ちょっとした小咄
ただ、想いを伝えることができれば
それ以上に簡単なことなんてないのだろう
頭の中を満たしていた優しい歌声が、ぷつんと途切れる。
瞬間、自分の鼓膜には音が洪水のように流れ込んできた。
笑い声、食器の触れ合う音、コーヒーを入れる機械の音、ミルクのスチームの音、ヒールが床を叩く音。
そして、目の前の椅子が引かれ、ぎしりと軋む音。
飛び込んでくる現実に千石は眉を顰め、そしてのろのろと視線を上げる。
「待たせたな」
そこには、先程まで自分が耳に突っ込んでいたイヤホンを片手に不敵に笑う男の姿があった。
恐ろしく整った顔に綺麗な茶色い髪。鋭い眼光。
それは千石の待ち人である、跡部景吾その人である。
「遅い」
「しかたねえだろ、てめえの学校と違って練習が忙しいんだ」
「いやいや、うちだって結構頑張って練習してますけどね」
「ここでのんびり寝てる暇があるってことは練習量、足りてねえんじゃねえの?そんなんで今年、ウチに勝てんのか」
「そりゃあ今年は地味ーズと俺に加えて秘密兵器も加わったからね。大丈夫大丈夫」
「そうかよ」
次の大会、楽しみだな。
跡部はそういうとにやりと笑う。
その余裕な笑みは、まあ千石が幾ら強くなろうが、山吹に氷帝が負けるとは全く思っていなさそうだった。
悔しいと思いつつ、それでも総合力は氷帝の方が上だしな、と思ってしまう自分も大概だ。
「で、今日はどうした」
手に持っていたイヤホンを千石の前に置きながら跡部は少し真剣な顔で千石のことを見やる。
それもそうだ、いきなり近くもない学校の千石から「今日、どうしてもテニスがしたいから付き合って。駅前のコーヒーショップで待っているから」なんてメッセージが来たらさすがの彼でも心配はするだろう。
千石はそんな跡部にへらりとした笑みを向ける。
「ん~それがね、フラれちゃったんだよね、青学の女の子に」
「・・・は?」
「すっごいかわいい子だったからちょっと、さすがの俺でもショックでさー」
「よりによって青学かよ、趣味が悪ィ」
「青学の制服可愛くない?俺は好きだけどなー」
「それにしても女にフラれた憂さ晴らしに俺様とテニスとは、相変わらずいい度胸してるじゃねえの」
跡部はそういうと、呆れた、いう風にため息を吐く。
そんな跡部にあはは、驚かせてメンゴ、と笑いながら千石は心の中で嘘だけど、と呟く。
こうやって千石が跡部を呼び出すのは実は初めてではなかった。
はじめは、負けて悔しいからテニスの特訓に付き合って欲しい、だったと思う。
どうしても彼に会いたくなって、必死に口実を考えた。そしてテニスを口実に彼を誘ったのだった。
テニスなら、テニスを使えば彼は自分に会ってくれるだろうと思ったから。
自分がとても大切にしているテニスをだしにするのは少し、心が咎めた。
しかし、それでもいいから彼に会いたいと思った。
そんな自分の感情に驚いたのも、もうかなり前だ。
特訓の口実も白々しく思えてきたときに、次に使ったのは南と喧嘩した、むしゃくしゃするから憂さ晴らしをしたい、だったか。
特訓に比べれば、切実さもかけらもない。それでも彼は付き合ってくれた。時間を割いてくれた。
欲が出た、といっていいだろう。
無い知恵を絞って重ねていく口実。くだらなさが増していく理由に、それでも彼は付き合ってくれる。
その優しさに、千石は甘え続けているのだった。
その真意を、彼の真意を、確かめる勇気もないままに。
そんなことをぼんやりと思っていると、徐に跡部が立ち上がった。
その手にはラケットバック。
そしてにやりと、不敵な彼の笑み。
「てめえの下らねえ話を聞く気はねえ、さっさと行くぞ」
「え~ちょっとくらい付き合ってよ」
「付き合わねえ、時間の無駄だ」
俺様と、テニスやりてえんだろうが、ばーか。
そう言うと跡部は店の出口に向かって歩き出した。
全く千石を待つでもなく、混んだ店内をするすると進んでいく跡部に千石は慌てて立ちあがる。
「ちょっと待ってよ」
このくだらない自分のたくらみも、いつかは彼にバレるのかもしれない。
既にバレていて、それを今は彼が楽しんでいるだけなのかもしれない。
少しでも、一分でも、一緒に居られるようにと。
+++++++++++++++++
某名曲のオマージュです。
聞いた瞬間、あの曲しか出てきませんでした。
それ以上に簡単なことなんてないのだろう
milk tea
頭の中を満たしていた優しい歌声が、ぷつんと途切れる。
瞬間、自分の鼓膜には音が洪水のように流れ込んできた。
笑い声、食器の触れ合う音、コーヒーを入れる機械の音、ミルクのスチームの音、ヒールが床を叩く音。
そして、目の前の椅子が引かれ、ぎしりと軋む音。
飛び込んでくる現実に千石は眉を顰め、そしてのろのろと視線を上げる。
「待たせたな」
そこには、先程まで自分が耳に突っ込んでいたイヤホンを片手に不敵に笑う男の姿があった。
恐ろしく整った顔に綺麗な茶色い髪。鋭い眼光。
それは千石の待ち人である、跡部景吾その人である。
「遅い」
「しかたねえだろ、てめえの学校と違って練習が忙しいんだ」
「いやいや、うちだって結構頑張って練習してますけどね」
「ここでのんびり寝てる暇があるってことは練習量、足りてねえんじゃねえの?そんなんで今年、ウチに勝てんのか」
「そりゃあ今年は地味ーズと俺に加えて秘密兵器も加わったからね。大丈夫大丈夫」
「そうかよ」
次の大会、楽しみだな。
跡部はそういうとにやりと笑う。
その余裕な笑みは、まあ千石が幾ら強くなろうが、山吹に氷帝が負けるとは全く思っていなさそうだった。
悔しいと思いつつ、それでも総合力は氷帝の方が上だしな、と思ってしまう自分も大概だ。
「で、今日はどうした」
手に持っていたイヤホンを千石の前に置きながら跡部は少し真剣な顔で千石のことを見やる。
それもそうだ、いきなり近くもない学校の千石から「今日、どうしてもテニスがしたいから付き合って。駅前のコーヒーショップで待っているから」なんてメッセージが来たらさすがの彼でも心配はするだろう。
千石はそんな跡部にへらりとした笑みを向ける。
「ん~それがね、フラれちゃったんだよね、青学の女の子に」
「・・・は?」
「すっごいかわいい子だったからちょっと、さすがの俺でもショックでさー」
「よりによって青学かよ、趣味が悪ィ」
「青学の制服可愛くない?俺は好きだけどなー」
「それにしても女にフラれた憂さ晴らしに俺様とテニスとは、相変わらずいい度胸してるじゃねえの」
跡部はそういうと、呆れた、いう風にため息を吐く。
そんな跡部にあはは、驚かせてメンゴ、と笑いながら千石は心の中で嘘だけど、と呟く。
こうやって千石が跡部を呼び出すのは実は初めてではなかった。
はじめは、負けて悔しいからテニスの特訓に付き合って欲しい、だったと思う。
どうしても彼に会いたくなって、必死に口実を考えた。そしてテニスを口実に彼を誘ったのだった。
テニスなら、テニスを使えば彼は自分に会ってくれるだろうと思ったから。
自分がとても大切にしているテニスをだしにするのは少し、心が咎めた。
しかし、それでもいいから彼に会いたいと思った。
そんな自分の感情に驚いたのも、もうかなり前だ。
特訓の口実も白々しく思えてきたときに、次に使ったのは南と喧嘩した、むしゃくしゃするから憂さ晴らしをしたい、だったか。
特訓に比べれば、切実さもかけらもない。それでも彼は付き合ってくれた。時間を割いてくれた。
欲が出た、といっていいだろう。
無い知恵を絞って重ねていく口実。くだらなさが増していく理由に、それでも彼は付き合ってくれる。
その優しさに、千石は甘え続けているのだった。
その真意を、彼の真意を、確かめる勇気もないままに。
そんなことをぼんやりと思っていると、徐に跡部が立ち上がった。
その手にはラケットバック。
そしてにやりと、不敵な彼の笑み。
「てめえの下らねえ話を聞く気はねえ、さっさと行くぞ」
「え~ちょっとくらい付き合ってよ」
「付き合わねえ、時間の無駄だ」
俺様と、テニスやりてえんだろうが、ばーか。
そう言うと跡部は店の出口に向かって歩き出した。
全く千石を待つでもなく、混んだ店内をするすると進んでいく跡部に千石は慌てて立ちあがる。
「ちょっと待ってよ」
このくだらない自分のたくらみも、いつかは彼にバレるのかもしれない。
既にバレていて、それを今は彼が楽しんでいるだけなのかもしれない。
少しでも、一分でも、一緒に居られるようにと。
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某名曲のオマージュです。
聞いた瞬間、あの曲しか出てきませんでした。
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