目に見えてイキイキとするようになっていったことからこれで良かったのだと思うことにした・・・兄弟で熱く推理談義をしたいだとか思っていた事が無理になった事に関しては、正直残念だと思いはしたがだ。









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