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第1章

 エンジュシティとチョウジタウンを繋ぐ42番道路は湿地で、深い湖が点々とある。そこを泳いで渡るか、道路を覆うようにそびえ立つスリバチ山上をロープウェイで通るしか無い。しかし昨日の地震の影響で、ロープウェイは物資を運ぶ為、一般には運航中止となっていた。
 ゴールド達に残された最後の手段はスリバチ山中を抜ける事だけだが……。

「いってー!」

ゴールドが壁にぶつかったのはそれで三度目だった。スリバチ山は地方有数の広大な山で、中はほとんど光が届かない。
 最初は手持ちのペンライトを用いて進んでいたゴールドだったが、至る所に体をぶつけ、見かねたピカチュウ、エレキッド、そしてピチューは弱い電気を纏った。

「おお! これで明るいや。いでで……」

三匹を先頭に一行は進む。
 そんな時だった。

「ひえっ!?」

暗闇の中からうめき声が聞こえてきた。うー、うー、と低く唸っている。その声は存外近く、そして段々こちらに向かってくるようだった。

「い、いや、ま、まさかな。そんなまさか」

ゴールドの頭に浮かんだ三文字。
 おばけ。
 怖がりのクリスが居た手前、あまり態度には出さなかったが、ゴールドにとっても怖いものは何をしたって怖い。

「へ、へへーん。どうせズバットとかゴルバットとか、そういうオチだろ~。おいら知ってるもんね」

そのうめき声と共に、何かが這いずっている音が聞こえる。

「えっと、ラッタか、な……」

もう一つ、新たな音が聞こえてきた。それは。

「ダ、ダスケテグレ~!」

ピカチュウたちの明かりに照らされた物、それは痩せこけた毛むくじゃらの男だった。

「ぎゃあああああああ!?」

ゴールドは文字通り泡を吹いてその場に倒れてしまった。


「いやあスマンスマン。明かりが見えた物だから、ついうっかり飛びかかってしまってな」

男はボサボサの頭を掻きむしり、豪快に笑った。対するゴールドは訝しげに男に尋ねる。

「おっちゃん……こんなところで何やってるの?」

ゴールドは辺りを見回した。たき火のおかげで見えるそこには岩と川と男のテントしかない。サワムラーとエビワラーと共に暮らしているという男は、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりだった。

「吾輩の名前はカラテ大王! この山でポケモン達と共に格闘の道を極めているのだ!」
「カラテ大魔王?」
「だ、い、お、う! 吾輩は正義の大王だ! かくとうポケモンの源である正義の心を極める正義の味方だ!」

彼の力説に、ゴールドはタンバシティの師匠の言葉を思い出す。
(なんか、シジマのおっちゃんと似た人だな)
そう思うと邪険にはできないゴールドは、どんな修行をしているのかとカラテ大王に尋ねた。
 カラテ大王曰く、この広く暗いスリバチ山はかくとうポケモンの修行に最適なのだとか。

「かくとうポケモンの戦い方は真っ向勝負。己の感覚が武器である。それ故にエスパーやゴーストのように五感では捉えられないポケモンには弱い。吾輩たちはそれを克服するため、この暗闇の中で感覚を研ぎ澄ませる修行をしているのだ」
「目に頼らないで戦うってことかぁ。おいらとバルキーも似たようなバトルをした事あるよな」

隣に座るバルキーの肩を叩いた。

「おお! 少年はなかなか筋が良いようだな」

仲良さげなゴールドとバルキーの姿を見て大王は微笑み、そしてある提案をした。

「少年! どうだろう、ここで吾輩たちと共に修行をしてみないか? 少年とそのバルキーならすぐに成果を上げられるだろう」
「あー……、それは嬉しいんだけど。おいら達、先を急がなくちゃいけないんだ。友達が待ってるんだ」
「ううむ……、それは仕方ない。残念だ」

ごめんな、とゴールドは立ち上がった。しかし、次の瞬間、彼は大王によって押し倒されていた。

「な、何だよ!?」
「静かに」

もがくゴールドの口を塞ぐ。いつの間にかサワムラーがたき火を消している。完全な暗闇、水音と彼らの息だけが聞こえる。
 いや、それだけでは無かった。

「……で、そういうわけだから」
「移動しなきゃいけないのか……」

二人の男の話し声。静かな山中だからか、よくよく聞こえてくるが、距離は遠いだろう。ゴールドとポケモン達は大王のただならぬ雰囲気に、その場に固まっているしかなかった。


 大王は再び火をつけた。謎の男たちは声が聞こえない程離れていった。エビワラーに渡されたお茶をすすりながら、ゴールドは大王の話に耳を傾ける。

「ここ最近この山に現れるようになった連中だろう。ここはロープウェイのおかげで人の通りは殆ど無い。頻繁に訪れる者など吾輩たちくらいだった。しかし最近よく来るようになったあの連中には、吾輩もほとほと困っている」
「一体どうしたんだよ」
「奴らは吾輩たちの持ち物を盗むようになったのだ。酷い時はボールに入ったサワムラーとエビワラーを持ち去ろうともした」
「何だそれ! 泥棒!?」
「うーむ分からん。何せこの暗闇だ。テントの周辺を照らすだけで精一杯だ」

大王曰くここを離れるか否かで悩んでいるらしい。これ以上の被害は出したくはないが、ここを離れてしまえば不届きな連中も野放しにして他の通行人に被害を出してしまうかもしれない。

「そうか、おっちゃんはこの山も守っているのかぁ」
「通行人が少ないとはいえ、ここを訪れるのは善良な市民ばかりだ。この暗闇の中、彼らを守るのも我々正義の格闘家の務めだ」
「となると……」

ゴールドはある考えが浮かび、にやりと笑う。

「あいつらを取っちめるのが一番だな!」
「ぬ!?」

大王とポケモン達は思わずゴールドの顔を覗き込んだ。

「な、何を言っているのだ!? どんな危ない奴らかも分からないのだぞ!? それに君は先を急いでいるのでは……?」
「てやんでぃ! ここで逃げちゃあ『炎の格闘家』の名が廃るってもんだい!」

ゴールドはかつて付けられた異名を胸に、意気揚々と立ち上がった。自分のポケモン達を見れば、彼らも既にやる気に満ちている。

「よーし! 泥棒を捕まえてやるぞ!」


 大王の背中は、たき火の光で揺らめいている。彼は胡坐をかき、うつらうつらとしている。
 その背後からゆっくりと近づく二つの影。彼らはうたた寝をしている大王を、「カモだ」と言わんばかりに笑みを浮かべている。抜き足差し足で近づき、そして……。

「かかったなあ!」

二人の男の内、一人が暗闇に吹き飛んだ。いつの間にか現れたバルキーはもう一人の腹にもみねうちを叩き込む。よろめいた彼に、駄目押しにと大王の懐からピカチュウが飛び出し、電磁波を食らわせた。
 ゴールドの作戦はこうだった。いつもたき火を目印に大王の元へやってくる連中を逆手に取り、大王には囮になってもらう。奴らが近づいたところを、待機していたバルキーが「こころのめ」で相手の動きを読み取り、攻撃を当てる。仕留めきれない場合は大王の懐に隠れたピカチュウが電撃を食らわせる、というものだった。
 気絶した二人の男をテントの所まで連れ、ロープで締め上げる。

「ん?」

その時ゴールドはふと、締め上げている男の服を見る。黒ずくめ、その胸元にプリントされているのは……。
 音がした。
 ゴールド達は振り返る。暗闇の中から聞こえたそれは、咳き込む音、誰かが近くに居る証拠だ。

「もしや、仲間か?」
「かもしれない。おいら、行ってくるよ!」
「あっ! 待て危ないぞ!」

大王の制止も聞かず、ゴールドは音の聞こえた方角へ走り出してしまった。
 しかしすぐに彼は後悔した。手持ちのライトも無ければポケモンも連れてきていない。これでは例え連中の仲間を見つけても勝算はゼロだ。ゴールドはすぐさま振り返った。幸いすぐ向こうにたき火の明かりが見える。引き返そう。
 そう思い、足を踏み出した矢先だ。

「っ!?」

背後から口を塞がれ、前に押し倒された。片腕は後ろにひねられ、痛みで身じろぎすら出来ない。
 ゴールドを上から押さえつける人物は、やれやれ、とため息を吐いた。

「チンピラ連中を迎えに来たらコレか」

男の、ややしわがれた声だった。ゴールドは声を出そうにも上から喉元を押さえつけられ、息が吐く音しか出せない。

「お前さん、悪い事は言わない。あの馬鹿どもの縄をほどけ。後はこっちで回収する。お前さんらは何も見なかったし、これからは何も起きない」
「だ、誰が……そんなこと……」

と言いたくでもかすれ声しか出なかった。しかし男はゴールドの気持ちを感じ取ったのか、押し付ける力を強めた。

「あんな連中でも、知られてはならない情報を握っている。悪いな」

男は緩やかに力を強める。ゴールドの意識は既に白濁としていた。
 その時。

「っ」

ゴールドの体はふいに軽くなった。男はふいに飛び去ったのだ。咳き込むゴールドに駆け寄るのはバルキーだった。バルキーはゴールドを心配して暗闇の中を追いかけ、男に一撃を放ったのだ。

「あ、ありがとうバルキー……! よおし!」

再度意気込み、ゴールドとバルキーは男に向き直る。と言っても暗闇で男の体の輪郭が僅かに視認できる程度だったが。
 それでも二人はやるだけだ。

「バルキー! かわらわり!」

男に手刀を振り落とすバルキー。しかしなんと男はそれを生身で受け流し、代わりにバルキーの腹に蹴りを入れた。バルキーは何とか体制は崩さず、ゴールドは驚きのあまり声が出せなかった。
(ポケモンと、生身で戦う……て、そんなのアリ!?)
男は何てことないように。

「いい育て方をしている」

と言う。そしてよろめくバルキーの腹にもう一度蹴りを入れた

「バルキー!」

今度こそ倒れたバルキー。駆け寄るゴールド。震えるバルキーを見て、ゴールドは思わず頭が真っ白になった。今までに経験した事のない敵に、普段はよく回る頭は停止した。
 どうする、どうする、どうする。
(どうする!)
すっ。ゴールドの手を握る、それはバルキーだった。満身創痍のバルキーの目は、それでも強い光を宿したまま。
 その光を受け、ゴールドは拳を握り直した。

「負けて、たまるかぁ!」

ゴールドの叫びに応えて、バルキーの体が光り出す。
 まばゆい光が暗闇を照らす。進化の光に照らされ、ゴールドは、男は、目が合った。白髪の大柄な男は、僅かばかりに驚きの色を見せるだけだった。


 光の中から現れた姿に、ゴールドはしばらく声が出なかった。しかし、再びその強い瞳を向けられ、ゴールドはにやりと笑った。

「いくぜカポエラー! トリプルキックだぁ!」

バルキーから進化したカポエラーは、男に向かって三度の蹴りを食らわせる。一撃の蹴りは受け流せても、四方八方から同時に襲い掛かる攻撃に、男は二撃目を受け止め、三度目は脇腹に食らった。
 男はついによろめいた。対してゴールドは腹の底から叫ぶ。

「さあ! 神妙にお縄につけぇ!」

カポエラーがにじり寄った。ゴールドも男にじわりじわりと近づく。
 しかし。

「良い腕だ」

称賛の一言の後、男は腰からボールを投げた。

「あやしいひかり」

現れたゲンガーはカポエラーとゴールドの方向感覚を失わせた。

「まっ、まて!」

倒れ込む直前ゴールドは手を伸ばしたが、そのまま男とゲンガーは闇の中へ消えてしまった。


 テントに戻り、カラテ大王に仲間の一人を取り逃してしまった事を報告した。しかし大王やポケモン達はゴールドの無事に胸をなでおろすだけだった。

「しかし極限状態での進化か。やはり君は筋がいいなぁ!」

大王はカポエラーの頭を豪快に撫でる。ゴールドも我が事のように照れ笑いをした。

「う、うう……」

そんな中、縛られている一人が唸り、身じろぎをした。するとその胸ポケットから何かが落ちた。
 メモ帳のようだった。

「あとはこいつらを警察に突き出すだけだなぁ」

ゴールドが二人の様子を確認すると、地面に落ちたソレに気付いた。拾い上げてみると、何やら言葉が書かれてあった。

『パスワード! 仲間じゃない奴は絶対、ぜぇーったい見るな!』
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