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第1章

「クサイハナ、“グラスフィールド”!」

ローザの掛け声と共に彼女のクサイハナの体が光り出す。そこから波紋のように緑の光が広がる。床一面が草原のように輝く。
 すでに先発でアリゲイツを出しているゴールドは、草タイプの登場に若干怯むも、こちらに強い瞳を向けるアリゲイツに頷いてみせた。

「いくぜアリゲイツ! “こおりのキバ”!」

草タイプ対策として覚えさせていた氷技を放つ。冷気を纏ったアリゲイツの牙は、クサイハナの柔らかい体によく食い込んだ。

「畳みかけろ! “きりさく”!」

一旦アリゲイツは口を離した。しかし次の瞬間クサイハナの体に食い込んだのは、今度は鋭い爪だった。
 クサイハナはよろめく。すでに大分体力は削られているはずだ。苦手なタイプでも、攻撃さえ当たらなければどうという事はない。ゴールドは得意げに笑みを浮かべた。

「へへーん、エンジュの時みたいにやっつけてやるからな!」

ビシっと宣言してみせると、ローザは不敵に笑った。

「ふふふ」

次の瞬間、クサイハナの体の震えが止まった。

「この程度で勝利宣言をされちゃあ、つまらないわね」

ゴールドとアリゲイツがふっと目を離した一瞬で、クサイハナはアリゲイツの懐に入っていた。

「なっ! 避けろアリゲイツ!」
「遅いっ! “はなびらのまい”!」

美しい花びら。細かなそれはクサイハナの舞に合わせて空と飛び、アリゲイツの腹部を縦横無尽に切りつけた。

「アリゲイツーッ!」

後ろに倒れ込むアリゲイツをゴールドは受けとめた。タイプ一致の草技を受けたその体は、弱々しく震えていた。二人の前にクサイハナが悠然と立っていた。

「何でクサイハナがあんなに素早く……」

ゴールドが思わず呟いた疑問に、ローザは鼻を鳴らして天井を指さした。そこには一般的な蛍光灯があるだけだ。

「ふふ、クサイハナの特性を教えてあげましょうか」

“ようりょくそ”。日差しが強い時は素早さが上がるというものだ。
 しかし……。

「でも、部屋の中でなんか発動する訳……」
「それは普通のクサイハナ、でしょう? 私の子は特別なのよ」

ローザはクサイハナの顎を恭しく撫でた。その体はまばゆい光に満ちている。明らかに特性は発動している。しかしそもそも日差しが当たらない室内では……。

「せっかくだから種明かしをしてあげましょう」

疑念の視線を送るゴールド達にローザは笑ってみせた。

「このクサイハナは特別なの。蛍光灯のような人工的で弱い光の下でも特性を発生させ、素早く行動が出来る。それはなぜか」

ふふふ、とその笑いはおかしくて仕方ないという嘲笑だった。そしてその顔は、言いようのないドス黒い何かが溢れていた。

「私たちが開発した電波を浴びたのよ」


 インディゴ博士をリーダーとしたその開発は、極めて順調であった。特殊な電波発生器。それにしばらく当たっていれば、体の組織から変化する。進化する。通常ではありえない進化、成長を可能にしてしまえる。
 ずば抜けた個体値、在り得ない特性、そして、色違い。
 ゴールドの脳裏に浮かんだものは、真っ赤な体と轟音、真っ赤な瞳、そして助けを求めて流される涙。

「ま、さか、あのギャラドスは……」

まさか、まさかまさか。
 おまえ、たち、が。
 彼女の声は不気味な程落ち着いていた。

「アレ? もう捨てたわ」

その時、ゴールドの中で何かが切れた。


 グラスフィールドの効果でクサイハナの体の傷はみるみる内に治っていった。

「さてと」

ローザは淡々とアリゲイツの体力を計算していた。後一回“はなびらのまい”を食らわせれば確実だろう。その後にどんなポケモンが待っていようと、グラスフィールドと“ようりょくそ”の恩恵を受けているこのクサイハナは、耐久力と速効性を備えた最強のポケモンだ。負けるはずがない、ローザは鼻を鳴らした。

「クサイハナ、終わらせなさい」

手を振りかざす。クサイハナは再び花びらを体に纏い始めた。アリゲイツが動く気配はない。今攻撃すれば、アリゲイツを支えているあの少年も一緒に切り裂くことになるだろう。
 ま、どうでもいいか。

「“はなびらのまい”っ!」

目にもとまらぬ速さで、花びらが風に舞う。クサイハナの体はアリゲイツ目がけて直進する。
 その時。

「……さねえ」

風を切る音、その中で確かに零された言葉。

「……る、さねえ」

舞い踊る花びらの狭間から覗いた瞳、黄金の瞳。

「許さねえぞおお!」

悪徳を貫く少年の叫び。天まで届かんその声に、隣の相棒は応えた。まばゆい光、進化の輝きがアリゲイツの体から放たれる。

「と、止めなさい、クサイハナッ!」

ローザは構わずクサイハナを突撃させた。花びらがアリゲイツの体を切り裂く。が、その寸での所でクサイハナは止まった。止められた。ゴールドの右手がクサイハナの頭を押さえていた。行き場を失くした花びらは少年の腕を容赦なく切り裂いた。
 血が滴る。けれどもゴールドはその手をどけなかった。黄金の瞳は、「黙っていろ」とクサイハナにぶつけた。
 鋭い鳴き声、高らかに。
 輝きが消えた時、そこに居たのは逞しく成長した姿だった。

「オーダイル」

穏やかにゴールドは呼んだ。彼はゴールドよりも頭一つ分大きくなった事に驚くも、やがてはゆっくり微笑んだ。
 出会いは無茶苦茶だったけれど、苦しい事も楽しい事もずっと一緒に経験してきた相棒。
 ゴールドは相棒に力強く頷いた。

「進化したって体力は変わらないわ! クサイハナ!」

ローザの声に再び花びらを纏うクサイハナ。しかしこの時彼女はある事を失念していた。
 それはゴールドがクサイハナの特性に翻弄されたように。
 オーダイルの特性は“げきりゅう”。

「いっくぞおおおおお!」

ゴールドの掛け声と共にアリゲイツの逞しい尾に、凄まじい水のうねりが生まれる。

「はなびらの……」
「“アクアテール”!」

花びらをかき消す力強い水の一撃。そのままクサイハナは激流に飲まれ、ローザの元へ吹き飛ばされた。

「っぐ!」

クサイハナを受け止め、ボールに収めた。悔しそうに見るローザに、ゴールドは強い黄金の瞳で返す。

「さあ! 発電室のドアを開けろ! ローザ!」

腕から血を流す彼と、その隣には満身創痍のオーダイル。けれどもその姿からは、もうこれ以上は敵わない凄みが感じられた。

「っち……」

舌打ちをし、ローザは近くのパソコンを操作した。そして間もなく『解除しました』という電子音が聞こえた。

「ほら、これで開いたわ」

あっさりとしたその態度に若干ゴールドは戸惑ったが、細かい事はこの際どうでもよかった。後はローザを捕まえるだけだ。ゴールドがそう思い、彼女に詰め寄ると。

「……ふ、言ったでしょう。私は簡単じゃないって」

再びにやりと笑い、彼女は隠し持っていたボールを取り出す。そこから現れたアーボックは、口から“くろいきり”を吐き出した。それはみるみる内に室内に充満して。

「げっほ、げっほ! ま、まて」

ゴールドの制止も虚しく、霧が晴れた頃には彼女の姿は無かった。

「逃げられちまった……」

落胆するゴールドにオーダイルは優しく背中を叩いた。気にするなよ相棒、と言わんばかりだった。その頼りがいのある姿に、ゴールドは思わず笑みをこぼした。


 発電室のドアが開き、ワタルは安堵の息を吐いた。すでに下っ端は全滅させた。後はこの中の発電機を止めてしまえば電波妨害も止まる。カイリューとハクリューの体力を確認し、ワタルはドアをくぐった。
 天井近くまである高く、重厚そうな発電機は、左右に管が伸びている。管の先には何もないが、恐らくここに電気ポケモンを置いて発電させていたのだろう。噂通り下種のような連中だ、とワタルは顔をしかめた。

「っ」

一瞬、背筋を走った悪寒にワタルは一気に臨戦態勢に入った。その姿に拍手を送りながら機械の影から出てきたのは、白衣の老人だった。

「やれやれやっぱり上手くはいかんか」

白衣の胸元にプリントされた「R」の文字に、ワタルは忌々しそうに鼻を鳴らした。

「余裕だな」
「いや。フスベのドラゴン使いを前では足がすくむ」
「それを知っているのなら話は早い」

ワタルはカイリュー、そしてハクリューに合図を送った。彼らは素早くインディゴを取り囲む。

「大人しく外に出てもらおうか」
「ああ、外には出るぞ。だが、まだ介助の必要な年ではないんじゃよ」

ワタルは咄嗟に上を見た。しかし遅かった。頭上に現れたゲンガーは“あやしいひかり”をカイリューに放っていた。カイリューは方向感覚を失い、思わず床に座り込んでしまった。

「ハクリュー! “ドラゴンテール”!」

無事なハクリューに指示をし、ハクリューは瞬時に尾にエネルギーを集中させた。その時、インディゴが冷たく言い放った。

「“ふいうち”」

ゲンガーはハクリューが体をしならせた一瞬の隙をついて強烈なパンチを叩き込んだ。

「くっ!」

瞬時に頭を巡らせ、ワタルは新たなボールを手に取る。
 しかし、次の瞬間にはそのボールは床を転がっていた。どこから現れたのか、覆面の男がワタルの腹部に一撃、肘打ちを食らわせていた。

「がっ、は」

逆流してくる胃の物を何とか押しとどめ、ワタルは体制を立て直そうとする。しかしそんな気持ちを押し返すように、男はワタルの首裏に手刀を振り下ろした。意識が、と、飛。飛びそうなソレを必死に引き寄せる。けれどもそれが精一杯で、次の行動には移せなかった。

「もういい、ジン」

何てこともないようにインディゴは言う。おいで、とゲンガーにも呼びかけた。ゲンガーと寄り添い、インディゴはのんびりとした足取りで発電室のドアをくぐる。
 主人の危機に立ち上がろうとしていハクリュー達だったが、ゲンガーの“さいみんじゅつ”によって眠りに落ちてしまった。
 遠くで少年の声がする。しかしそれに応える者はなく、事件は不気味な静けさと共に幕を閉じていった。
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