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第1章

   第十五話 喪服

 ――…妻の父、つまり義父からトキワジムリーダーの座を託されて数年が経った。
息子が赤い髪を揺らして花畑を駆ける。追いかけっこの相手は父である彼が与えたニドラン♂だろうか。懸命にその影を追いかけ、そしてあっと転んだ。
 ベンチに座っていた彼は思わず腰を浮かせた。しかしすぐに妻に止められる。
 彼女の「大丈夫」という言葉通り、息子は何事も無かったかのように立ち上がり、また駆けていった。
 風が吹き、花が揺れ、小さな赤毛の頭が揺れる。再び隣へ視線を戻すと、妻の赤毛が風に流れていた。
 その時彼の世界は、確かに色で満ちていた。


 ――…滝が流れ落ちる音に呼び戻され、彼は目を開いた。いつの間にか眠っていたようだ。硬い地面に横たわっていたせいで体が重い。ゆっくり体を起こした。体の埃を払い、立ち上がる。
 懐かしい、夢だったな。ぽつり、と彼は思う。スーツの内ポケットに手をやった。取り出したのは、古いロケットペンダント。慈しむように蓋を撫で、そっと開けた。
 赤髪の女性、赤髪の少年。古い写真の中で二人は生き生きと笑っている。
 色褪せつつあるそれを、撫でようと手を伸ばす。けれども、止まった。
 色が失われているのは写真だけではない。
 あの雨の日、柔らかいベッドの中で彼女が息を引き取った。あどけない息子が何度も母の名を呼び、それを彼は無言で抱き留めるしかなかった。あの日、彼の世界から色が消えた。
 色の無い世界で彼はいつしか息の仕方を忘れてしまった。

 荷物の中から声が聞こえた。ラジオだ。取り出してチャンネルを合わせてみると、そこから聞こえてきた物は信じられない物だった。
 彼はペンダントを再び仕舞う。
 息の仕方は忘れてしまったけれど、彼はまだ死んでいない。この色のない世界で唯一の存在、彼の「救い」は、まだ生きている。

           ***

 母の事は今も昔も尊敬している。いつも明るく、優しかった。だからこそ、あの雨の日の事はよく覚えていない。突然彼の世界から「母」が抜け落ち、探しに行っても決して話せない、会えなかった。
 そこからの記憶はあやふやだが、組織で働くようになってからはめっきり故郷に帰らなくなったことは確かだ。正直に言えば寂しかった。しかしそれ以上に、今まで遠い存在であった父の役に立て、父と同じ夢を追いかける事に生きがいを感じていた。
 組織は、父は、彼の「救い」だった。


 今から三年前、シルフカンパニーから撤退命令を下された彼は、会社内を駆け下りていた。まさか父が、ボスが子供一人に負けるなんて。いや、ボスは強い。きっとこの撤退も作戦の内なのだ。
 込み上げてくる不安に彼は必死に言い訳をした。

     ***

 鬱蒼とする森を抜け、彼は顔を上げた。近くに迫る塔。黒いバンギラスの噂を聞いた時、彼はふと思い出した事があった。かつて組織に居た時、机上の空論で終わった「特殊電波によるポケモン強化」計画。あれは確か、あの黒いバンギラス伝説を聞いて生まれた物だ。
 タンバシティを抜けて、いかりの湖のポケモンの噂を聞いた時、彼の中で点と線が繋がった。そして見えてきた物は、コガネシティ。
 つながりの洞窟を抜け、コガネシティにやってきたブラックは呟いた。
「今度こそ、終わらせてみせる」
その後ろを歩くメガニウムは、「戻ってしまった」彼の背中に、複雑な表情を向けるしか無かった。


 早朝、いつものように「ラジオ体操」が流れるはずだったジョウトのラジオ。そこから流れてきたのは。
『こちらコガネラジオ塔。三年間の努力が実り、今ここにロケット団の復活を宣言する! サカキ様! 聞こえますか!? 我々ついにやりましたよ!』

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