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第1章

 ワカバタウンに住む少年、ゴールドの旅は何気ないおつかいから始まった。
ウツギ博士から初めてのポケモン・ワニノコを貰ったゴールドは、彼に頼まれたようにポケモンじいさんの元へ急いだ。ポケモンじいさんがキキョウシティに居るということを道中で聞くと、そのままキキョウジムの門をくぐる。
 ジムリーダー・ハヤトのポケモンを何とか倒したゴールド達だったが、次に繰り出されたポケモンは、その時偶然キキョウシティに降り立ったという伝説の鳥ポケモン・フリーザーだった。
 「試合に負けたくねぇ! でもポケモンも傷つけたくねぇ!」とゴールドは叫ぶ。負けず嫌いと、圧倒的な力の前にワニノコ達を危険にさらしたくないという思いを空へ投げる。
 その瞬間、鈍色の空から一筋の光が降り注いだ。
 キキョウシティに開いたタイムトンネルから現れたものは、一匹のピカチュウだった。
 突然現れたそのポケモンは、まるでゴールドの事を古くから知っているように抱き着き、まるで以前から因縁があるようにフリーザーへ闘志をむき出しにした。
 そしてゴールドとピカチュウ、ワニノコ達の連携技を食らったフリーザーは、満足気な面持ちで飛び去っていった。


 フリーザーとのバトルを終え、ゴールドは見事ウイングバッジを手に入れた。
 その次の日、ようやくポケモンじいさんと会ったゴールドは、彼から奇妙な物を見せられた。

「……なんだ、卵じゃん」

拍子抜けだった。勿体ぶりながら鞄から現れた『新発見』は、妙な柄をした大きな卵だったからだ。

「ただの卵ではないぞ」

ポケモンじいさんは悪戯っぽく笑った。
そしてたっぷりと間を開けて、言う。

「ポケモンの卵じゃ!」
「ええええ!?」

まるで世紀の大発見のように、足元から脳天まで衝撃が走り。
走り、ゴールドはぽつりと言う。

「……んんん? 珍しくない、よな?」

 珍しくなかった。そう、何も珍しいことではなかった。数年前、ポケモンの卵を発見し、世間に公表したのは他でもない、ウツギ博士なのだから。

「なーんだ。ただのポケモンの卵かぁ」

拍子抜けしつつもゴールドは心の奥で釈然としていなかった。何となく、おかしい、つい先ほどまでポケモンの卵なんてまるで存在しないと思っていたのに、ゴールドは首を傾げた。まるでいきなり常識が書き換えられたような。けれどもその疑問が喉元から上がってくる前に、何が疑問かさえ忘れてしまった。
ゴールドそう言われ、ポケモンじいさんも我に返ったかのように答える。

「あ、ああ! ポケモンの卵は珍しくないんじゃが、これはとっても不思議な卵なんじゃよ! だからポケモン進化学専門のウツギ博士に調べてもらいたくての」

そこでじゃ、とポケモンじいさんはゴールドに向き直る。

「これを君に届けてもらいたいんじゃ。おつかいの帰りのついでに」

それを聞いて、ゴールドはほんの一瞬言葉に詰まった。
(んんん、一度ワカバタウンに帰らなきゃならないのか……。まあいっか……)
承諾をしようとしたその時。

「いや、それはわしがウツギ君の所へ届けよう」

マサラタウンに帰る途中じゃ、と隣のオーキド博士が快く申し出た。

「ってことは。このまんまポケモンリーグへの挑戦の旅が続けられるぜ! ラッキー!」

ゴールドは思わず手を大きく空に投げ出した。

「ありがとう! オーキド博士!」
「なあに、一生懸命に励むんじゃよ」

オーキド博士は懐かしげに目を細めた。目の前のゴールドに、赤い帽子の少年の姿を重ね、新たな世代の登場を予感した。

          ***

 ――…エンジュシティで開催されるポケモンサミットに参加するため、コガネジムのリーダー・アカネはポケモン育て屋で手持ちポケモンの選抜をしていた。そんな彼女にゴールドはジム戦をせがむ。

「おいら、この何日かで随分強く育てたんだぜ!?」
「ほんなら、ウチと一緒にエンジュシティに行かへん? ウチとエンジュジムのジムリーダー、二人まとめてバトルできるで?」
「あ、なるほど!」

話がまとまった所で、育て屋を経営する若夫婦がカウンターの奥からやってきた。

「これをウツギ博士に届けてほしいんだ」

若旦那が差し出したのは黄色い卵だった。

「何でもちょっと変わった卵らしくて。サミットには博士も出席するから、届けて欲しいんだ」

よっしゃ任せとき、と言った直後、アカネはにやりと笑った。

「ゴールド、この荷物たのむでぇ」
「さてはおいらを荷物持ちにするつもりで誘ったなぁ」

ぐぎぎ、とゴールドは歯ぎしりをした。しかしそれでも丁寧に卵を受け取るのが彼の良いところだった。

「ん? ピカチュウ、これ珍しいのか?」

カウンターに座っていたゴールドのピカチュウは、身を乗り出さんばかりにその卵を見つめている。

「落としたら大変だからな、お前も丁寧に扱ってくれよ」

落ち着かせるように頭を撫でれば、可愛い鳴き声が帰ってきた。

           ***

 ――…アサギシティのデンリュウに薬を届けるだけの仕事だったはずだ。ゴールドもクリスもそう呟かずにはいられなかった。
 タンバジムの裏庭にはあるポケモンが封印されていた。その昔ジョウト地方を破壊しつくしたとされる、黒い体のバンギラスだ。強力なポケモンを求めた赤毛の少年ブラックは、それを安易にも解き放ってしまった。
 自由になったバンギラスはタンバシティを、ブラックさえも巻き込みながら破壊していった。
「もう終わりじゃ……」
ジムリーダーのシジマが愕然とする中、ゴールドだけは違った。
「おいらは諦めない! バンギラスを止めて、皆を守る!」
破壊される街、傷つくポケモン達を前にしても輝く黄金の瞳は、街のトレーナーも、ブラックさえも奮い立たせていった。


黒い巨体がボールの中へ吸い込まれていく。それが完全に収まれば、真っ赤な夕暮れが皆の目に飛び込んできた。今まで出会ってきた人々、立ち向かってきた困難、それらは全て無駄では無かったと、一人の少年トレーナーに語り掛ける。
 それを噛みしめ、腕の中にある確かなぬくもりを抱きしめた。九月十四日の夕日は涙が出るくらい綺麗だった。


 その日、ゴールドは夢を見た。
 夢だと分かったのは、そこに広がっていた景色が、今まで見た事が無いほど突飛で、美しかったからだ。
 一面の花が風に揺れている。彼の体は羊水のような温かさに包まれ、空中をふわふわと泳いでいた。
 流れていく彼の手を、真っ白な手が引っ張った。まどろんでいたゴールドは、ゆっくりと手の方へ顔を向けた。
 ゴールドが向こうへ流されないようにと引っ張っていた者は、姿が見えなかった。白い靄に包まれながら、赤い瞳だけが二つ、輝いている。
 だれ、というゴールドの問いかけに答えはない。赤い双眸が細められ、微笑まれているのだとぼんやりと理解する。

「行こう。夏休みの向こう側へ」

男性の声が頭の中に凛と響き、ゴールドはおもむろに頷いた。

          ***

 ゴールドは目を覚ます。
 九月十五日。
 終わってしまった夏休みの向こう側へ。
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