ヒカルの碁
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こうして、奇妙な縁で繋がった二人の共同生活が始まった。
別に特別な何かをするわけでもない。
朝同じ布団で起き、同じテーブルで食事をし、そしてまた同じ布団で眠る。
時間があれば千颯が好みそうな場所へ出かけたりもした。
とはいえ、年頃の女の子が興味を持ちそうな場所には疎いにも程があるということは自覚しているので、棋院で和谷や進藤と顔を合わせる度に何かしらの相談をしていた。
彼女できたの?!と興味津々に詮索されることと引き換えに。
クリームが山盛りのパンケーキ。
行列のできるタピオカミルクティー
虹色のホットサンド
二人からもらった情報の場所はほぼ制覇したと思う。
行くたびに彼女が目を丸くして驚いたり楽しそうに笑ったりしていたから、まぁいいかと勝手に納得していた。
それからしばらくして、千颯は海を見にいきたいと言い出した。
沖縄か、はたまた海外かとすぐさま旅行の算段をつけていると、呆れたように近場でいいよと笑われた。
「……本当に、ここで良かったのか?」
「うん、ここでいい。」
結局やってきたのは、夜の江ノ島だった。
真っ暗で、人気などどこにもない。
ただ、波の音と少し離れた場所からの車の音だけが響いている。
履いていたサンダルを脱ぎ捨てて、波打ち際をぱしゃぱしゃと蹴って千颯は遊んでいる。
一瞬大きな波が押し寄せて、それに足を取られてぐらりと体が傾く。
慌てて腕を伸ばして抱き止めると、それですらおもしろおかしくてたまらない、と言わんばかりに笑っていた。
やれやれと苦笑いを零すと、ゆっくりお互いの視線が交わった。
どうしたらいいのか迷って、でもこうすることが正解のような気がして。
どちらからともなく、唇を重ねた。
触れるだけのそれを繰り返し、物足りなくなって少し強引に求める。
そして初めて、彼女を抱いた。
近くのホテルに駆け込んで、そのまま無我夢中だった。
ロマンチックのかけらもない、いかにも寂れた一室で。
ぎしぎしと軋むスプリングの音がうるさい。
シーツの海を泳ぐ千颯の甘い声だけを聞いていたのに。
吐息を含んだ鼻に抜けるような嬌声が、とてつもない速度で理性をぶち壊していく。
まだ、たりない。
もっと、もっと。
互いの名前を何度も呼び、ただひたすらに求め合った。
時間も場所も現実も全て放り投げて。
それが、千颯との最後の思い出だった。
●○●○●○
どうやって家に帰ってきたのか、記憶が全くない。
呆然とした覚束ない足取りで、ふらふらと彷徨うように辿り着いた。
ふと、ダイニングテーブルに一通の封筒を見つける。
上手く力の入らない手でなんとか封を切ると、それはいなくなってしまった彼女からの手紙だった。
慎一郎くん
いままでほんとうにありがとう
こんな私を見つけてくれて
たくさんの幸せをくれて
本当に 嬉しかった
もしまたどこかで会うことがあったら
その時は ちゃんと君の隣に立てたらいいな
ほんとうに ありがとう
震える声で彼女からの最後の言葉を読み進め、全身の力ががくんと抜けた。
この時は気がつくことができなかったが、「ありがとう」は一度書き直した跡があった。
目を凝らしてよく見ると、「だいすき」と読める。
「……俺も……あい、してた……よ……」
ようやく自分の本心に気が付いた。
どうしてもっと早くに伝えることができなかったのだろう。
それができていれば、あるいは。
しかし、全てはもう後の祭り。
どれだけ後悔しても嘆いても、彼女は戻ってこないのだから。