時計の針がてっぺんを越えてしばらくした頃、オレはようやく家に着いた。
今日はもともと森下師匠の家で飲んでくると言ってあるから、あいつはもう寝ているだろう。
静かにドアを開けて、なるべく足音を立てないようリビングへ向かった。
ダイニングテーブルに置かれている、ラップに包まれた夜食のおにぎりと千颯からのメモ。

『おかえりなさい。お腹空いてたら食べてください。』

相変わらず、なんの変哲もない付箋に書かれた文字。
でも、そこがあいつらしい。
そっと付箋をなぞると無意識に表情が緩んだ。
荷物は適当に足元に放置して、ありがたく夜食にありつくことにした。

「…ん、んま。」

程よく塩気の効いた鮭おにぎり。
小腹が空いたときにはちょうどいい。
もぐもぐと咀嚼しながら手を伸ばしてペンとメモを取る。
片手でペンを走らせるものだからいつもよりも汚い字になってしまうけど。

『遅くなってごめん。うまかった。ごちそうさま』

こうやってメモでやりとりするのは中学の頃を思い出す。
プロ試験間際まで、授業に出られないオレのために千颯がまとめのノートを作って毎週届けてくれていた。
お互いの苦手な科目に一言を書いたメモを貼るなんて、今思えば甘酸っぱいような気恥ずかしいような。
若かったなぁなんて、つい苦笑い。

「ほんと…あいつには助けてもらってばっかりだな…」

一緒に暮らすようになってずいぶん経つけれど、未だに千颯が弱音を吐くところを見たことがない。
いつも笑顔でおかえりって迎えてくれて、その時一番欲しい言葉をくれる。
オレは少しでもあいつに返せているのかな。
そんなことを考えながら最後の一口を放り込んで、ごくんと飲み込んだ。
そして手早く片付けて簡単にシャワーだけ浴びて布団に入る。
規則正しい寝息を立てる彼女を抱き寄せて、ゆっくりと目を閉じた。

ちょうど明日は休みだ。
千颯をめいっぱい甘やかしてやろう。