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刀剣乱舞

当たり前だと思っていた日常が、こんな簡単に壊れるなんて。
夢にも思わなかった。

***

いつもの時間に布団から出て、いつものように光忠が作ってくれたお味噌汁を口に運ぶ。
あ、今日はわたしの好きななめこのお味噌汁だ。
なんて小さな幸せを噛み締めていると、急に廊下がばたばたと騒がしくなる。
数秒後には血相を変えた清光が飛び込んで来た。

「あっ、あるじ・・・たいへん・・・!」

なにがと聞き返す前に、もうその異質なモノたちはわたしの目の前にずらりと並んでいた。
黒いスーツに身を包み、感情の読み取れない能面みたいな顔の男たち。
それはすなわち、政府の人間だ。

「おはようございます、審神者様」
「何の御用、ですか・・・?」
「さきほど、時間遡行軍が全て消滅したことが確認されました。よって、こちらの本丸は明日の朝には解体されることとなっております。」

身辺の整理をお願いしますとだけ恭しく頭を下げて、言いたいことだけ好き勝手に言って、政府の人間たちはすぐに踵を返して行った。
正直、何が起こったのか全く理解できない。
時間遡行軍が、消えた?
遠征に出ている部隊もまだ帰ってきていないのに?
そんなことがあるだろうか。

「大将、オレたち・・・どうなるんだ?」

厚が不安そうにこちらを見てくる。
たった1枚残された紙切れに、これからの本丸と刀剣男士たちの処遇が箇条書きで書かれていた。

『所定の時刻までに刀剣男士は、もれなく刀解すべし』

震える声で読み上げる。
諦めたようにため息をつく太刀や打刀。
主と離れたくないと泣きじゃくる短刀。
ただ無言で受け入れる大太刀や薙刀。
反応は各々だった。
わたしは、涙でぐちゃぐちゃになった信濃や秋田、今剣たちをぎゅっと抱きしめて、涙がこぼれないよう笑顔で隠した。

***

そして、その日の夜。
あんなに賑やかだった本丸から、音が消えていた。
縁側に一人座り込み、皮肉なくらい美しい満月を見上げる。

「最後に月見たぁ、随分と雅だねぇ」

背後にふっと人影が出来た。
この本丸に残された、最後の一振。
長きに渡り近侍を務めていた、鶴丸国永だ。

「なんだか・・・あっという間だったわね」
「そうさなぁ」

もう長いこと審神者でいたような気もするが、季節はまだ四周しか巡っていなかった。

「鶴丸・・・いままで本当にありがとう」

右も左もわからないわたしを、一人前の審神者に育ててくれたのは間違いなく彼だ。
感謝の言葉はきっと尽きることはない。

「そんな言葉より、俺は君の本心が聞きたいね」

ふわりと隣に腰掛けて、おいでと手招きするように鶴丸は両手を広げて見せる。
ぜんぶ、お見通しなのだ。
ここにはもう、誰もいない。
人目もはばからずに彼の腕の中に飛び込んだ。
抱きしめてくれるぬくもりは確かにここにあるのに、それもあと数時間で失わなければならないなんて。

「・・・いやだ・・・いやだよ・・・!つる、まる・・・ッ・・・」

抑えていた涙が、堰を切ったように溢れて止まらない。
嗚咽で息が上手く吸えない。
そんなわたしをただ、鶴丸は優しく抱きしめてくれた。

「離れたく、ない・・・!!ほんとは、みんな、とも・・・!!」
「君は俺たちを大事にしてくれたからなぁ。ありがとう」
「・・・おね、がい・・・鶴丸・・・ッ・・・いかない、で・・・!!」

ぐしゃりと襟元を掴んで、涙で濡らす。
そんなわたしの顎に彼はそっと触れて、少しだけ上を向かせる。
涙で歪む視界の先に、大好きな鶴丸の顔。
少し困ったような、笑顔。
また涙が溢れて頬を伝った瞬間、お互いの唇が重なった。
何度も何度も、触れては離れてを繰り返す。

「・・・主・・・いや、」

消えそうな声で、彼だけが知るわたしの真名を呼んでくれた。

「出来ることなら、今すぐ君を攫ってしまいたい」
「・・・鶴丸・・・」
「・・・愛してる」

また小さく名前を呼ばれて、口付けを交わす。
いつまでも、いつまでも。

***

「審神者様、お時間です」

再び政府の人間がやってきたのは、きっかり昨日と同じ時間。
玄関先で迎え入れたわたしの隣に立つ鶴丸国永を見て、連中はただ一言、規則ですのでと言い放った。
一瞬なんのことか分からなかった。
呆然とするわたしのことなどまるで見えていないように、黒スーツの男たちは問答無用で鶴丸を掴み、引きずり出した。

「ちょっと!鶴丸に乱暴しないでよ!」
「審神者様、規則ですので」

冷酷に繰り返し、追いかけようとするわたしをいつの間にか背後に立っていた大男が羽交い締めで止める。
その隙に、鶴丸もまた抵抗しきれないほどの大男に抱えられて、一本また一歩と本丸から、わたしの傍から離れていった。

***

「・・・鶴丸ーーーーーーッ!!」

思い切り叫んで、がばりと身を起こす。

「・・・あ、れ・・・?」

あたりは見慣れたいつもの自室。
隣には真ん丸に目を見開いた、鶴丸国永。

「どうした?変な夢でも見たかい?」

これは予想以上の驚きだと、彼はにこにこしながら頭を撫でてくれる。
よかった・・・夢、だった・・・。
一気に力が抜けて、ぽすんと鶴丸の腕の中に飛び込む。
それをいつものように、両腕ですっぽり包んでくれた。
規則正しい心音が、ここに生きていることを証明してくれている。
あの時掴めなかった手は、幻。

「主〜そろそろ朝ごはん・・・って、お取り込み中?」

ひょっこり顔を覗かせてきた清光が、呆れ顔で笑った。

「俺が後で連れていくから、光坊にはもう少し遅れると伝えといてくれ」
「はいはい、どーぞごゆっくり〜」

鶴丸の言葉で大体の状況を把握したこの出来た初期刀は、苦笑いと共に部屋を後にした。
しょうがないなぁな清光の大きなため息は聞こえたけれど。


これがいつも通りの風景だ。

わたしの大好きな、この本丸の。
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