事件を引き付ける力と存在が無くなれば死神は何となるか

・・・食事という表現が出て来た事にどういうことかという者もいるだろうし、ココも最初そういった考えに行き着いた時に流石に違うのではというような気持ちを抱いた。だがその異形が瘴気を口に入れた後の様子を観察した所、生き物が満腹感に満足しているようにしか見えなかった様子を何度も確認してきたことで、自身の見立ては間違いではないと気付くと共にそもそも普通の生物とは違うのだからというように納得したのである。ココ自身はその異形が見えるが、他の者は異形の事など見えないといった様子を確認したのもあってだ。

だからココは異形の食事が取り憑いた『江戸川コナン』や『工藤新一』の周りで起きる事件の犯人達の意識を犯罪に向かわせるようにした上で、そこで『江戸川コナン』や『工藤新一』が起こした事件を解決する際の何らかのモノを捕食する為のほとんどマッチポンプであるとか、自作自演のように舞台を自分で整えていると推測をしたのである。

ただほとんどと言ったのは一応というか元々犯行を起こしたいと犯人達が強く思っていたこともココの目からは確認出来ていたので、完全にゼロだったりそれに近いだけの意識しか持っていない者はそうなっていないことだとか、そもそも最初から『江戸川コナン』やら『工藤新一』がいようがいまいが関係無いといったように犯行を起こす者もいる・・・というような事から完全に意識を操るだとか誘導していた訳では無いのだが、それでも厄介な事件が起きやすいという状況を作っていたのには代わりはないとココは観察していたのだ。

そしてそこでそんな異形が自分に取り憑いていることなど知らない『江戸川コナン』や『工藤新一』は自分の周りでやけに事件だとかが起こることに関して、そんな事が起きて欲しくないだとかといったような事を本心から口にしたことがないその精神性もあって、異形に取り憑かれているのだというようにもココは考えていた。

確かに『江戸川コナン』や『工藤新一』は事件が起これば憤ったような表情を見せたり、真剣に事態の解決に向き合うような様子を見せていたが・・・その中で自分がいるなら事件は解決してみせるというように常に言っていたが、その言葉から事件を解決するという意欲は見ることは出来ても事件自体が起きなければいいのにと、そう願うような気持ちは本人から聞けばニュアンスが違うだけというように否定するように言うだろうが感じることは出来なかった上で・・・共に事件の謎を解いたといった時の笑みを見た時に、他の時にはない充実して満たされているといった気持ちをココは観察したのである。

この事にココは異形に取り憑かれていることには気付いてはいなくても、実質的に両者の関係は共依存か持ちつ持たれつか・・・あるいは異形に長い事取り憑かれてきたからこそ、新一が事件に関わりその謎を解決するように推理することを喜びとするように育てられた可能性もココは感じていた。占いというかココの目ならある程度未来に起こり得る事の可能性についての予知は出来ても、過去まで全て丸々とほじくり返して見えるような目までは持っていなかったが為に。

ただそこまで推測はしたが、ココは人に対しての距離感は自身の体質もあって自分の思うように取ることを基本としているのもある上で、自分が頼られもしないのにこういう事があるからと無償の善意で動く程のお人好しというわけでもない・・・だから『江戸川コナン』や『工藤新一』に取り憑いている異形の事だとかについてはわざわざ動こうという気は元々なかった。

だがそんな気持ちを変えたのが、とある日に『工藤新一』に戻った新一とすれ違うことになった当麻を見たことからであった・・・









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