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第3章

 その日ピカチュウは起きては寝てを繰り返した。泥のように眠りに沈み、とても旅に連れていけるような状態ではない。
 次の日ゴールド達はピカチュウをPCCに預け、とある場所へ向かった。

「なるほどね」

歩きながらクリスはその考えに深く頷いた。

「確かに伝説のポケモンと言ったらエンジュシティよね」
「ああ、ミナキさんもまだ居るかもしれないし。一度ピカチュウの事は話しておいた方が良いと思って」
「三聖獣とフリーザーの事が何か分かるかもしれないわ」

ゴールドの「エンジュシティへ行く」という考えにクリスも同意し、二人は例の三叉路を急いで抜けていく。
 以前は地震による落石で塞がれてしまった三叉路だが、現在は復旧作業が終わり、以前と変わらぬ風景が広がっている。幸いにして生き埋めになった人はおらず、他の街との連携もあり物資や怪我人の搬送に困る事も無かった。
 久しぶりに足を踏む入れた歴史の街は、秋色が濃くなり、風に揺られる紅葉の数も増えている。
 エンジュシティに帰ってきたらまず会わなければいけない仲間がいる。二人はエンジュシティのポケモンセンターでナースに事情話した。ナースは承るとすぐさま一つのボールを持ってくる。その中には懐かしい仲間が入っている。

「ピジョン! 久しぶりだな~」

エンジュの消防団で手伝っていたピジョンは、一回りも二回りも逞しくなったように見える。ナースから消防団に変わって手厚くお礼を言われ、二人は再び街へ繰り出した。
 久しぶりにあった仲間を慈しむように、ボールを撫でていると、懐かしい声に呼び止められた。

「ゴールド! クリス君!」

振り返れば、手に本を抱えているミナキが立っていた。

「ミナキさん!」

二人はすぐさま彼に駆け寄り、お互いに再会を喜んだ。

「久しぶりだね、二人とも」
「ミナキさんこそ! お元気そうで何よりです!」
「君たちも。いや、ゴールドは傷が増えたね?」
「いやあ、名誉の負傷っすよ」

あ、そうだと二人は早速本題を切り出した。

「昨日PCCでピカチュウの事を調べたんだ」
「そうしたら、ピカチュウは三聖獣とフリーザーに何か関係があるみたいで」
「何!? スイクンやエンテイ、それにライコウやスイクンと関係があるって!?」
「スイクン二回言った」
「大事な事だからな! それでピカチュウはスイクン達とどんな関係が……」
「まあ落ち着けよ、ミナキ」

息を荒立て二人に詰め寄るミナキの肩を諫めるように叩く男。輝く金髪が風に揺れ、その下からは整った笑みが覗いている。

「あー!!!」

思わず声を上げたのはゴールドだった。

「マツバ!!?」
「よっ」

一か月ぶりの再会にエンジュジムリーダー・マツバは爽やかな笑みを返す。
 カントーのポケモン歴史学会に召集されたマツバは、つい先ほどエンジュシティに帰ってきたらしい。親友ミナキと見知ったトレーナーが話をしている姿を見掛け、大きな荷物をそのままに思わず声をかけてしまった。

「久しぶりだなゴールド」
「マツバ、どうしたんだ? その服」

彼が着ているのは以前のふわりとした服装ではなく、ラインがはっきりとした黒いニット、それに合わせたマフラーやバンダナだった。

「イメチェンだよ」

にやりと笑うマツバだったが、ゴールドは一言。

「なるほど若作りか!」

一撃。
 鋭い拳を脳天に喰らい、ゴールドはもだえ苦しんだ。マツバは短く息を吐くと、再び笑顔を作りクリスに向ける。

「初めまして。マツバだ、エンジュジムのリーダーを務めている」
「クリスと言います! よろしくお願いします!」

さしてゴールドに気を留めずにクリスも爽やかな笑みを返した。
 そんな二人を恨めしそうに見つめるゴールド、その隣でミナキが軽く咳払いをした。

「喜ばしい再会の所申し訳ないが」

と丁寧に言葉を入れた後、一気に鼻息を荒くして。

「スイクンの話の続きをしようじゃあないか!」
「まあ待てよ、ミナキ」

相変わらずの親友の姿に、マツバは思わず苦笑を浮かべる。

「確か三聖獣の事だよな? だったら俺の家に詳しい資料がある」

立ち話もなんだ、とマツバは三人を自宅へ招いた。


 マツバの自宅である豪勢な和風家屋に招かれたゴールドとクリスはマツバにも分かるようにピカチュウについて説明を始めた。
 ピカチュウはゴールドのピチューの未来の姿で、三聖獣の目撃情報を特殊ながくしゅうそうちで覚えていること、そして何故かフリーザーに異常な敵意を持っていること。
 二人の話を聞くと、マツバはすぐさま家の蔵からいくつかの巻物を持ってきた。

「三聖獣とフリーザーと聞いてピンときた物がこれだ」

巻物の一つを丁寧に床に広げると、そこには青い鳥と四足歩行の炎の塊が対峙している絵が描いてある。

「何者も一瞬で、永遠に解けない氷の中に閉じ込めてしまうというフリーザー。しかしそのフリーザーの氷を溶かす唯一の存在が、“せいなるほのお”だ。これがポケモンの技なのかはまだはっきりとは分かっていないが、少なくともこれを操れるのは三聖獣の一匹、エンテイとされている」

マツバが次に広げた巻物には、炎、水、雷、それぞれを纏った四足の生き物が三つ巴に並んでいる。これには見覚えがあるのか、ミナキが大きく身を乗り出して巻物を見ている。

「これに関しては……俺よりミナキの方が詳しいな」
「ああ、これは見ての通り三聖獣を指しているが、特にその力関係を示している」
「力関係?」

首を傾げるクリスにミナキは言葉を言い換えた。

「タイプ相性、と言った方がいいかな。絵をよく見てごらん。エンテイの炎は強力だが、スイクンが作り出す水晶に吸収されてしまい、無力となる。そんなスイクンの水晶も、ライコウの鋭い雷を受けてしまうと砕けてしまう。そしてライコウの雷撃は、エンテイの凄まじい炎にかき消されてしまう。そんなパワーバランスを表しているのさ」
「なるほど」
「頭、付いて来ているかゴールド」
「な、んとか」

合点するクリスの横で今にもゴールドはショート寸前で、マツバは呆れ笑いを浮かべている。

「ピカチュウはフリーザーを敵と認識していた、対して三聖獣に関しては敵意を示していない。三聖獣だけの情報を覚えさせられているっていうのも引っかかるな」

唇に手を当ててマツバはそう言った。伝説のポケモンを捕獲する事が目的ならば他のポケモンの情報を覚えていても良いはず。どれか一匹だけ捕まえたければそのポケモンだけで構わない。しかし今回は三聖獣が揃う事がピカチュウには重要らしいという。
 説明し終えたマツバは二つの巻物を床の上に重ねて置いた。

「さて、ここからは俺の仮説だ」

彼は一枚目の絵、フリーザーとエンテイを指し、そして次に三つ巴の絵を指さした。

「フリーザーの氷に対抗しうるエンテイの炎、そしてそれを封じ込めてしまう三聖獣の力関係。ここから導き出される答えは」

風が止み、静寂。その場に居た全員が唾を飲み込んだ。

「ピカチュウはフリーザーの氷を解かす、エンテイの炎を未来へ持って帰るために飛んできた」


 え、とゴールドは声を漏らした。

「ど、どどど、どゆこと?? エンテイの炎を持ち帰る???」

完全に頭の容量を超えた情報にゴールドは目が回っている。対してクリスは合点がいっていた。

「エンテイの炎を封じ込めてしまうスイクンの水晶、それを砕いてしまうライコウの雷。その砕けた水晶の中に、まだ炎は残っているんですね?」
「クリス君、鋭いね。そうだよ、伝承ではそう言われている」

ミナキがそう言う横でマツバも頷いた。

「エンテイの炎を封じ込めた水晶は「聖なる炎の水晶」と呼ばれ、エンジュシティでは古の秘宝として伝わっている。だがエンテイが現れるのさえ雲を掴むような話なのに。三聖獣が全て揃う状況なんて天文学的確率だ。実際に在ったという記録は無いし、そもそも存在するのかも疑問だ」

とは言え、フリーザーと三聖獣の関係性を鑑みるにこの答えが一番妥当に思える。ピカチュウは未来でフリーザーの氷を解かす必要に迫られ、エンテイの炎を保存した水晶、更に言えば雷で加工されたその欠片を持ち帰らなければならない。
 三人が頭を巡らせている中、ゴールドは弱々しく挙手をする。

「ええ~っと……。つ、つまりおいら達はピカチュウの為にエンテイとスイクンとライコウに会わなきゃいけないのでしょうか?」
「ああ、それも三匹それぞれの力を順序よく発揮してもらい、「聖なる炎の水晶」を手に入れる必要がある」
「ひ、ひええ……」

マツバが淡々と並べた言葉に、ゴールドもクリスも思わず顔が青ざめた。
 しかしそんな二人とは対照的に、ミナキの顔は喜々として輝いていた。

「スイクンだけではなくエンテイとライコウにまで会えるかもしれないとは! これほどやりがいのある目標は無いっっ!!」

思わず片膝をついて天に叫べば、隣で彼の親友が慣れた様子で巻物を片づけている。

「スイクンハンターを自称しているだけはあるぜ。ま、お前たちも最初から諦めんな。普通のトレーナーよか、よっぽど見込みがあるんだ」
「見込み?」

ゴールドは聞き返す。
「縁のある奴はとことん縁がある。お前たちほど伝説のポケモンに遭遇しているなら、もう一度会うこともできるだろうってことだ。これはポケモン伝説を語り継いできた、語り部としての勘だ」
マツバは穏やかにそう言うと、ゴールドとクリスの顔を見てにやりと笑った。挑戦的な笑みだった。
ゴールドは胸の内から熱い感情がこみ上げてきた。そうだ、そうだった。諦めるくらいなら最初から行動なんかしない。

「ぃよーしっ! 会ってやるぜ三聖獣!!!」

立ち上がり拳を高く振り上げる。体の芯から奮い立つ、大切な友達の為に。

     ***

 ピカチュウを迎えに行く為にコガネシティへ戻ったゴールドとクリスの背中を、マツバとミナキは静かに見送った。
 風が吹き、紅葉が舞う。残された二人も今回の件に協力するつもりだ。早速マツバの自宅に戻ろうとした時。

「そういえばゴールドのピチューが、例のピカチュウなんだよな」

ぽつりと呟いたマツバに、隣で歩いているミナキが頷いた。

「ああ、タンバシティの一件で判明した。それがどうかしたのかい?」
「いや……、そういえばあの卵もピチューだったな、と」

マツバが言う「あの卵」とは、半年前セレビィによって時渡りをした卵、その片割れであった。
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