第1章
ミカンやアカリちゃんに別れを告げて一行は、モーモー牧場を通り、38番道路を抜け、無事に歴史の街に足を踏み入れた。
「結構近かったな、エンジュシティ」
「前はあの霧の遺跡やリングマに苦労させられたからね」
珍しいダグトリオをきっかけに出会ったゴールドとクリス。その後霧の遺跡を抜け、スイクンと邂逅、凶暴なリングマに追われつつピチューが孵化したのだった。すっかり昔の事のように、二人は感慨深く息を吐く。
歴史の街エンジュシティはすっかり秋の色に染まり、紅葉が風に吹かれる様子は幻想的ですらあった。
「あ! あれは……」
ゴールドが指をさした先に居たのは、あの青年だった。
「ミナキさん!」
「おや、ゴールドにクリス」
三人は早い再会に喜び、ゴールドは早速胸元の輝くバッジを見せた。
「へへーん! 6つ目のバッジだぜ!」
「やったじゃないかおめでとう! ……ふむ」
「ミナキさん?」
「あ、いや」
覗き込むゴールドに、ミナキは慌てて笑みを浮かべた。
(マサキさんが言っていた事、案外実現可能なのかもしれないな)
さすが伝説のポケモンに認められただけはある、とミナキは感心半分、嫉妬半分にゴールドを見た。
「ところでミナキさんはどうしてエンジュシティに?」
と、クリスが問う。彼は自分たちよりも早くアサギシティを出たはずだ。
「ピカチュウの事について調べておきたい事があってね。伝説のポケモンと言えば、この街さ」
「そっか、前にポケモンサミットであいつらに会ったからなぁ」
ゴールドの脳裏に浮かぶ神々しい三匹のポケモン。しかしミナキが言うソレは違っていた。
「いや、この街には伝説のポケモンに詳しい人が居るんだ。私の友人、マツバのようにね」
君たちも会うかい? ミナキはウインクを投げた。
「あれまあ、今日は可愛らしい子たちと一緒なんやねえ、ミナキはん。ほほほ」
美しい舞が披露されている修練場、その上座に優雅に座り、コロコロと笑う美女。思わず緊張が体を走るゴールドとクリス、対してミナキは慣れた風だった。
「こんにちは、サツキさん。こちらはゴールドとクリス、昨日お話しましたピカチュウと共に旅をしています」
「あらあら、サミットの事件とバンギラスの事件を解決したゆう、あの子ら?」
優雅な笑みを向けられ、ゴールドとクリスは照れ笑いを浮かべた。
「あてはサツキ言います。ご覧のとおり、舞子やらせてもろてます。どうぞよしなに」
「ゴールドです! ヨシナニー」
「クリスと言います。よろしくお願いします」
サツキはたおやかに、ゴールドとクリスはぎこちなくも、お互いに頭を下げた。
舞子とはこのエンジュシティに伝わる伝統的な職業で、その優美な伝統舞踊は日本だけでなく世界でも有名である。ミナキ曰く、歴史の深いこの街には伝説を語り継ぐ「語り部」という役割は、エンジュジムリーダーや舞子に代々任されているらしい。
「だからマツバは伝説のポケモンに詳しいのかぁ」
「彼は語り部でもあり、その道の研究者でもあるからね」
「ほんに、あの人はこの街の事をよお考えてくれはって。頭が下がる思いやわぁ」
ところで、とミナキは微笑むサツキに切り出した。
「今日は昨日に引き続き、例のポケモンについて我々にお話ししていただきたい」
はて、とサツキは昨日の事を思い出し。
「ああ、時を渡るポケモンの事やねぇ」
時を! 渡る! ポケモン!
クリスは叫んだ。目を見開き、鼻息は荒い。隣に座っていたゴールドは思わず耳を塞いでいた。
「な、なんだよ~、いきなり大きな声出して」
「これが驚かずにいられる!? 時を渡るポケモンよ!?」
クリス曰く、彼女がポケモン冒険家を志したきっかけが、この時を渡るポケモンだったのだ。幼い日にこのポケモンの話を聞いた時、生まれて初めて胸が躍り、興奮で夜も眠れなかったそうな。時渡りの謎を解明するのが彼女の夢らしい。
クリスは思わず身を乗り出した。
「教えてくださいサツキさん! その時渡りのポケモンについて!」
話を切り出したはずのミナキはその勢いに押され、サツキは相変わらず淑やかに微笑んでいる。
「ええよお、熱心な子は好きやわ」
そこまで言って、その顔は凛と引き締まった。語り部たる顔つきだった。
「この街に伝わっている伝説の一つに、時を渡るポケモン『セレビィ』というものがあります。セレビィは特殊な力を用いて過去、未来を自由に行き来することができる、と言われております。今までミナキはんから伺うた、キキョウシティでのタイムトンネル現象。それはセレビィの時渡りと似たもんがあると思うとります」
「ピカチュウが、時渡りでやってきたってことか……?」
「まだ断定はできないが、受信者側に設備が整っていない状態でのタイムトラベル、それを成功させうる唯一の方法がこの時渡りではないかと考えている。そこで今日はサツキさんに、過去の時渡りについて教えて頂こうと」
「へぇ、時渡りの事例ですね。一番最近のもんは、半年前になります」
「それ、私も聞いた事がある……。確かウバメの森で」
「よう知ってはるね、クリスはん。半年前、ウバメの森でセレビィとタイムトンネルの出現が確認されました。セレビィはその後すぐに消え、代わりにあるもんが残されておりました」
「その、ある物というのは……?」
ミナキが尋ね、サツキは目を伏せた。そして再び顔を上げて言う。
「二つのポケモンの卵どす」
それは半年前の事、うっそうとしたウバメの森。神々しい光を放つセレビィは、揺れ動く空間から突如現れた。そして祠の周辺を少し回ると、どこかへと飛び去ってしまった。
たまたまウバメの祠の掃除にやってきていたその者たちは、祠の真下、柔らかな草の上に置いてあったそれに気が付いた。
それは、二つのポケモンの卵。
空間の揺れからセレビィはそれら二つを持って現れ、大切そうに草の上に置き、消えたのだ。
残された二つの卵を見つけ、その場に居たポケモンじいさんと、舞子のコモモはお互いに顔を見合わせるしかなかった―……。
「ええええ!? じゃあ、もしかしてポケモンじいさんが持っていた卵って……」
ゴールドと、ミナキと、そしてクリスは、離れたところでヒノアラシ達と遊んでいるトゲピーを見た。サツキは力強く頷く。
「時を渡ってきた卵の孵化した姿が、あのトゲピーやね」
三人はあまりの事に唖然、茫然とするしかなかった。
サツキは続ける。
「二つの卵を保護したポケモンじいさんと、あてら舞子は、この事を決して公表しやへんかった。どんな輩に卵が狙われるか分かったもんとちゃいますから。そしてお互いに一つずつ預かり、別々のルートでポケモン専門家のウツギ博士に調査を依頼しようってことになりました」
「ポケモンじいさんからウツギ博士に渡った卵が、あのトゲピーで……。わ、私、とんでもない子を引き取っちゃった」
今更凄まじい緊張感にさいなまれたクリスに、サツキは柔らかく微笑みかけた。
「あのトゲピー見たら分かります。クリスはんがどれだけあの子を大切にしているか。それさえ分かればあてらは満足どす。自信を持ってや」
せやけど、とその顔は初めて曇った。
「もう一つの卵は……」
三人は固まった。サツキは重々しく口を開く。
「あてらが預かっていたもう一つの卵は、盗まれてしもうたんどす」
「ぬっ……! 盗まれた!?」
ゴールドの驚きに、彼女は悔し気に頷いた。
「ほんに、申し訳のない話や。あてらが居ながら目の前で盗まれてしまうなんて」
「め、目の前? 一体誰がそんな事をしたのですか?」
「まさか……ロケット団!?」
詰め寄るミナキとゴールドだが、サツキは首を傾げるばかりだ。
「さあ。真っ暗闇での襲撃やったさかい、どんな背格好やったかもわからへん。そこいらのチンピラなんかに、あてらは倒されませんのになぁ」
次の瞬間、店内で大きな物音がした。客席に転がる中年の男、舞台にはゆらりと見下ろす舞子とサンダースが居る。
「お客さん、ここを『きゃばくら』か何かと勘違いしてはりますか? そのけったいな足でもういっぺん店の敷居を跨いでみ。消し炭にしたるさかいに」
よろしゅうな、と冷笑を向けられ、男は泣き叫びながら帰っていった。
「ゆうときますけど、あのサクラはまだ優しい方やから」
冷や汗をかいている三人に、サツキはにっこりと微笑んだ。
「語り部は大事な役目やさかい、この店の防犯も兼ねて、舞子は皆トレーナーとして鍛えとります」
「マツバのお墨付きなのでしょうね……、綺麗な花には何とやら」
「た、確かにこれならアイツらは勝てねえや」
「そうやろぉ。せやから滅多なことで出し抜かれへんと思とったんやけど。油断大敵やわ」
サツキは警察にも届け出ていると続けた。
「まだ何も手がかりがありまへんの。困ったわぁ」
ゴールド達もそれを聞いて俯いた。ポケモンを愛するトレーナーにとってとても辛い事実だった。しばらくの沈黙の後、気持ちを整理したのか、サツキは本題に戻った。
「これが時渡りの最近の事例どす。どうぞ役立てておくれやす」
「感謝します、サツキさん」
頭を下げるミナキ、そしてピカチュウと時渡りの関係性を考えた。
「もしピカチュウが時渡りに似た手法でやってきたのなら、セレビィの事を調べればピカチュウが過去にやってきた理由が分かるかもしれないな」
「セレビィとゆうたら、ウバメの森やね。それから、そう、アルフ遺跡」
「アルフ遺跡?」
クリスは首を傾げた。あそことセレビィに一体何の繋がりがあるのか。
「半年前から今まで、何度かセレビィが姿を現したのがアルフ遺跡なんよ。何の因果が分からへんけどなぁ」
ウバメの森にアルフ遺跡かあ、とゴールドはポケギアを開いた。
「おいら達はコガネシティを目指しているから……、うーん遠回りになるな」
「コガネシティでマサキさんにピカチュウを預けて、私たちはウバメの森、アルフ遺跡の順番で回って、またコガネシティに戻ってきたらどう?」
クリスも一緒にポケギアを覗き込んだ。その鼻息は心なしか荒い。
「……クリス、絶対セレビィを追うつもりだろ」
「あっったりまえじゃない! ここで逃げたら冒険家が廃るわ!」
「へいへい……」
今後の方針が決定すると、向こうで遊んでいたピチューがこちらにやってきた。ピチューはゴールドにすり寄る。
「まあ可愛らしい」
思わずサツキの顔もほころんだ。我が事のようにゴールドは照れ笑い、その頭を撫でてやった。
「そういえば……こいつも変わった卵とか言われていたんだよなぁ。すっかりウツギ博士に渡すの忘れていて、孵化しちゃったけど……」
「あら奇遇やねえ、あてらが預かっていたもう一つの卵もピチューの卵やったんよ」
ゴールドは不思議そうに、サツキは慈しむようにピチューを見ている。
そしてぽつりとぽつりと話し始めた。
「あてらもポケモンじいさんも、あの二匹には幸せになって欲しいと思っているんよ。セレビィは思惑があるんやろうけど、卵のまま自分たちの居た時代からやってきて、家族とも離れ離れで、かあいそうやんなぁ。それにあの二匹、まるで運命の双子みたいや」
「運命の双子って、何ですか?」
「文化人類学で言われている考え方だよ」
首を傾げるクリスにミナキは説明してあげた。
「人類の歴史上、双子という存在は特別視されているんだ。イッシュ地方を建国した双子の王然り。それらの偉人を、文化人類学では『運命の双子』と呼んでいるんだ。全員ではないけれどね」
「あてはその話が好きなんよ、ろまんてぃっく、やろ?」
ふふふ、と彼女は笑い。
「せやからな、あの卵を見た時、思うたんよ。この二匹にはきっと素敵な運命が待っているんやって。あてらが守ってやらなあかんって」
***
サツキに感謝し、修練場を後にした三人は、それぞれの今後を伝えた。
「私はもう少しここに留まり、セレビィの過去の時渡りについて調べよう」
「おいら達はコガネシティへ」
「そしてウバメの森! アルフ遺跡よ!」
「……へいへい」
意気揚々とするクリスと若干押され気味なゴールド、ミナキも苦笑いをした。そして三人は手を取りあう。
必ずピカチュウの謎を解き明かそう、その共通の目的が三人の目には宿っていた。
……―その数時間後、36、37番道路を震源とする大きな地震が発生。乾燥地帯を切り開いたその地域は大きな揺れに弱く、崩れた岩壁は三つの街を繋ぐ三叉路に降り注いだのだった。
「結構近かったな、エンジュシティ」
「前はあの霧の遺跡やリングマに苦労させられたからね」
珍しいダグトリオをきっかけに出会ったゴールドとクリス。その後霧の遺跡を抜け、スイクンと邂逅、凶暴なリングマに追われつつピチューが孵化したのだった。すっかり昔の事のように、二人は感慨深く息を吐く。
歴史の街エンジュシティはすっかり秋の色に染まり、紅葉が風に吹かれる様子は幻想的ですらあった。
「あ! あれは……」
ゴールドが指をさした先に居たのは、あの青年だった。
「ミナキさん!」
「おや、ゴールドにクリス」
三人は早い再会に喜び、ゴールドは早速胸元の輝くバッジを見せた。
「へへーん! 6つ目のバッジだぜ!」
「やったじゃないかおめでとう! ……ふむ」
「ミナキさん?」
「あ、いや」
覗き込むゴールドに、ミナキは慌てて笑みを浮かべた。
(マサキさんが言っていた事、案外実現可能なのかもしれないな)
さすが伝説のポケモンに認められただけはある、とミナキは感心半分、嫉妬半分にゴールドを見た。
「ところでミナキさんはどうしてエンジュシティに?」
と、クリスが問う。彼は自分たちよりも早くアサギシティを出たはずだ。
「ピカチュウの事について調べておきたい事があってね。伝説のポケモンと言えば、この街さ」
「そっか、前にポケモンサミットであいつらに会ったからなぁ」
ゴールドの脳裏に浮かぶ神々しい三匹のポケモン。しかしミナキが言うソレは違っていた。
「いや、この街には伝説のポケモンに詳しい人が居るんだ。私の友人、マツバのようにね」
君たちも会うかい? ミナキはウインクを投げた。
「あれまあ、今日は可愛らしい子たちと一緒なんやねえ、ミナキはん。ほほほ」
美しい舞が披露されている修練場、その上座に優雅に座り、コロコロと笑う美女。思わず緊張が体を走るゴールドとクリス、対してミナキは慣れた風だった。
「こんにちは、サツキさん。こちらはゴールドとクリス、昨日お話しましたピカチュウと共に旅をしています」
「あらあら、サミットの事件とバンギラスの事件を解決したゆう、あの子ら?」
優雅な笑みを向けられ、ゴールドとクリスは照れ笑いを浮かべた。
「あてはサツキ言います。ご覧のとおり、舞子やらせてもろてます。どうぞよしなに」
「ゴールドです! ヨシナニー」
「クリスと言います。よろしくお願いします」
サツキはたおやかに、ゴールドとクリスはぎこちなくも、お互いに頭を下げた。
舞子とはこのエンジュシティに伝わる伝統的な職業で、その優美な伝統舞踊は日本だけでなく世界でも有名である。ミナキ曰く、歴史の深いこの街には伝説を語り継ぐ「語り部」という役割は、エンジュジムリーダーや舞子に代々任されているらしい。
「だからマツバは伝説のポケモンに詳しいのかぁ」
「彼は語り部でもあり、その道の研究者でもあるからね」
「ほんに、あの人はこの街の事をよお考えてくれはって。頭が下がる思いやわぁ」
ところで、とミナキは微笑むサツキに切り出した。
「今日は昨日に引き続き、例のポケモンについて我々にお話ししていただきたい」
はて、とサツキは昨日の事を思い出し。
「ああ、時を渡るポケモンの事やねぇ」
時を! 渡る! ポケモン!
クリスは叫んだ。目を見開き、鼻息は荒い。隣に座っていたゴールドは思わず耳を塞いでいた。
「な、なんだよ~、いきなり大きな声出して」
「これが驚かずにいられる!? 時を渡るポケモンよ!?」
クリス曰く、彼女がポケモン冒険家を志したきっかけが、この時を渡るポケモンだったのだ。幼い日にこのポケモンの話を聞いた時、生まれて初めて胸が躍り、興奮で夜も眠れなかったそうな。時渡りの謎を解明するのが彼女の夢らしい。
クリスは思わず身を乗り出した。
「教えてくださいサツキさん! その時渡りのポケモンについて!」
話を切り出したはずのミナキはその勢いに押され、サツキは相変わらず淑やかに微笑んでいる。
「ええよお、熱心な子は好きやわ」
そこまで言って、その顔は凛と引き締まった。語り部たる顔つきだった。
「この街に伝わっている伝説の一つに、時を渡るポケモン『セレビィ』というものがあります。セレビィは特殊な力を用いて過去、未来を自由に行き来することができる、と言われております。今までミナキはんから伺うた、キキョウシティでのタイムトンネル現象。それはセレビィの時渡りと似たもんがあると思うとります」
「ピカチュウが、時渡りでやってきたってことか……?」
「まだ断定はできないが、受信者側に設備が整っていない状態でのタイムトラベル、それを成功させうる唯一の方法がこの時渡りではないかと考えている。そこで今日はサツキさんに、過去の時渡りについて教えて頂こうと」
「へぇ、時渡りの事例ですね。一番最近のもんは、半年前になります」
「それ、私も聞いた事がある……。確かウバメの森で」
「よう知ってはるね、クリスはん。半年前、ウバメの森でセレビィとタイムトンネルの出現が確認されました。セレビィはその後すぐに消え、代わりにあるもんが残されておりました」
「その、ある物というのは……?」
ミナキが尋ね、サツキは目を伏せた。そして再び顔を上げて言う。
「二つのポケモンの卵どす」
それは半年前の事、うっそうとしたウバメの森。神々しい光を放つセレビィは、揺れ動く空間から突如現れた。そして祠の周辺を少し回ると、どこかへと飛び去ってしまった。
たまたまウバメの祠の掃除にやってきていたその者たちは、祠の真下、柔らかな草の上に置いてあったそれに気が付いた。
それは、二つのポケモンの卵。
空間の揺れからセレビィはそれら二つを持って現れ、大切そうに草の上に置き、消えたのだ。
残された二つの卵を見つけ、その場に居たポケモンじいさんと、舞子のコモモはお互いに顔を見合わせるしかなかった―……。
「ええええ!? じゃあ、もしかしてポケモンじいさんが持っていた卵って……」
ゴールドと、ミナキと、そしてクリスは、離れたところでヒノアラシ達と遊んでいるトゲピーを見た。サツキは力強く頷く。
「時を渡ってきた卵の孵化した姿が、あのトゲピーやね」
三人はあまりの事に唖然、茫然とするしかなかった。
サツキは続ける。
「二つの卵を保護したポケモンじいさんと、あてら舞子は、この事を決して公表しやへんかった。どんな輩に卵が狙われるか分かったもんとちゃいますから。そしてお互いに一つずつ預かり、別々のルートでポケモン専門家のウツギ博士に調査を依頼しようってことになりました」
「ポケモンじいさんからウツギ博士に渡った卵が、あのトゲピーで……。わ、私、とんでもない子を引き取っちゃった」
今更凄まじい緊張感にさいなまれたクリスに、サツキは柔らかく微笑みかけた。
「あのトゲピー見たら分かります。クリスはんがどれだけあの子を大切にしているか。それさえ分かればあてらは満足どす。自信を持ってや」
せやけど、とその顔は初めて曇った。
「もう一つの卵は……」
三人は固まった。サツキは重々しく口を開く。
「あてらが預かっていたもう一つの卵は、盗まれてしもうたんどす」
「ぬっ……! 盗まれた!?」
ゴールドの驚きに、彼女は悔し気に頷いた。
「ほんに、申し訳のない話や。あてらが居ながら目の前で盗まれてしまうなんて」
「め、目の前? 一体誰がそんな事をしたのですか?」
「まさか……ロケット団!?」
詰め寄るミナキとゴールドだが、サツキは首を傾げるばかりだ。
「さあ。真っ暗闇での襲撃やったさかい、どんな背格好やったかもわからへん。そこいらのチンピラなんかに、あてらは倒されませんのになぁ」
次の瞬間、店内で大きな物音がした。客席に転がる中年の男、舞台にはゆらりと見下ろす舞子とサンダースが居る。
「お客さん、ここを『きゃばくら』か何かと勘違いしてはりますか? そのけったいな足でもういっぺん店の敷居を跨いでみ。消し炭にしたるさかいに」
よろしゅうな、と冷笑を向けられ、男は泣き叫びながら帰っていった。
「ゆうときますけど、あのサクラはまだ優しい方やから」
冷や汗をかいている三人に、サツキはにっこりと微笑んだ。
「語り部は大事な役目やさかい、この店の防犯も兼ねて、舞子は皆トレーナーとして鍛えとります」
「マツバのお墨付きなのでしょうね……、綺麗な花には何とやら」
「た、確かにこれならアイツらは勝てねえや」
「そうやろぉ。せやから滅多なことで出し抜かれへんと思とったんやけど。油断大敵やわ」
サツキは警察にも届け出ていると続けた。
「まだ何も手がかりがありまへんの。困ったわぁ」
ゴールド達もそれを聞いて俯いた。ポケモンを愛するトレーナーにとってとても辛い事実だった。しばらくの沈黙の後、気持ちを整理したのか、サツキは本題に戻った。
「これが時渡りの最近の事例どす。どうぞ役立てておくれやす」
「感謝します、サツキさん」
頭を下げるミナキ、そしてピカチュウと時渡りの関係性を考えた。
「もしピカチュウが時渡りに似た手法でやってきたのなら、セレビィの事を調べればピカチュウが過去にやってきた理由が分かるかもしれないな」
「セレビィとゆうたら、ウバメの森やね。それから、そう、アルフ遺跡」
「アルフ遺跡?」
クリスは首を傾げた。あそことセレビィに一体何の繋がりがあるのか。
「半年前から今まで、何度かセレビィが姿を現したのがアルフ遺跡なんよ。何の因果が分からへんけどなぁ」
ウバメの森にアルフ遺跡かあ、とゴールドはポケギアを開いた。
「おいら達はコガネシティを目指しているから……、うーん遠回りになるな」
「コガネシティでマサキさんにピカチュウを預けて、私たちはウバメの森、アルフ遺跡の順番で回って、またコガネシティに戻ってきたらどう?」
クリスも一緒にポケギアを覗き込んだ。その鼻息は心なしか荒い。
「……クリス、絶対セレビィを追うつもりだろ」
「あっったりまえじゃない! ここで逃げたら冒険家が廃るわ!」
「へいへい……」
今後の方針が決定すると、向こうで遊んでいたピチューがこちらにやってきた。ピチューはゴールドにすり寄る。
「まあ可愛らしい」
思わずサツキの顔もほころんだ。我が事のようにゴールドは照れ笑い、その頭を撫でてやった。
「そういえば……こいつも変わった卵とか言われていたんだよなぁ。すっかりウツギ博士に渡すの忘れていて、孵化しちゃったけど……」
「あら奇遇やねえ、あてらが預かっていたもう一つの卵もピチューの卵やったんよ」
ゴールドは不思議そうに、サツキは慈しむようにピチューを見ている。
そしてぽつりとぽつりと話し始めた。
「あてらもポケモンじいさんも、あの二匹には幸せになって欲しいと思っているんよ。セレビィは思惑があるんやろうけど、卵のまま自分たちの居た時代からやってきて、家族とも離れ離れで、かあいそうやんなぁ。それにあの二匹、まるで運命の双子みたいや」
「運命の双子って、何ですか?」
「文化人類学で言われている考え方だよ」
首を傾げるクリスにミナキは説明してあげた。
「人類の歴史上、双子という存在は特別視されているんだ。イッシュ地方を建国した双子の王然り。それらの偉人を、文化人類学では『運命の双子』と呼んでいるんだ。全員ではないけれどね」
「あてはその話が好きなんよ、ろまんてぃっく、やろ?」
ふふふ、と彼女は笑い。
「せやからな、あの卵を見た時、思うたんよ。この二匹にはきっと素敵な運命が待っているんやって。あてらが守ってやらなあかんって」
***
サツキに感謝し、修練場を後にした三人は、それぞれの今後を伝えた。
「私はもう少しここに留まり、セレビィの過去の時渡りについて調べよう」
「おいら達はコガネシティへ」
「そしてウバメの森! アルフ遺跡よ!」
「……へいへい」
意気揚々とするクリスと若干押され気味なゴールド、ミナキも苦笑いをした。そして三人は手を取りあう。
必ずピカチュウの謎を解き明かそう、その共通の目的が三人の目には宿っていた。
……―その数時間後、36、37番道路を震源とする大きな地震が発生。乾燥地帯を切り開いたその地域は大きな揺れに弱く、崩れた岩壁は三つの街を繋ぐ三叉路に降り注いだのだった。