救う者と救われるもの 第十七話

その瞬間ティアは投擲の要領で投げていた短剣を出す所に、両手を入れる。そしてそこから取り出した短剣ではないもの、それを無防備な二人の頭上へと気配無く正確に投げる。






・・・この瞬間、全ては成った。





「!くぅっ・・・!」
「!うぁっ・・・!」
頭上より降り注がれし光に包まれ、ヴァンとリグレットはたまらず驚きと身体の異変に気付き苦悶の声をあげる。


・・・そして数秒、光も収まり役目を終えた掌にちょうど納まるほどの鉄の塊二つが耐えれず膝をつきかけたヴァン達の目の前の人物の足元に転がっていく。
「ご苦労様です、ティア」
場にそぐわぬ緊張感のかけたティアへの労いが響く。ヴァンとリグレットが声の主を見上げると、そこには大層いい笑顔をしたジェイドがいた。
「どういう事だ・・・!死霊使い・・・!」
体が重くなった現状でリグレットがすぐさま立ち上がれず下から睨み上げる形で行動の意味を問う。なにしろ二人にティアが投げ付けたのは・・・
「いやぁ、あなたたちの戦闘能力は厄介ですからね。手っ取り早く封印術で弱体化してもらおうと思いまして、一芝居を打たせていただきました」
はっはっはっと、とことんいつもの飄々した様子を消さないジェイド。





何故ジェイド達が封印術を、しかも二つも持っていたのか?・・・それはインゴベルト陛下とピオニー陛下、キムラスカ・マルクトの両陛下による協力のものだった。

封印術を作るには国家予算の十分の一程の資金が必要で、国の協力が無ければまず個人で封印術の作成など出来ない。そこでジェイドはヴァンを生け捕りにして預言から外れた世界を見させるためにも、ルークの為にもと両陛下に封印術の譲渡を頼み込んだ。結果ジェイド達は両陛下の協力をいただき、晴れてピオニー陛下からの返事とともに送られたマルクト作成の封印術を持ってこのベルケンドに来たのだ。

ちなみに封印術に添え付けられたピオニー陛下からのジェイド宛の手紙には『この封印術は遠慮せずに使え、これで平和が買えるなら安いもんだ』と書かれていた。恐らくローレライを実際に見ていないマルクトではキムラスカより封印術作成に難儀を示したに違いない。反対意見を説き伏せる苦労を微塵も感じさせないピオニー陛下の文面にジェイドは顔を手で覆い呆れを見せながらも、その手の下で「ありがとうございますピオニー」と小さく呟いたのは誰も知らない事実だ。





「芝居だと・・・?」
今度はヴァンの声が鋭い視線と一緒にジェイドに向けられる。だが答えたのはジェイドではなく、後ろからジェイドの横に歩み出たガイだ。
「ヴァン、いやヴァンデスデルカ。お前が世界を、預言を壊そうとしているからそれを未然に止める為に芝居を打ったんだよ」
「何を言い出すのだ・・・?ガイよ・・・」
自らの本名を明かした幼なじみ兼主人の言葉にヴァンが意味が理解できないと、心底から表情に出る。
「・・・俺達はお前がやろうとしていた事の全てを知ってる。そしてその結末もな」
「・・・何?」
思わせぶりな物言いにヴァンは思わず身を乗り出すように首を前に出す。だがそのガイの顔が真剣な物から苦い物へ変わる。
「・・・しばらく寝ていてくれ」
‘ブゥン!’
言葉と同時に何かの風切り音がヴァンの後ろから聞こえて来た。その音に封印術にかかっていない通常のヴァンなら、すかさず反応出来ただろう。だが封印術で力を大幅に削がれたヴァンでは音を把握して振り向こうとするだけで精一杯。そこでヴァンの意識は頭への強い衝撃とともにブラックアウトし、衝撃を与えた物の速度そのままの早さで地面に倒れた。
「閣下!」
鈍くなった感覚を引きずりながらヴァンに視線を向けるリグレット。しかしその瞬間が隙に当たる、横向きになってあらわになったリグレットの首筋に今度はガイが刀の鞘でそこを狙い打つ。案の定隙を突かれたリグレットはその攻撃を避けることが出来ず、首筋に鞘の一撃を喰らうと力無くヴァンに覆い被さるようにリグレットは倒れていった。その様子を見たジェイドは表情を引き締め、今度こそ本当の賛辞を送る。
「今度こそご苦労様でした、三人共。これでヴァン謡将を捕らえる事が出来ました」
賛辞に直接手をかけていないナタリアも、ヴァンの頭を杖で殴ったティアも、リグレットを制したガイも、首をこっくりと大きく縦に振る。これが本当の予定していた流れ、成功したと告げるジェイドは道化の仮面を捨て一介の指揮者となっていた。








7/13ページ
スキ