目標と刺激のない平たい生は幸せか?
後書きです。いかがでしたでしょうか?今回のお話は。
まずこの話を思い付きましたきっかけですが原作的な意味で、組織壊滅を成し遂げたら元の生活プラスアルファな状態に戻ってめでたしめでたし・・・みたいな感じになるのが原作的なハッピーエンドと思いますが、そうならない展開というか事件の起きない時に新一が腑抜けになるみたいな光景が目に浮かんだんです。この話の中で出したよう『江戸川コナン』として在った時間が長過ぎた弊害というか、『江戸川コナン』になる前には無かった困難に出会うと共に『江戸川コナン』として出会う事件やら何やらの状態に慣れすぎて、『工藤新一』に戻ってその環境に物足りなさを感じる・・・みたいな光景が。
そしてそんな新一に周りが振り回されるという形でオロオロするみたいな光景も共に浮かんだんですが、それでずっとあたふたみたいな感じじゃなくそれをピシャリと突き付ける展開にするにはどうすればいいのか・・・と考えた結果としてまず先に出したセリフである特攻の拓の一条武丸のあの場面が思い浮かんだんです。記憶喪失ながらも伍代に攻撃されて記憶を取り戻したあの異質な武丸らしさの現れた場面が。
ただここで私の他の作品の書き方からなんでクロスオーバーさせて登場させなかったのかと思われる方もおられるかもしれませんが、これは原作の年齢の時の武丸もですが以降の武丸を出すことが想像出来なかったからです。何せ特攻の拓の原作って舞台は基本横浜のたまに横須賀とかに出張みたいな感じで東京は出てませんし、かといって原作終了して大人になっただとかで丸くなった武丸を出すっていうのも解釈違いにしかならないって感じたんです。
だからこの話では武丸だとか関連の人間を無理矢理出すよりこんな漫画があって、そのセリフから着想を得たというように話をしようと思ったんです。そしてその役割が志保だったのは他の面々ではそういった役割を担ってもらうのはちょっと無理かな、と感じたが故です。新一の状態をどうかと思いつつそのセリフを持って話が出来るような役割というのは。
ただまぁそうして話を考えていく中でそこだけで話を作るのはちょっと物足りないなと考えた中で出て来たのが、後半のセリフであってデビルメイクライのダンテの名ゼリフとして名高い言葉だった訳です。刺激があるから人生は楽しいという新一の人生からすれば事件や謎という物は刺激であって、『江戸川コナン』として生きていた事により得られていた刺激が無くなった事で以前より萎えるといったのを強調するという意味で。
まぁそんな風に話を作っていこうと色々考えていった訳ですが、おっちゃんが志保側に回るだとか組織の事で盛大に割を食う事になったみたいな感じにしたのは、志保一人だと全部話をさせるのは良くないと思ってもう一人付けたいと思った上で、他の方が書かれているようなおっちゃんが新一のやったことで制限だとかを受けて新一の事をもう信じられないみたいな感じにすれば、志保の側に回す事は出来るだろうなと感じたからになります。
というかそう出来るのって原作的な意味でもおっちゃん以外にいないと思いますからね・・・蘭は最終的に新一から離れられないから新一を許すみたいに受け入れるのは目に見えていますし、世良は(まだコナンが終わる前で世良が事実を知らされるかどうかも分からない時に作った話なのもあって)事実を知らされた時に仕方無いって言うだろうから、事実を知らされてない面々の中でそうしそうなのっておっちゃん以外にいないだろうと。園子に関しては今回は組織に関わっていないから判定外ということにして外しました。
まぁそんな風に色々考えていった結果がこの話だったわけですが、原作はそんなことないというように描きそうですけど『江戸川コナン』として過ごしてきた困難だったり、『江戸川コナン』だったからこそ出会えた事件や謎が無くなると新一はこうなりそうという考えと、それに振り回される周りという形の話はいかがでしたでしょうか?
後書きは以上です。お読みいただきありがとうございました。
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まずこの話を思い付きましたきっかけですが原作的な意味で、組織壊滅を成し遂げたら元の生活プラスアルファな状態に戻ってめでたしめでたし・・・みたいな感じになるのが原作的なハッピーエンドと思いますが、そうならない展開というか事件の起きない時に新一が腑抜けになるみたいな光景が目に浮かんだんです。この話の中で出したよう『江戸川コナン』として在った時間が長過ぎた弊害というか、『江戸川コナン』になる前には無かった困難に出会うと共に『江戸川コナン』として出会う事件やら何やらの状態に慣れすぎて、『工藤新一』に戻ってその環境に物足りなさを感じる・・・みたいな光景が。
そしてそんな新一に周りが振り回されるという形でオロオロするみたいな光景も共に浮かんだんですが、それでずっとあたふたみたいな感じじゃなくそれをピシャリと突き付ける展開にするにはどうすればいいのか・・・と考えた結果としてまず先に出したセリフである特攻の拓の一条武丸のあの場面が思い浮かんだんです。記憶喪失ながらも伍代に攻撃されて記憶を取り戻したあの異質な武丸らしさの現れた場面が。
ただここで私の他の作品の書き方からなんでクロスオーバーさせて登場させなかったのかと思われる方もおられるかもしれませんが、これは原作の年齢の時の武丸もですが以降の武丸を出すことが想像出来なかったからです。何せ特攻の拓の原作って舞台は基本横浜のたまに横須賀とかに出張みたいな感じで東京は出てませんし、かといって原作終了して大人になっただとかで丸くなった武丸を出すっていうのも解釈違いにしかならないって感じたんです。
だからこの話では武丸だとか関連の人間を無理矢理出すよりこんな漫画があって、そのセリフから着想を得たというように話をしようと思ったんです。そしてその役割が志保だったのは他の面々ではそういった役割を担ってもらうのはちょっと無理かな、と感じたが故です。新一の状態をどうかと思いつつそのセリフを持って話が出来るような役割というのは。
ただまぁそうして話を考えていく中でそこだけで話を作るのはちょっと物足りないなと考えた中で出て来たのが、後半のセリフであってデビルメイクライのダンテの名ゼリフとして名高い言葉だった訳です。刺激があるから人生は楽しいという新一の人生からすれば事件や謎という物は刺激であって、『江戸川コナン』として生きていた事により得られていた刺激が無くなった事で以前より萎えるといったのを強調するという意味で。
まぁそんな風に話を作っていこうと色々考えていった訳ですが、おっちゃんが志保側に回るだとか組織の事で盛大に割を食う事になったみたいな感じにしたのは、志保一人だと全部話をさせるのは良くないと思ってもう一人付けたいと思った上で、他の方が書かれているようなおっちゃんが新一のやったことで制限だとかを受けて新一の事をもう信じられないみたいな感じにすれば、志保の側に回す事は出来るだろうなと感じたからになります。
というかそう出来るのって原作的な意味でもおっちゃん以外にいないと思いますからね・・・蘭は最終的に新一から離れられないから新一を許すみたいに受け入れるのは目に見えていますし、世良は(まだコナンが終わる前で世良が事実を知らされるかどうかも分からない時に作った話なのもあって)事実を知らされた時に仕方無いって言うだろうから、事実を知らされてない面々の中でそうしそうなのっておっちゃん以外にいないだろうと。園子に関しては今回は組織に関わっていないから判定外ということにして外しました。
まぁそんな風に色々考えていった結果がこの話だったわけですが、原作はそんなことないというように描きそうですけど『江戸川コナン』として過ごしてきた困難だったり、『江戸川コナン』だったからこそ出会えた事件や謎が無くなると新一はこうなりそうという考えと、それに振り回される周りという形の話はいかがでしたでしょうか?
後書きは以上です。お読みいただきありがとうございました。
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