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第2章

花が舞い落ちる、しなやかな二つの体。その悠然たる姿は美しさを感じてしまう。ローザは苦々しくその二匹を見た。
 エーフィとブラッキー。この二人が、お互いに持っていたポケモンだろうか。それとも。
 ゴールドはエーフィと、ブラックはブラッキーと、視線を合わせ頷き合う。そして二人の少年はお互いを見た。

「ヘマをするなよ、ゴールド」

にやりと笑って見せれば。

「あたぼうよ、ブラック」

彼も不敵な笑みを返すのだ。
 突然現れたポケモン、それもその細身から溢れ出す闘気にラフレシアもラプラスも戸惑っている。それをローザは一喝した。

「怯むんじゃあないよ。所詮は付け焼き刃のタッグ。私たちには勝てないわ」

ローザは手を振りかざし、二匹を構えさせた。

「ラプラス、“れいとうビーム”! ラフレシア、“エナジーボール”!」

二匹の口から放たれる強烈な攻撃。冷気を纏ったエネルギー体がエーフィとブラッキー目がけて飛んでくる。
 ゴールドは叫んだ。

「エーフィ、“ひかりのかべ”!」

エーフィはブラッキーも包むように光の壁を形成した。エネルギー体が壁にぶつかった瞬間、鋭い音が響き、エネルギー体は消滅した。壁は残ったままだ。

「ちっ! ラフレシア、“タネばくだん”!」
「もういっちょ! エーフィ、“リフレクター”だ!」

ラフレシアの柱頭から投げ出されるように放たれた爆弾は、再びエーフィ達を包む壁と衝突。爆音と爆風だけが残り、跡形もなく消えた。エーフィとブラッキーの周囲には分厚い二重の壁が出来上がっている。

「何て硬さなの……!」

強化ポケモンの技をここまで受けておいて傷ひとつ付かない壁に、ローザは血の気が引いた。
 素直に喜ぶゴールドに対して、隣のブラックはエーフィの首裏をじっと見つめた。首輪に括りつけられている「ひかりのねんど」は、“ひかりのかべ”や“リフレクター”をより強固に形成する作用を持つ。なかなかのレア物だが、ゴールドはこの効果に気付いているのやら。気づいていないとして無意識に先ほどの技を指示したなら天成のカンというやつか。
 ブラックは視線をブラッキーに戻した。ブラッキーは先ほどから壁の内側である準備をしていた。

「ラプラス!」

二重の壁を忌々しく見つめながらローザは指示を出す。今度の標的はまだ動きを見せないブラッキーだ。

「“のしかかり”よ!」

通常のラプラスでは在り得ないスピードでそのポケモンは走り、ブラッキー目がけてその巨体を振り落とした。室内が揺れ、確かな手ごたえを彼女もラプラスも感じる。
 しかし、地に落ちたラプラスの体がむくむくと持ち上がっていく。それは潰したはずの、下から。
 巨体の隙間から現れたブラッキーは、恐ろしいほど無傷だった。

「“だましうち”」

ブラックが凛と言い放てば、ブラッキーは鋭い突進をラプラスに食らわせた。のけぞるラプラス、その間から抜け出し再び立ち上がれば、その体からはどす黒いオーラが溢れている。
 “のろい”で足かせを付けた反面、攻撃力と防御力は格段に上がっている。エーフィが相手の攻撃を防いでいる間にブラッキーは自身の能力を上げていたのだ。
 ローザは益々顔を歪ませた。ラプラスは下がり、ラフレシアは困惑した表情を彼女に向けている。しかしそれに気づかないまま、ローザは頭を巡らせている。強化ポケモンの攻撃がこれほどまでに通らないとは、あの二匹も強化されているのか?

「ラフレシアッ!」

彼女は鋭くその名を呼び、顎をしゃくってみせた。その合図にラフレシアは大きく頷き、大きく息を吸い込み始めた。
 ラフレシアの柱頭が光り出す。室内の明かりを吸収しているのだ。

「これでも喰らいなさい!」

通常ならば在り得ないスピードによるエネルギーの装填。しかし強化されているラフレシアには可能だった。

「“ソーラービーム”!」

柱頭から放たれる凄まじいビーム。その異常な発動スピードにエーフィもブラッキーも身構えられなかった。

「エーフィ! ブラッキー!」

ゴールドの呼び声は舞い上がった煙にかき消された。そこから再び見えた二匹は、かなりの傷を負っていた。ひかりのかべは無残に砕け散っている。
 ローザはようやく笑みを取り戻した。

「さあ、おしおきの時間よ」

ラプラスが再び前に出る。そしてその口からは圧縮された水が今にも解き放たれそうだ。よろめくエーフィとブラッキーはその姿に息を飲む。

「狼狽えるな!」

ブッラクの一喝は、その二匹とゴールドを我に返らせた。

「ゴールド! あの技だ!」
「っ!」

はっと顔を上げ、ゴールドはエーフィに向かって叫んだ。

「“トリックルーム”!」
「なっ!?」

その声にローザは驚愕した。次の瞬間、視界が歪みだした。歪んだ空気から、ラフレシアやラプラスの足に足かせのような物を生み出した。いきなり重くなった足に二匹は困惑を隠せない。

「くっ!」

強化され、通常個体よりも素早い事が仇となった。しかしこれは少年たちのポケモンにも同様だ。特にエーフィはかなり素早いポケモンだ。

「これでエーフィも動けないわよ……、自分で足かせを作るなんて、何のつもりかしら?」

それとも血迷ったの? とローザが鼻で笑えば、ゴールドは地団太を踏む。

「ば、馬鹿にするなよ! むきー!」
「その態度が馬鹿だと言うんだ、ばかトレーナー」

言い捨てるブラックに言い返そうとしたゴールドだったが、ぐっと堪えた。そして代わりに不敵な笑みをローザに向ける。

「考えなしにやったと思うか?」

にやりと笑みを深めてやれば、彼女はついに気が付いた。足かせをはめられているエーフィの隣には―。
 唯一軽快に動くブラッキーがいる。

「ブラッキー! ラプラスに“だましうち”だ!」

ラプラスに襲い掛かった黒い影。“のろい”により素早さが下がっているブラッキーは、その歪んだ空間では影のように鮮やかに動ける。再びブラッキーの突進を食らったラプラスは大きくのけぞった。

「ちっ! ラプラス、奴の動きを止めなさい! “れいとうビーム”」

ラプラスは口から一点の冷気を放った。それはブラッキーの軽快な足に直撃し、霜の足かせを走らせた。ブラッキーは鋭い悲鳴を上げて、その場で立ち止る。これでもう早くは動けない。
 しかしブラックの表情は変わらなかった。ブラッキーを見捨てたのではない。寧ろ勝機を見つけた顔だ。

「動きを止めるだと? 馬鹿が、自分の足元を見てみろ!」

彼の言葉にはっとしてローザはラプラスの足を見た。何とラプラスの足元が凍って床に縫い付けられている。まるでブラッキーの足と同じように。

「しまった……! ブラッキーの特性は!」

“シンクロ”。状態異常を相手にうつす特性だ。ブラッキーを氷漬けにしたつもりが、ラプラスまで動けなくなってしまった。

「ラプラスは押さえた。ゴールド!」
「おう!」

ブラックの掛け声にゴールドは弾けるように頷いた。

「エーフィ! ラフレシアに“サイコキネシス”だ!」

凛と一鳴きすればエーフィの体は妖しく光り出した。そして目に見える程強力な念力がラフレシアに襲い掛かる。毒タイプを持つラフレシアがこれを食らえばひとたまりもない。
 しかしローザもエスパー対策をしていない訳ではない。様々な機器が乱雑に置かれたこの空間で、わざわざ待ち構えている理由はこれにある。

「ラフレシア、“なげつける”!」
「なっ!?」

ローザの掛け声と共にラフレシアが近くの機材を投げ始めたのだ。マイクに椅子、果て机にカメラまで。エーフィとゴールドは驚愕しつつ飛んでくる物を避けるしかなかった。

「あ、あぶ、危なぁーい!? うわっと!?」

てんやわんやになるゴールド。すると今度は隣から鋭い声が飛んできた。

「ふざけている場合か! 前を見ろ!」
「へ!?」

ブラックの指摘の直後、黒い何かがエーフィの細身を直撃した。

「エーフィ!?」

ゴールドが駆け寄りエーフィを抱き起せば、「くろいてっきゅう」がその体から剥がれ落ちる。
 悪タイプの技“なげつける”は投げる物によって威力を変えるトリッキーな技だが、それによって「くろいてっきゅう」は凄まじい破壊力を持ってしまう。ローザの狙いは最初からこの鉄球だけだったのだ。機材に混ぜてエーフィに効果抜群の技を当てる寸法だった。
 先ほどの一撃でリフレクターは砕け散り、エーフィの体も弱々しく震え出す。ブラッキーも加勢に行きたいがまだ足の氷は解けない。

「形勢逆転、よ」

ローザは冷たく言い放った。

「あんた達は私を追い詰めた、それは認めるわ。けれど結局この強化ポケモン達、いいえ、ロケット団には勝てないのよ」

ラフレシアはゴールドを、ラプラスはブラックを見下ろす。チョウジタウン、つながりの洞窟。ゴールドとブラックの脳裏にはこの二匹との因縁が浮かび上がった。
 負けてしまうのか、結局改造されたポケモンには勝てないのか。トレーナーは、人とポケモンの絆は負けてしまうのか?

     ***

 否。
 ゴールドとブラックの胸には同じ思いが込み上げていた。
((こんな奴に負けて、たまるかっっ!!))

「ブラッキーッッ!」

ブラックの呼び声に、ブラッキーが凛と顔を上げた。

「エーフィを助けろ!」

一瞬、エーフィとブラッキーの視線が交わる。産まれてからずっと一緒だった二匹にとって、それだけで十分だ。
 ブラッキーが鳴く。夜の体が光り出し、その光は朝の体に向かう。光を受け取った朝のポケモンは凛と一鳴き。
 “てだすけ”の光はエーフィの瞳に再び力を与えた。
 その光にローザは一瞬狼狽えた。そしてラフレシアに指示を出す。

「エ、“エナジーボール”!」

ラフレシアがエネルギーを一点に集める。しかし遅かった。ローザの一瞬の迷いが、ゴールドには十分すぎる程の時間だった。

「“サイコキネシス”!」

まばゆい輝きを纏った念力が、ラフレシアを包み込む。渦のようにラフレシアを飲み込めば、最後の一鳴きさえ上げずに、ラフレシアは倒れていった。

     ***

 大人しいな、ラプラス。とゴールドは静かに呟いた。

「……元々、争いは嫌いなんだろう」

ブラックは手元のボールに視線を落とす。氷漬けだったラプラスをローザの持っていたボールに戻した。ラフレシアが倒れ、ローザが力なく膝を折ったのを見ると、ラプラスは静かに目を閉じたのだ。先ほどまでの威勢が嘘のように、ブラックが差し出したボールに大人しく入っていった。

「何故……、どうして」

まだ体力が残っていたラプラスが自ら降参してしまった事に、ローザはうなだれた。その姿をゴールドが苦々しく見下ろした。

「どんなに強化しても、ポケモンの心までは操れない」

ただ一つ、ポケモンの心を動かす方法があるとすれば、それは。

「一緒に笑って泣いて。楽しい事も辛い事も一緒に乗り越える。そうしておいら達はようやく思う事ができるんだ。友達の為に頑張りたいって、諦めたくないって」

機械でも技術でもない。ポケモンがポケモンたる力を出せるのは、人が人たる心を持って接した時のみ。それをゴールドは知っていた、ずっと昔から。

「でもさ、アンタなら分かると思うよ」

ゴールドはローザに屈託のない笑みを向けた。

「だってそのラフレシア、アンタの事すっげ~信頼してるし」

彼に言われてローザははっとし、ようやく倒れているラフレシアに目を向けた。僅かばかり意識のあるラフレシアは、親トレーナーの視線に、申し訳なさそうに微笑む。
 その笑みに、ローザは静かに呟いた。

「……馬鹿だねぇ、アンタのせいじゃあないよ」

その花弁を撫でてやれば、ラフレシアは穏やかに眠りについた。その様子を見て、ローザは深く息を吐いた。

「私の負けだよ」

その言葉にゴールドは歓喜の声を上げた。
 彼の様子を、ブラックは少し離れた場所で見つめている。「共に居る事で人もポケモンも力を出せる」その言葉をゆっくりと飲み込んだ。共に居ること、共に旅をすること、そんな事で本当にポケモンの力を引き出せるのか?
 ふと、戦いを終えたエーフィとブラッキーが目に入る。二匹はすやすやと眠っている。この二匹が居なければ、ローザには勝てなかっただろう。
(いや、こいつらだけではない。……奴も)
再びゴールドに視線を戻す。飛び跳ねる背中。彼が「負けたくない」とブラックに呼びかけなければ、ブラックはあのまま戦い自体を放棄していたかもしれない。
(奴が居なければ、負けていた……? この俺が?)
皮肉にも、ブラックの心を動かしたのはゴールドだった。
 今までずっと一人で戦っていたのに。
 誰かと一緒に戦う、誰かの為に戦う。その言葉が胸に染み込み、あの「しこり」を溶かしていくようだった。
 
     ***

「アンタが探している子は、まだ返せない」
ローザの瞳には、今だ闘志が燃えていた。諦めてはいなかった。
「あの小娘はグレイが連れている。そして、私たちの野望はまだ終わっちゃいない」
「な、何だって!?」

ローザの言葉にゴールドが仰天した。ブラックも近づき、眉をひそめた。

「グレイはどこだ?」
「この上。最上階よ」

ブラックの問いにローザは答える。彼の頭の中の地図では、最上階には特に何も無いはずだ。
 放送を電波に変えて流す、発生器以外は。

「まさか……!」

ブラックの表情に彼女は不敵に笑って見せた。

「そう。ここの電波発生器を動かす方法は二つある。一つはここで制御する事、もう一つは発生器を直接動かして電波を流す事!」

二人は言葉を失った。そんな彼らを試すようにローザは言い放つ。

「最上階へ行きなさい。ロケット団が勝つか、アンタ達が勝つか。最後の勝負よ!」
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