このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第2章

古きも新しきも集まる地方一の大都会コガネシティ。普段は地方一賑わうそこも、今朝は人通りがほとんどなく、朝霧もいつまでたっても晴れない。
 白く染まる街を、マントを被る二人組が縫うように進んでいる。二人はしばらく歩き、不意に先頭の人物が立ち止った。その背中に顔をうずめた後方は、マントを取って息を吸った。
「ぶっは! き、急に立ち止ってどうしたんだよ!」
マントの中からは黄色の帽子に跳ねた前髪、ゴールドだった。
「ワタルさん!」
「しっ」
前方のマントの男、ワタルは咄嗟に彼を黙らせた。ワタルは霧の中の一点を指さした。
 白い霧の中でよく目立つ、黒い服だ。黒ずくめの複数人は霧の中を進み、ある建物に入っていった。
「あ、あいつら……!」
思わず飛び出しそうになるゴールドをワタルはそっと制止した。
「落ち着けゴールド。まずは彼に会わなければならない」
「う、うん」
彼に言われてゴールドは再びマントで顔を隠し、足を進める。


 あの意味深な電話から数日後、ゴールドは朝一番に聞いたラジオで飛び起きた。
 ロケット団のラジオジャック、そして堂々たる復活宣言。
 それはジョウト中に広まり、チョウジタウンに居たヤナギ達やワタルの耳にも届いた。ゴールドから電話の件を聞いたワタルはすぐに合点がいった。
 クリスはラジオ塔に居る。
二人がカイリューでコガネシティへ向けて飛び立ったのはすぐだった。ラジオ塔だけではなくコガネシティにもロケット団の手が入っていると踏んだワタルは街ではなく、その手前のウバメの森付近に降り立った。目立たないよう、お互いにワタルのマントで身を隠しながら陸路で街に入った。
 ラジオジャックから一夜が明け、朝霧のかかるコガネシティはまるで死人の街だった。これがあの賑やかなコガネシティだとは、ゴールドはとても信じられなかった。
 しかし二人は進むしかない。込み上げる怒りと不安に息を詰まらせながら、二人はある場所にたどり着く。
 PCC、本来の目的地だ。


「ゴールド! よお来てくれたな!」
マサキとその研究チームは二人を温かく迎えてくれた。ようやくマントを脱ぎ、彼は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「マサキさん……」
そして不安そうに呼びかける彼に、マサキも芳しくない面持ちで応える。
「言いたい事は分かっている。せっかく遠い所から来てくれたのに、ピカチュウの調査どころではなくなってしもうたな」
マサキは二人をPCCの二階、大きな窓がある部屋へ招いた。
「あれがラジオ塔や」
そこからは空を貫きそびえ立つ、この街のシンボルが見えた。
 突然やった、とマサキは振り返る。
「前日までは全くそんな素振りは無かった。けど朝一番にラジオを点けて、慌てて外に出てみたら。あいつ等がおったんや。あいつ等は抗議するわいらを凶暴なポケモンで脅し、屋内に押し返した」
彼は頭を掻き、ため息をつく。
「後は今のままや。地震で人の流れがストップしていていた上に、最低限の外出しかできへん始末。死んでしもうたようや、この街は」
予想以上の状況にワタルとゴールドは顔を見合わせた。そしてゴールドは重々しく口を開いた。
「あの、マサキさん。言いにくいんだけど」
「うん? どないした?」
不思議そうに顔を覗き込む彼に、ゴールドはクリスがロケット団に捕らえられている事、そして恐らくラジオ塔に居る事を伝えた。
 すると彼は腰が抜けんばかりに。
「な、なんやてぇ!? クリスちゃんが!? な、何てことしとるんや、あの黒ずくめ共……」
「俺達は奴らを捕まえ、その子を助け出す為にここに来た」
「ん? あんたは……」
凛としたワタルの面持ちを見て、マサキはふと考えを巡らせ、そして。
「……あー! ワ、ワタルはん!?」
今度こそ彼は腰を抜かし、床に座り込んだ。状況が読めないゴールドはワタルの顔を見るも、彼は涼やかに目を伏せているだけだ。
「あー……、なるほどなるほど。こりゃあ心強いわ」
ズボンの埃を払い、マサキは立ち上がる。そして咳払いをして仕切り直した。
「事情は分かったわ。お二人さんがそういうつもりなら、わいらは全力で力を貸すだけや」
そして三人は再び一階に戻り、マサキはコガネシティのマップをテーブルの上に広げた。
「ここがラジオ塔、出入り口は大通り側に一つ。DJのクルミちゃんらから聞いた話やから確実や。問題は、敵(やっこ)さんがどないして気づかれへんように侵入したか。大通り通って来たなら目立つんやけど」
「何か他の出入り口があるのかもしれない。そこから俺達も入れば、奴らの意表を突く事ができるな」
ワタルは広げられた地図の上を指でなぞった。地図上ではそれらしい物は見当たらない。実際に外に出て調べるしかなかった。
「ほんなら行こか、お二人さん」
マサキはフード付きのコートを羽織り、鞄を肩にかける。二人に付いていく気が満々だった。研究員達は一斉に止めにかかった。
「だ、駄目ですチーフ! チーフの身に何かあったら!」
「三年前から無茶なんだから! 少しは落ち着いてください!」
しかしマサキの表情は至って真剣だった。
「皆の気持ちは有り難いで。でもな、この街はわいの生まれ故郷なんや。それをどこぞのポニータの骨とも知れへん輩に好き勝手されて、黙ってなんかいられへん」
マサキの出自を知っている研究員たちはその言葉に言い返す事はできなかった。優しい同僚たちににっこりと微笑み、マサキはゴールドとワタルの背中を叩いた。ゴールドは心配そうに彼を見る。するとマサキは思わず噴き出した。
「心配しやんでも、結構役に立つさかい。それにここの心配もいらんで。あんな連中に大事な研究機材を渡す程、わいらのプライドは安うない」
力強く、マサキは再び微笑んだ。


 朝霧が晴れても、その閑散とした街を曝け出すだけだった。黄金の街は本当に死んでしまったように静かだ。通行人が少ないだけにゴールド達は目立ってしまう。三人はマントやフードで顔を隠し、路地を抜けていた。
「今朝、下っ端がこの辺りを通っているのを見かけた」
ワタルは周囲を見渡し、マサキはうーんと唸った。
「この辺りやと……、姓名判断師にコガネジムかなぁ。それと花屋とか」
「あんまりソレっぽい場所は無いね」
「あかんえ、ゴールド。そういう常識にとらわれた発想は。奇抜なモンって物は常に常識から外れてるんや」
「……マサキさん、テンション高くない?」
「わいもこう見えて昔はヤンチャしてたからな~。自分の体をポケモンと融合させてみたり」
「な、何それ!? 面白そ……」
「んな事言うとる場合かぁぁ!」
盛り上がるゴールドとマサキの頭に一撃、拳が叩き込まれた。
 二人は衝撃のままに前に倒れた。ぎょっとしてワタルが振り向けば、そこには一人の少女が立っていた。
 ミルタンクとピッピを傍らに、「にゃはは」と元気に笑う彼女は、コガネジムのジムリーダーだ。
「ア、
アカネェ!?」
「久しぶりやな、ゴールド!」
殴られた所を擦りながら、ゴールドは目を丸くした。そこに居たのはかつて共に旅をした友人だった。
「な、なんでアカネがここに!?」
「あほ。うちはコガネのジムリーダーやど?」
そういえばそうだった、と呟く彼にアカネはもう一撃、手刀を頭に叩き込んだ。
 ワタルの咳払いがその空気を一気に引き戻した。
「君はコガネジムのアカネ、でいいんだね?」
「は、はい! ワタル様!」
唐突な様付けとハートの目にゴールドは首を傾げたものの、マサキが隣で笑ってごまかす。ワタルは初々しい少女に微笑むと同時に、真剣な眼差しを向けた。
「この街の状況は分かり切っているだろう。その上でジムリーダーたる君の意志を聞きたい」
「はい、ウチは」
アカネは迷いなく応える。
「ウチはロケット団を追い出して、この街にもう一度活気を取り戻します!」
その力強い答えに、ワタルはもう一度微笑んだ。そしてゴールドとマサキもその背中を叩いた。
「そう言うと思ったぜ! アカネ!」
「さすがはコガネ人や、アカネちゃん」
「共に戦おう」
「はい!」
アカネを含めた一行が動き出そうとしたとき、ワタルが顔を上げた。
 そして彼は一向を路地裏に隠れさせた。窮屈な路地から四人が通りを覗けば、そこにはあの黒ずくめの集団が。
 彼らは束になって周辺を見回していた。
「何をしてるんだろう……」
「ああやって不用意に出歩いてへん人がいやへんか、見張ってんねん」
アカネが苦々しく答えた。実際彼女の同僚であるジムトレーナーの少女も、彼らに見つかり、暴行を受けそうになったそうだ。
「ひでぇ……!」
「許さへんで、あの黒ずくめ達!」
飛び出そうとしたアカネをワタルが止める。
「下手に騒ぎを起こしてはいけない。危険だ」
しかしアカネはにやりと笑った。困惑するワタルに対して、ゴールドは分かった。あれは何か考えが浮かんだ顔だと。
 アカネはモンスターボールを握り、言った。
「このへんにある敵の出入り口を探してるんやろ? せやったらウチに任せてや」
そして彼女は路地を飛び出し、下っ端達の前に出た瞬間にボールを投げた。
 優雅に降り立ったエネコロロを傍らに、アカネは凛と言い放つ。
「手前らの悪事もここまでや! いてこましたるさかいに、覚悟せぇや!」
後ろからミルタンクとピッピも現れる。
 下っ端達は突然現れたジムリーダーにたじろぐも、多勢に無勢だと思ったのか、不敵な笑みを浮かべて各々のモンスターボールを構えた。
 一斉に現れたロケット団のポケモンに、けれどもアカネ達は怯まない。
「ぶちかましたれ!」
彼女の掛け声と共に戦いの火蓋が切って落とされた。ゴールド達は加勢すべきか、路地から身を乗り出しそうになっている。そんな時、アカネがそっと彼らに振り返る。
「あそこや、ほら」
彼女が指さす方向では、バトルに自信がなさげな下っ端が数名、ある建物に入っていった。
「あそこは露天商のある地下通路や!」
「隠し通路か!?」
マサキとワタルが声を上げる。アカネは心配そうに見つめるゴールドにウインクを投げた。
「ここはウチに任せとき」
優しくそう言えば、ゴールドはぐっと堪え、そして走り出した。それにつられて他の二人も飛び出す。
「何者だ! 捕まえろ!」
「んな事させへんわっ! みずのはどう!」
エネコロロの特性ノーマルスキンによるタイプ一致の水の波動を受けて、下っ端のゴルバットは撃ち落とされた。
 アカネとポケモン達はゴールド達を庇うように平行に走る。
「アカネ!」
ゴールドは彼女に向かって言う。
「お、おいらの友達が捕まっているんだ……」
「っ!?」
驚きのあまり振り返るアカネに、それでもゴールドは力強く続けた。
「本当はちょっと不安だった、でも! アカネが頑張っている姿を見て、元気が湧いてきた!」
「……ふふん! それこそがゴールドや!」
地下通路の入り口までやって来て、最初にワタルが、その後をマサキが入っていく。アカネは入口を背にポケモン達を展開させた。
「さあ! ゴールド!」
顔だけ振り返り、ゴールドに呼びかける。視線が交わる。アカネの瞳と、ゴールドの黄金の瞳は、頷き合った。
「背中は頼んだぜアカネ!」
「おうとも!」
そしてゴールドは滑るように地下通路に入っていった。
 露天商の居ない地下通路は冷たく、静かだった。先に入っていたワタルとマサキは通路の最奥、鉄の扉の前に居た。
 先ほどの下っ端達はここを通っていったらしいが、オートロックがかかっている。
「仕方ない、“はかいこうせん”で」
「器物損害やで、ワタルはん」
カイリューが入っているボールに手を掛けたワタルにマサキが冷静に言い放つ。そしてマサキは鞄からノートパソコンを取り出し、ドアの隣にあるキーボードにケーブルを差し込んだ。
「そんな事になったら損害賠償請求されんで、天下のワタル様」
「ぐっ」
珍しく食い下がるワタルを見て、マサキは満足そうにキーボードに指を走らせた。
「何してるの?」
「ハッキング、ロックを解除できへんか試してんねん」
にやりと笑ってマサキはエンターキーを押す。すると電子音と共にドアが開いた。
「おお! さすがマサキさん!」
「……助かった、行こう」
「にゃはは」
ゴールドは素直に喜び、ワタルは若干複雑そうな面持ちをし、マサキは勝ち誇ったように笑いながら、開いたドアをくぐっていった。
2/12ページ
スキ