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勿忘草

あの人が京へ上って、あっという間に過ぎた年月。
約束通り、欠かすことなくたくさんの文を書いてくれた。
淋しくなかったといえば嘘になるけれど、
遠く離れた都で頑張っている姿が目に浮かぶようで、
私もなんとか笑って過ごすことができていた。

なのに、突然その便りが途切れた。
一気に不安で押しつぶされそうになる。
まさか、何かあったんじゃ……。
こちらからの文にも、誰からも返事はない。
何度目かの眠れぬ夜を繰り返した、ある日。

「相変わらず、仕事に精が出るな。」

ふと声を掛けられて、ほうきの手を止める。
だって、その声の主は……

「悪いな、しばらく連絡できなくて。」

他でもない、誰よりも会いたかった平助さんだったから。
ぱたり、とほうきが地面に倒れる。
駆け寄ってきた彼に、抱きしめられた。
久しぶりのぬくもりに、涙が溢れる。
それを察したのかはわからないけれど、平助さんは私の頬に手を添えると、
言葉を紡ぐ前に唇を自分のそれで塞いでしまった。
何度も何度も、角度を変えて触れては離れを繰り返す。
次第に酸素不足になった私の膝が、がくりと崩れた。

「……っはは、悪い。我慢、出来なかった。」

そう苦笑する彼の表情には、それでも全然物足りないと書いてある。
口には出さないけれど、もちろん私も。
足りるはずなんて、ない。
ぎゅっと平助さんの袖を掴むと、何も言わなくても何かが通じたようで、
ひらりと横抱きにされ、私は試衛館の奥、
かつて彼が自室として使っていた部屋まで連れていかれる。
そっと床に降ろされたかと思ったその瞬間には、
また口づけの嵐でなにも考えられなくなる。

そうして、どれほどの時間が過ぎただろう。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていて、
ふっくらとしたお饅頭みたいな月が浮かんでいた。
相変わらず、私は平助さんの腕の中にしっかり抱きしめられている。
ふわりと流れた風が彼の前髪をなぞると、
その下に未だ新しい刀傷が見えた。

「……あぁ、これか?池田屋で……ちょっとな。」

京の池田屋に新選組が押し入って、不逞浪士の企てを阻止したことは、こちらに噂で伝わっていた。
けれど、彼がこんなに大けがをしていたなんて。

「しばらく連絡が出来なかったのは……これのせい。
 でも、もうすっかり大丈夫だから、心配すんな。」

目の前で微笑む彼が、どれだけ危険な場所に身を置いているかということを
今改めて実感してしまって、急に怖くなった。
もしまた同じようなことがあったら、と。

「なんでお前、泣きそうな顔してんだよ。俺は、ちゃんとここにいるだろ?」

抱きしめられる腕に力が込められる。

「そんなことより……もっとしたいことあるんだけど。」

私の不安を拭うように、そっと額に口づけがひとつ。

「お前のこと、もっともっと愛したい。今まで会えなかった分も、それ以上も。」

その言葉を受け入れるように、小さく頷く。
ありがとう、と愛おしさでいっぱいの言葉が耳朶をくすぐった。
夜空に浮かぶ月だけが知っているこの時間が永遠であればいいと、願わずにはいられなかった。


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