得られた平穏と望まぬ平穏の二つの平穏

「・・・上がったよ、母さん」
「あら、そう?なら食卓に着きなさい。お昼は貴方の好きな肉とワカメの入ったうどんよ」
「やったぁ!」
・・・そうして少し時間を空けて坂道も風呂から上がってきて、妻が笑顔で昼食についてを告げると嬉しそうな顔で食卓に向かう。
「・・・改めてすまねぇな」
「あら、いきなりどうしたのよ貴方?」
そんな姿を見た後で小五郎がポツリと呟いた声に、妻は小首を傾げる。
「いや、坂道があんな風に育ってくれてるのは嬉しいんだが・・・俺が側にいてやれる時間が少なくて、お前にばっかり苦労をかけさせてたって思うと申し訳無くてな・・・」
「あらあら、そんなこと気にしなくてもいいわよ。貴方が私達の為に頑張っているのは私もそうだけど、坂道も貴方のそういった部分は理解しているからあぁいったように育ってくれたのよ」
「・・・そう言ってくれて助かるよ」
そんな姿に心底から申し訳無いといった気持ちからの言葉を向ける小五郎だが、含むところなど一切ない妻の笑顔と言葉にそんな負の気持ちが霧散したかのように微笑を浮かべた。






・・・本社への転勤についての辞令を下された小五郎は、そうしたくないという気持ちの方が強かった・・・そもそもの話として言うなら転生してからサラリーマンという職に就いた小五郎だが、これがことのほかと言うかかなり小五郎に合っていた・・・前世では探偵という職業に就いていて娘達には散々言われてきた小五郎だが、そもそも小五郎は一人で探偵として事務所を切り盛りしてきたのだ。そういった経緯から小五郎は器用万能とまでは言わないまでも、サラリーマンとしての仕事においてもそれが適応するくらいには高い能力があったのである。前世の娘達が聞いたなら嘘だろうと言うのは目に見えているがだ。

まぁ前世の娘達についてはさておき、そういった小五郎の能力を見込まれたが故に本社からの話が来たのだが・・・小五郎としては乗り気になれなかったのだ。その理由は簡単に言うなら通勤に関する問題が多々あったからである。

と言っても電車を乗り継げば行き帰りが出来ない時間と距離ではないのだが、それは毎日朝早く起きて夜遅く・・・場合によっては小五郎が入った会社はブラックな企業ではないが、付き合いで時間が遅れれば終電に乗り遅れる事もないとは言えない。そんなことは生まれた坂道の事を考えると、親として時間を取れないのは望ましくない。

ただそんなことを知らない会社からは通勤に関して千葉から東京に通うのはキツいかもしれないから、会社が紹介する物件ならある程度割引価格で物件を借りることも出来ると言われたがそこは問題ではなかった。

なら断ればいいではないかというような単純な問題ではなく、本社からの意向を嫌だと言えば覚えが悪くなり会社自体にいることが難しくなる可能性もないとは言えず、坂道が産まれたのに他の会社へそんな事情があるから転職したい・・・なんて軽々しく決めれる筈もなかった。

そうしてウンウンと唸りながら悩んでいた小五郎だったが、そんな様子を見た妻が言ってくれたのだ・・・「私達の為に頑張っているのは分かるから、坂道は私に任せて貴方が苦しくないようにして」と。

最初こそは小五郎はそんな妻の言葉に甘えるわけにはいかないというように言ったが、芯が強く意外と強引な妻の言葉に折れる形になり・・・自身の負担にならないようにと、東京で物件を借りて生活した方がいいとまで言ってくれたのだ。

そういった妻の気遣いと自分を信じてくれるといった言葉に、英理と比べてはいけないのは承知の上で自分には勿体ないくらいのいい妻をもらったものだと実感した。そしてそんな妻に報いる為にも小五郎は東京の本社に異動してから、バリバリと働いていったのだ。妻と坂道、二人をちゃんと養えるようにするためにもと・・・









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