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第2章

「諸君。ついにこの日が来た」
テーブルに両手をついてそう言ったのはグレイだった。上質なカーペット、大きなテーブル、ソファ。シックな雰囲気のその部屋に集まった、幹部たち。彼はその幹部たちに告げる。
「我々の悲願が、ついに叶う日が来たのだ」
真剣な面持ちでそう言うも。
「アンタが言うと締まらないわ」
「ぷっ」
「なっ!?」
同じくテーブルに着いていたローザが言い、その隣でバイオレットが噴き出した。グレイは赤面し、肩を震わせる。
「お、お前たちは嬉しくないのかー! この! 日が! 来て!」
「はいはい、嬉しいですわよ」
「むきー!」
憤慨するグレイとあしらうローザ。丁度その時インディゴが入室し、すぐにその場を理解した。
「また喧嘩しておるのか、どうどう」
のんびりと諫めるインディゴに、グレイとローザは揃って顔を向ける。
「じいさん! コイツに言ってやれ! もっと緊張感を持てってな!」
「コイツにその間抜け面をもっと引き締めろって言ってあげてよ、博士」
「まあまあ。久しぶりに揃ったんじゃ。もうちょっと仲良くせい」
インディゴはゆっくりと席に着いた。言い合う二人を他所に、バイオレットは老人に尋ねた。
「あのラプラス、どうなった? 上手く使えそう?」
「ふむ、そこそこかな」
彼に勧められてお茶をすすり、インディゴは資料の束を取り出した。つながりの洞窟での電波による強化実験は、二度目であった。現在インディゴが調整を行っているラプラスは二匹目で、一匹目の被検体ラプラスはそれの親にあたる。
 実験はボスが居た頃から行われていたものの、組織の解散と共に中断した。一匹目のラプラスは思ったほどの強化を成せず、凶暴性のみ増幅したとして洞窟に捨てられた。
「あれが新聞に出た時は肝が冷えたわい」
数ヶ月前の紙面をインディゴやローザ、グレイは苦々しく思い出す。つながりの洞窟で暴れていたラプラスがヒワダジムのリーダーとその仲間によって保護された。それは彼らにとって、重大な証拠をむざむざ表に出したということになる。幸いにしてあのラプラスからロケット団に繋がる情報漏れなかったようだ。
 ところで、とインディゴは暗い空気を切り替えた。
「何故、コレを連れてきた?」
老人が指を指す方向には、ソファ。そしてそこに眠る、少女が一人。
 つながりの洞窟から拉致されてきたクリスは、薬がよく効いているようで深い眠りについていた。
 インディゴはグレイとバイオレットに探るような視線を向け、ローザも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ブラックは取り逃がしたくせに、こんな小娘を生かして捕まえてくるなんてどういうつもり?」
「睨むな、考えはある」
二人に言われ、グレイは戸惑いつつも説明をした。
「この娘はあのガキの連れだ」
ローザの脳裏に浮かんできたのはあのオーダイルと少年だった。彼女は目の色を変え、一気に身を乗り出した。
「……おびき寄せる餌ってわけね?」
グレイは強く頷いた。エンジュシティ、アサギシティ、チョウジタウンでの邂逅を経て、もはや彼らはあの少年の存在を無視する事はできなくなった。
「……このまま、ボスをお呼びするのも良いだろう」
だが、とグレイ。彼だけではない、三年前からの同僚たちの脳裏に甦っているのはあの赤い帽子だ。
「奴が三年前の再来にならない、という保証はどこにもない。ボスをお招きする前に、どんな不安の種も取り除かなければならない」
それが。
「我々残された者たちの使命だ」
強い光その目に灯すグレイに、ローザも力強く頷いた。それがあの方に忠誠を誓った我々の義務だ、と。
 グレイはインディゴに凛とした面持ちを向ける。
「インディゴ博士、ラプラスの最終調整はいつごろに?」
「明日の夜には終わるよ。他の強化ポケモンも準備万端じゃ」
「私とグレイの手持ちは?」
「それも明日までには全快。全く、趣味も続けておくもんじゃのう」
インディゴの指す物は、電波発生器と並行して作られていた「電波増幅器」だ。ポケモンが技で発する電波、波動を増幅させるものだ。現在ゴールド達に手酷くやられたポケモン達は、その増幅器に繋げられたラッキー達の“いやしのはどう”を浴びている。ポケモンセンターを利用できないものの、その増幅器により治療は極めて順調に終わる。その装置の凄さもあれど、更に驚くべきはその開発をインディゴが趣味で少しずつ進めていたという事だ。
「よし、予定通り明後日より行動開始だ」
グレイの決定に異議は無かった。彼と、ローザと、インディゴはお互いの顔を見た。
全てはボス・サカキの為に。
 三人の目はそう言っていた。そうして力強く頷いた後、まずローザが立ち上がった。
「クサイハナの様子を見てくるわ。これも必要だし」
その手にはリーフの石が握られている。続いてグレイが立ち上がる。
「俺は部下達に最後の確認をしてくる」
ちゃんとやりなさいよ、とローザが睨み、グレイは慌てて「分かっている」と言い返した。
 ローザに続いてグレイが部屋を出ようとしたとき、ふとインディゴが彼を呼び止める。
「なんだ、博士」
「お前さんが前に注文した物だが」
そう言って彼は一つのモンスターボールを差し出す。グレイはすぐに合点がいったのか、不敵に笑った。そしてそれを受け取った。
「これさえあれば……」
笑いが込み上げるグレイ、その様子にそっと目を伏せるインディゴ、そしてそんな二人を見て薄ら笑いを浮かべるバイオレットであった。

     ***

「ニュースには目を光らせておくんだな、ラジオでも聞いて」
深い暗闇の中、その言葉に引き寄せられた。そうしてゆっくりと目を開けると、そこには黒ずくめの人間たちで溢れていた。
「っ!?」
見覚えのあるその姿にクリスは思わず飛び起きる。しかしすぐに肩を掴まれ、再び柔らかいソファに押し倒された。
「おはよう、クリスちゃん」
耳元でねっとりと纏わりつくように囁かれ、クリスの体に悪寒が走った。ぎょっとして目の前を見れば、あの警察官の顔があった。
「あ、あんたは……!」
男から向けられる薄ら笑いに、クリスは生理的な嫌悪感を感じ、身震いをする。
「よお、起きたかクソガキ」
視界の端であの男がこちらを向いている。ロケット団幹部のグレイだ。彼の手にはクリスのポケギアが握られている。それに驚く彼女に、グレイはにやりと笑ってポケギアを投げ渡した。
「お前のボーイフレンドにちょっと言いたいことがあってな」
ボーイフレンド、という言葉にクリスは思わず。
「古い……」
と零す。
「うるさい!」
年甲斐もなく地団太を踏むグレイと、そんな彼を見て笑い転げるバイオレット。
 そんな彼らに構わず、クリスは気丈に問いただす。
「ここはどこ? 私を捕まえてどうするつもり!?」
グレイはその毅然とした顔を笑い飛ばした。
「勘違いしちゃあいけないぜ、お嬢さん。俺たちは別にお前目当てで攫った訳じゃあない」
「は……?」
困惑するクリスにグレイはにやりと笑って指を鳴らした。
「人質さ、お嬢さん。あのガキをおびき出す為のな」
いつの間にか彼の周りを下っ端達が囲み、皆不敵な笑みをクリスに向けていた。暗い部屋の中、人工の光がその笑みを照らし、底知れない恐怖を彼女に与える。
「っ!」
硬直する彼女を、大人たちは冷たく見下ろした。
「これから何が起こるかだけ、教えてやろう」
言葉を失っているクリスに振り返り、グレイが言う。そしてぴたりと閉められているカーテンを勢いよく開けた。
 窓に真ん中、空を貫くようにそびえ立つソレは「ラジオ塔」。
「よぉく見ておくんだな、我らロケット団が再び返り咲く瞬間を!」

          ***

 放送中のランプが付く。
 拘束されたラジオ塔局員たち、下っ端たち、そして幹部たちが見つめる中、グレイはマイクの電源を入れた。
 一日の放送の始まりを、最後の戦いの始まりを告げるベルが響き渡った。
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