第1章
額から優しい光を放つデンリュウ。アカリちゃんという愛称で親しまれている彼女が倒れたのは二週間前、ポケルスという謎のウイルスに蝕まれていた。アサギシティ乃至その海運の要である灯台は、アカリちゃんが放つ光を一定時間吸収し、それを何倍にも増幅させて灯りとしている。そもそもの源であるアカリちゃんが倒れれば、濃霧に覆われている40、41番水道を渡る事はどんな船もできない。
そこでゴールド・クリスは小型のイカダを作り、要所のブイを目印にタンバシティへ渡り、特効薬を取ってくる。それがあのバンギラスの事件にも繋がるきっかけであった。
灯台の最上階へ、お見舞いに来たゴールドとクリスは、すっかり元気になったアカリちゃんと手を取り合った。
「良かったなぁ! アカリちゃん!」
「これからもアサギシティを守ってね!」
アカリちゃんは元気に鳴き、その隣でミカンも微笑んだ。
三人と一匹は再会の話に花を咲かせてしばらく、ミカンが凛とした眼差しをゴールドに向けた。
「会いに来てくれた理由は、お見舞い、だけじゃないですよね」
その顔は楽しい友人ではなく、街を纏めるリーダーのものだった。確かな強者の面持ちに、それでもゴールドも確かな意志を目に宿す。
「ああ、ワカバタウンのゴールド! アサギジムリーダー・ミカンに挑戦するぜ!」
アサギジムには多くの見物客が来ていた。皆アサギシティの住民で、ゴールドとクリスには言い尽くせない程の恩義を感じている。それ故にその勇敢な少年と、街を代表するトレーナーの一戦を見ずにはいられない。
クリスはジムトレーナーが作ってくれた特等席で、住民からの差し入れに囲まれながら試合の始まりを緊張の面持ちで待っている
。
「普段は三対三の試合ですが」
ジムリーダー・ミカンが取り出したボールは一つだけ。
「ゴールドとのこのバトル、私の全ての力をこの子に託します。おいで、ハガネール!」
ボールから現れた鉄岩蛇。凄まじい振動がジムを襲う。ぐらつく観客やクリスと違い、ゴールドは彼女と対峙したまま、一つのボールを握りしめている。
「……分かったぜ、ミカンちゃん。おいらもコイツに、おいらの全力を託すぜ!」
掛け声と共に現れた姿。それはゴールドがトレーナーになってからずっと一緒に居るポケモン。
アリゲイツだ。
モーモー牧場から流れてくる風は、緑の青臭さとミルクの甘い香りが混ざっている。もう潮は感じられなかった。
今朝ゴールド達と共に船でアサギシティに着いたミナキは、一足先に街を出ていた。二人とは別れて、彼なりにピカチュウの謎を調べるつもりだ。そして己とポケモンを鍛える事で、伝説のポケモン、特に、特にスイクンに認められる為に。
ミナキはモーモー牧場の手前で休憩し、ポケギアに話しかけている。
『ははは、ピカチュウを賭けて決闘か。マツバはんが言うてた通り、慌てん坊さんやなぁ』
「ぐっ……、マツバのやつ」
ポケギアの向こうからマサキの笑い声が聞こえ、少しして二人は本題に入った。
「そもそもピカチュウの出現方法が不可解である、と」
『せや。オーキド博士に伺ったんやけど、空のタイムトンネルからやってきたらしい。タイムマシンはな、まだまだ未完成や。せやから実験の一つでもするもんなら、かなりの設備が必要や。送る側にも、受け取る側にもな』
「確かイーブイの実験は成功したと伺いましたが」
『ああ、でも言うて数日先の未来との通信。PCCのGBアダプタをフル活用してやっと成功したんや』
マサキはそこまで言って、そして。
『実験で送られてきたイーブイ達は、新たな進化、というプラスの副作用を受けた。そう、これはたまたまなんや。タイムトラベルがポケモンの体に及ぼす影響はまだまだ不透明や。……これは、とてもゴールドには言われへん』
彼も、ミナキもその声は重かった。
「送られる側にきちんとした設備が無かった状態でのタイムトラベル。あのピカチュウに悪影響が出なければいいが……」
『祈るばかりやな。ところでゴールド達は?』
「ああ、アサギジムに挑戦中ですよ」
『おお! 6つ目のバッジに挑戦か!』
そこまで言って、マサキはふと、喉元から笑みをこぼした。
『ふ。ふふふ』
「マ、マサキさん……?」
困惑するミナキ。電話越しのマサキの脳裏には、あの赤い帽子がよぎっている事を知らずに。
『タイムマシンの被験者になってもらうポケモンはな、いざという時にために、通常よりもよーお育てられた子しか選ばれへんねん。つまり、一流のトレーナーにしか頼まへん。あのイーブイ達も、あんな可愛い顔してポテンシャルはめちゃくちゃ高い』
「は、はあ」
『トレーナーを選ぶ条件は、リーグバッジ8つ以上所有していること』
そこまで言われて、ようやくミナキは顔をひくつかせた。
ということは。
『未来のゴールドはバッジ8つも制覇してるんかなぁ。楽しみやなぁ! にゃはは!』
電話越しのマサキは隣で不思議そうに自身を見上げているエーフィとブラッキーを撫でた。この子たちの親たる友人は、あのめちゃくちゃな少年に出会ったらどんな反応をするのだろう。マサキは今から楽しみで仕方が無かった。
***
ハガネールの尾が、輝きと共にアリゲイツに振り落とされた。まさに必殺技と言わんばかりの凄まじい衝撃をジムに響かせた。クリスは確かに、あのアイアンテールがアリゲイツの腹部に直撃し、そのまま床に叩きつけられたのを見た。そして確実に、ミカンもゴールドもそれを分かっている。
静寂。
息をすることさえ忘れてしまうほどに。
鋼の尾と床の間、そこに倒れているのは。
(そん、な)
クリスは信じられなかった。そこに倒れているアリゲイツの姿を。
(負け、ちゃ……た? ゴールド……?)
咄嗟に挑戦者の方を見る。ゴールドは、あのいつも元気でめちゃくちゃなゴールドが、俯いて微動だにしていない。
「そんな……、ゴールド」
思わず駆け寄ろうとしたその瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは。
不敵に笑うゴールド、まだ負けちゃいない、瞳はそう叫んでいる。
「アリゲイツっ!」
同時に倒れていたその目が開く。
「じたばた!」
追い詰められている程、その衝撃は凄まじい。一瞬、ミカンもハガネールも反応が遅れた。暴れた結果鉄の尾は僅かに浮き上がり、その隙間を縫うようにアリゲイツはハガネールの体を駆け上っていく。
「ハ、ハガネール! 振り落としてください!」
しかしミカンの声は遅かった。既にアリゲイツはハガネールの体を思い切り蹴り、飛んでいた。口に貯めている水、その量は通常の倍。アリゲイツの特性は”げきりゅう”。
「いけ! 最大出力みずでっぽう!」
生存本能の根底から放たれた水は、鉄蛇の顔面を直撃し、そのまま巨体を床に叩きつけた。
その目に薄っすらと涙は浮かべど、その表情は清々しく凛々しかった。
「素晴らしいバトルでした、ありがとうございました」
「おいらの方こそ、ありがとう! ミカンちゃん」
二人は固く握手をし、ミカンはそのままそれを彼の手に握らせた。
「あなたの勝利を称えて」
ミカンを、そしてバッジを見つめ、ゴールドは高らかに言った。
「スチールバッジ! ゲットだぜ!」
そこでゴールド・クリスは小型のイカダを作り、要所のブイを目印にタンバシティへ渡り、特効薬を取ってくる。それがあのバンギラスの事件にも繋がるきっかけであった。
灯台の最上階へ、お見舞いに来たゴールドとクリスは、すっかり元気になったアカリちゃんと手を取り合った。
「良かったなぁ! アカリちゃん!」
「これからもアサギシティを守ってね!」
アカリちゃんは元気に鳴き、その隣でミカンも微笑んだ。
三人と一匹は再会の話に花を咲かせてしばらく、ミカンが凛とした眼差しをゴールドに向けた。
「会いに来てくれた理由は、お見舞い、だけじゃないですよね」
その顔は楽しい友人ではなく、街を纏めるリーダーのものだった。確かな強者の面持ちに、それでもゴールドも確かな意志を目に宿す。
「ああ、ワカバタウンのゴールド! アサギジムリーダー・ミカンに挑戦するぜ!」
アサギジムには多くの見物客が来ていた。皆アサギシティの住民で、ゴールドとクリスには言い尽くせない程の恩義を感じている。それ故にその勇敢な少年と、街を代表するトレーナーの一戦を見ずにはいられない。
クリスはジムトレーナーが作ってくれた特等席で、住民からの差し入れに囲まれながら試合の始まりを緊張の面持ちで待っている
。
「普段は三対三の試合ですが」
ジムリーダー・ミカンが取り出したボールは一つだけ。
「ゴールドとのこのバトル、私の全ての力をこの子に託します。おいで、ハガネール!」
ボールから現れた鉄岩蛇。凄まじい振動がジムを襲う。ぐらつく観客やクリスと違い、ゴールドは彼女と対峙したまま、一つのボールを握りしめている。
「……分かったぜ、ミカンちゃん。おいらもコイツに、おいらの全力を託すぜ!」
掛け声と共に現れた姿。それはゴールドがトレーナーになってからずっと一緒に居るポケモン。
アリゲイツだ。
モーモー牧場から流れてくる風は、緑の青臭さとミルクの甘い香りが混ざっている。もう潮は感じられなかった。
今朝ゴールド達と共に船でアサギシティに着いたミナキは、一足先に街を出ていた。二人とは別れて、彼なりにピカチュウの謎を調べるつもりだ。そして己とポケモンを鍛える事で、伝説のポケモン、特に、特にスイクンに認められる為に。
ミナキはモーモー牧場の手前で休憩し、ポケギアに話しかけている。
『ははは、ピカチュウを賭けて決闘か。マツバはんが言うてた通り、慌てん坊さんやなぁ』
「ぐっ……、マツバのやつ」
ポケギアの向こうからマサキの笑い声が聞こえ、少しして二人は本題に入った。
「そもそもピカチュウの出現方法が不可解である、と」
『せや。オーキド博士に伺ったんやけど、空のタイムトンネルからやってきたらしい。タイムマシンはな、まだまだ未完成や。せやから実験の一つでもするもんなら、かなりの設備が必要や。送る側にも、受け取る側にもな』
「確かイーブイの実験は成功したと伺いましたが」
『ああ、でも言うて数日先の未来との通信。PCCのGBアダプタをフル活用してやっと成功したんや』
マサキはそこまで言って、そして。
『実験で送られてきたイーブイ達は、新たな進化、というプラスの副作用を受けた。そう、これはたまたまなんや。タイムトラベルがポケモンの体に及ぼす影響はまだまだ不透明や。……これは、とてもゴールドには言われへん』
彼も、ミナキもその声は重かった。
「送られる側にきちんとした設備が無かった状態でのタイムトラベル。あのピカチュウに悪影響が出なければいいが……」
『祈るばかりやな。ところでゴールド達は?』
「ああ、アサギジムに挑戦中ですよ」
『おお! 6つ目のバッジに挑戦か!』
そこまで言って、マサキはふと、喉元から笑みをこぼした。
『ふ。ふふふ』
「マ、マサキさん……?」
困惑するミナキ。電話越しのマサキの脳裏には、あの赤い帽子がよぎっている事を知らずに。
『タイムマシンの被験者になってもらうポケモンはな、いざという時にために、通常よりもよーお育てられた子しか選ばれへんねん。つまり、一流のトレーナーにしか頼まへん。あのイーブイ達も、あんな可愛い顔してポテンシャルはめちゃくちゃ高い』
「は、はあ」
『トレーナーを選ぶ条件は、リーグバッジ8つ以上所有していること』
そこまで言われて、ようやくミナキは顔をひくつかせた。
ということは。
『未来のゴールドはバッジ8つも制覇してるんかなぁ。楽しみやなぁ! にゃはは!』
電話越しのマサキは隣で不思議そうに自身を見上げているエーフィとブラッキーを撫でた。この子たちの親たる友人は、あのめちゃくちゃな少年に出会ったらどんな反応をするのだろう。マサキは今から楽しみで仕方が無かった。
***
ハガネールの尾が、輝きと共にアリゲイツに振り落とされた。まさに必殺技と言わんばかりの凄まじい衝撃をジムに響かせた。クリスは確かに、あのアイアンテールがアリゲイツの腹部に直撃し、そのまま床に叩きつけられたのを見た。そして確実に、ミカンもゴールドもそれを分かっている。
静寂。
息をすることさえ忘れてしまうほどに。
鋼の尾と床の間、そこに倒れているのは。
(そん、な)
クリスは信じられなかった。そこに倒れているアリゲイツの姿を。
(負け、ちゃ……た? ゴールド……?)
咄嗟に挑戦者の方を見る。ゴールドは、あのいつも元気でめちゃくちゃなゴールドが、俯いて微動だにしていない。
「そんな……、ゴールド」
思わず駆け寄ろうとしたその瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは。
不敵に笑うゴールド、まだ負けちゃいない、瞳はそう叫んでいる。
「アリゲイツっ!」
同時に倒れていたその目が開く。
「じたばた!」
追い詰められている程、その衝撃は凄まじい。一瞬、ミカンもハガネールも反応が遅れた。暴れた結果鉄の尾は僅かに浮き上がり、その隙間を縫うようにアリゲイツはハガネールの体を駆け上っていく。
「ハ、ハガネール! 振り落としてください!」
しかしミカンの声は遅かった。既にアリゲイツはハガネールの体を思い切り蹴り、飛んでいた。口に貯めている水、その量は通常の倍。アリゲイツの特性は”げきりゅう”。
「いけ! 最大出力みずでっぽう!」
生存本能の根底から放たれた水は、鉄蛇の顔面を直撃し、そのまま巨体を床に叩きつけた。
その目に薄っすらと涙は浮かべど、その表情は清々しく凛々しかった。
「素晴らしいバトルでした、ありがとうございました」
「おいらの方こそ、ありがとう! ミカンちゃん」
二人は固く握手をし、ミカンはそのままそれを彼の手に握らせた。
「あなたの勝利を称えて」
ミカンを、そしてバッジを見つめ、ゴールドは高らかに言った。
「スチールバッジ! ゲットだぜ!」