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第1章

 スリバチ山で捕まえた二人を警察に引き渡し、ゴールドはカラテ大王達と別れた。
 ようやく日の光を浴びられ、ポケモン達もご機嫌だった。しかしゴールドだけは引っかかる事があった。山で捕まえたあの二人の胸元にプリントされていたのは、Rの文字。
(でもあまりにもソレっぽくて、ただのコスプレっぽいんだよなぁ)
嫌な予感はするけれど、とにかく警察に任せてしまえば大丈夫だろう、とゴールドはようやく元気よく歩き出した。


 チョウジタウンはアサギシティやエンジュシティと違って、こじんまりとした静かな町だった。
 いや、静かすぎた。昼間だというのに出歩いている人は異常に少ない。そのくせ点々と立っている店子は。

「そこの坊や。観光かい? それならこのいかり饅頭を買うといいよ。これを食べなきゃチョウジに来た甲斐ってもんがない。普段なら500円のところ、300円にまけてあげよう。ほらほら、買っておいで食べておいで、ほらほらほら」

と、押しつけがましいにも程があった。サングラスをしていて表情の見えないその店子は薄気味悪く、ゴールドはそそくさと逃げていった。
(へ、変な町だな……こんなところにあのカイリュー使いがいるのかな?)
ポケモン達と手分けして例のマントの男を探していると、小さな悲鳴が聞こえた。
 急いで声のした方へ向かうと、ゴールドのピチューが一人の老人に鳴いていた。老人は地面にうずくまり、近くには杖が落ちている。

「だ、大丈夫か!? おじいちゃん!」

駆け寄ると老人は険しい顔でぎこちなく微笑んだ。

「ああ、大したことはないよ。ありがと……」

言い終わる前に老人は右肩を押さえた。怪我をしているようだった。すぐさまゴールドはポケモン達を呼び戻し、皆で老人を自宅まで送り届けた。
 チョウジジムのほど近いところにある彼の自宅に行くと、若いジムトレーナーが驚いた表情で出迎えた。ゴールドは事情を話し、老人を家の中に運び入れた。
 老人の肩の治療にはさほど時間はかからなかった。治療が終わり男性と老人と、ゴールド達はテーブルに座った。

「どうもありがとう。君のおかげで助かった」

老人は穏やかに言う。彼の弟子でお手伝いをしている男性も続けてお礼を言う。

「本当にありがとう、ゴールド君。怪我は深くなかったけれど、先生は足がよろしくなくてね。君が助けてくれてよかった」
「いやあ、当然の事をしたまでですよ~」

照れ笑いを浮かべるゴールドだったが、すぐさま顔を引き締めた。

「おじいちゃん、何で怪我を負ったんだ? 誰かにやられたの?」

その質問に弟子は顔を曇らせ、ちらりと老人に視線を送る。しかし老人はその心配を振り払うように微笑んでみせた。

「これは今朝湖に行った時に負った傷だ」
「湖?」
「いかりの湖。町の北にある大きな湖さ」

弟子が答えた。老人もそれに頷く。

「そこを散歩するのが私の日課だ。だがその時に、そうだな、少し転んでしまってね。この足だ、よくある事だよ」

何となく、彼も弟子も含みのある笑みを浮かべていた。しかしゴールドはそれに気づく事なく、代わりにある事を思い出した。

「あー! そういえばあの人もナントカって湖に行くらしいって」
「いかりの湖ね。人を探しているのかい? ゴールド君」
「うん! おいら、急がなきゃいけないんだ!」
ふいに立ち上がった少年に、老人は顔を曇らせる。

「まさか、いかりの湖に行くのか?」
「ああ!」
「止めておきなさい」

凛と老人は言い放った。先ほどまでの穏やかな声からは想像できないほど、冷たく力強い声で、ゴールドは思わず固まった。
 老人は続ける。

「今、あの湖は危険だ。例え君が実力のあるトレーナーといえど、今だけはあそこへ行く事は止めなさい」

危険って、とゴールドは力なく呟く。厳しい表情の老人に対して、弟子は優しく彼を諭す。

「あの湖には今、とても凶暴なポケモンが居るんだ。あそこへ行くのは少し待った方がいい」

ゴールドは思わず俯いた。その様子を見て二人も残念そうにするが、仕方なしに息を吐いた。

「ゴールド、探し人が居るなら私たちも協力しよう。だからここに留まって……」
「行くよ」
「な」

老人も、弟子も、丸い目で俯く少年を見た。次の瞬間ゴールドは元気よく顔を上げた。

「ポケモンの事で困っているなら、尚更おいら達が行かなきゃ! どこの誰であろうと、人とポケモンが仲良くできないのは見てられないよ!」

な、と彼がポケモン達に問えば、彼らも力強く応えた。
 ポカン、と二人は口を開けた。そんな二人にゴールド達は別れを告げ、足早に家を出た。その時になってようやく弟子は我に返り。

「あ! ま、待って……」
「行かせてあげなさい」
「し、しかし……」

心配そうにする弟子に対して、老人はゆったりと笑みを浮かべていた。

「……見ず知らずの人とポケモンの為に行動する、危険を顧みずに。トレーナーの鏡ではないか」
「それは、そう、かもしれませんが」
「ああいう若者は止めるものではない。成長を妨げてはならないのだよ」
「はあ……しかしヤナギ先生、大丈夫でしょうか?」
「それこそお節介というものだ」

チョウジジムリーダー・ヤナギは力強くそう言った。

          ***

 軽快な音、ヒールで歩く音だ。入り組んだアジトをきびきびと歩き抜けるのは、妙齢の女性だ。朱色の髪を揺らしながら、彼女は機械仕掛けのドアの前に立つ。慣れた手つきでパスワードを打ち、ドアは開かれた。
 上品なカーペットと重厚な機械がミスマッチする部屋には、パソコンに向き合っている老人が居た。老人は女性の姿に気づき。

「ご機嫌斜めだな、ローザ」

と声をかける。ローザと呼ばれた女性は鼻を鳴らし、忌々しそうに髪を掻き上げた。

「全くよ。あの下っ端たちを回収できなかった挙句、警察に渡してしまったわ」
「なあに、大した痛手ではないじゃろう。それに奴らはアンタの部下じゃない」
「グレイのよ。昔っからアイツは教育が下手なんだから」
「こことスリバチ山を移動するだけなのに、その途中でスリを働くようじゃあ、天下のロケット団も堕ちたもの、という事か」

部下の質の低下は事実であった。三年前あのカリスマ的ボスが消えてから、残された幹部たちは奮闘したものの、あのカリスマ性には敵わなかった。
 その証拠に完璧な統率力を誇っていたロケット団は今や二つの派閥に別れてしまった。グレイ、ローザ、そしてこの老人インディゴ率いるジョウト派閥と、ボスが最も信頼していた右腕アポロ率いるカントー派閥。同じ組織でありながら、今やその連携は皆無に近い。
 ローザは思わずため息を吐いた。かつて共に一つの夢に向かっていた頃が懐かしい。カントー派閥に所属する親友のアテナを思い出し、ローザはノスタルジアを感じざるおえない。

「まあそう気を落とすな」

今も共に働いている数少ない同僚インディゴは、彼女に穏やかに言う。

「奴らを回収しきれんかったのは、彼を紹介したわしの責任じゃ」

老人の言う「彼」とは、白髪の大柄な男のことだ。人手不足を補うためにグレイ達は外部組織から何名か傭兵めいたトレーナーを雇っている。彼もその一人だった。

「別にあんたを責めている訳ではないわよ、博士」

苦笑するローザにインディゴも笑って返した。

「さっさとここを片づけをしてしまおう。もうグレイの方は準備が出来ておるのじゃろう?」
「ええ、後は私たちが引き上げるだけよ」

ふと、老人が尋ねる。

「アイツはどうするんじゃ?」
「ああ、湖の? いいのよ、放っておいて」

ローザはひらひらと手を振る。

「特別個体値が高い訳でもないし、あんな性格じゃあ買い手も見つからないし」

さてと、とローザもインディゴと同じように荷物を片づけ始めた。
 部屋の外で一人、白髪の男が二人の話を聞き、眉を潜めていた。耳に届く訳はないのに、遠くの方から、ポケモンの切なげな叫びが聞こえてくるようだった。
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