ヒカルの碁
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「……むり!緊張して書けない!」
目の前に出された白い紙。
ほんの数行ペンを走らせればいいだけなのに、この用紙が持つ意味を考えると、どうしても進まない。
「バカだなー。名前書くだけだろ?ほら貸せって。」
私の前からひらりとそれを奪うと、彼はいとも簡単に名前を記して、あっという間に印鑑まで押している。
「はい、次お前の番。」
「え……いや、だから……」
たかが書類一枚だけれども。
今まで口約束みたいな私たちの関係が、正式な契約になるんですよ?!
それなのに、どうしてそんな簡単にいともあっさりと書けてしまうのだろう。
彼の思考回路が理解できなくて、ついじっと視線を送る。
「……ん?いいよ、別に千颯はゆっくりでも。」
「え?」
「ちゃんと書いてくれるまで、待ってる。」
急に真剣な面持ちに変わるものだから、生半可な気持ちじゃなくて、もうすっかり覚悟が決まってるから出来ることなのだと実感する。
もちろん、私だって覚悟がないわけじゃない。
そうでなくちゃ、今薬指に輝くこれを受け取れるはずがない
改めて、大げさに深呼吸をひとつしてから、もう一度ゆっくりペンを走らせた。
「……できた!」
しばらくして、無事に印鑑をまっすぐ押せたことに満足すると、彼もどことなくほっとしたような顔でサンキュと笑った。
「んじゃ、早いとこ出しに行くか!」
「え?もう行くの?これから?」
「善は急げって言うだろ?」
勢いよく席を立ったかと思えば、普段からは想像できないくらいの手際の良さでさくさく支度を進めていく。
対する私は、ぽかんと口を開けたまま座っていることしか出来なくて。
「何やってんだ、置いてくぞ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
半ば追い立てられるように荷物を掴んで、家を飛び出す。
近くの役所までは、車に乗ればそう遠くない。
あれよあれよという間に諸々の手続きも終わってしまい、気がつけば役所の人におめでとうございますと送り出されているところだった。
「あっという間……だったね。」
「お前ぼーっとしてたもんな。」
「誰のせいよ!あんなに急かすから!」
「嘘だってー。悪ィ悪ィ、怒るなよ。」
つい思わず彼のことをぽかぽか叩いてしまったけれど、本当はわかってる。
明日から彼はまた大事な対局をいくつも控えている。
この日を逃したら、ここに来られるのはずっと先になってしまってもっと先延ばしになってしまうからこそ、あれだけ急かしてまでやってきたのだろう。
「……千颯。改めて、よろしく。」
「こちらこそ……不束者ですが、よろしく、お願いします。」
なんだか畏まるのも不思議だけど、お互いにそうするのが正解な気がして、どちらからともなく顔を見合わせて、笑った。
そして、帰り道。
「なぁ、さっきから誰にメールしてんの?」
助手席でずっとスマホにかじりついているわたしの手元を、赤信号で止まったついでに彼は覗き込んでくる。
「んー……?伊角さん。」
今まで散々相談に乗ってもらってきたし、これからもきっとご厄介になるのだろうから、最低限の報告くらいはと思って連絡をしていたのだけれど。
いよいよ発進間近になってしまって、ハンドルを握る彼はずっと黙ったまま、それ以上なにも言って来なくなった。
「なに?なんか拗ねてんの?」
「拗ねてねェよ。」
別に私が伊角さんと連絡を取ることなんて珍しいことじゃないのに。
なにがそんなに不機嫌になっているんだろう。
「お前って……や、なんでもない。」
半ば諦めたように、それでいてなんだか嬉しそうな。
いろんな感情を含んだ笑みを向けてくるものだから、せめて言いかけたことくらいは教えなさいと詰め寄ってみる。
「わーった、教えてやるよ。」
あと十年くらいしたらな、なんて続けられて。
なによ、と私は膨れっ面になる。
きっと、これからもずっとこんなやりとりを続けていくんだろう。
不意にそんなことが過って、笑顔になった。
それはまた、二人同時に。
目の前に出された白い紙。
ほんの数行ペンを走らせればいいだけなのに、この用紙が持つ意味を考えると、どうしても進まない。
「バカだなー。名前書くだけだろ?ほら貸せって。」
私の前からひらりとそれを奪うと、彼はいとも簡単に名前を記して、あっという間に印鑑まで押している。
「はい、次お前の番。」
「え……いや、だから……」
たかが書類一枚だけれども。
今まで口約束みたいな私たちの関係が、正式な契約になるんですよ?!
それなのに、どうしてそんな簡単にいともあっさりと書けてしまうのだろう。
彼の思考回路が理解できなくて、ついじっと視線を送る。
「……ん?いいよ、別に千颯はゆっくりでも。」
「え?」
「ちゃんと書いてくれるまで、待ってる。」
急に真剣な面持ちに変わるものだから、生半可な気持ちじゃなくて、もうすっかり覚悟が決まってるから出来ることなのだと実感する。
もちろん、私だって覚悟がないわけじゃない。
そうでなくちゃ、今薬指に輝くこれを受け取れるはずがない
改めて、大げさに深呼吸をひとつしてから、もう一度ゆっくりペンを走らせた。
「……できた!」
しばらくして、無事に印鑑をまっすぐ押せたことに満足すると、彼もどことなくほっとしたような顔でサンキュと笑った。
「んじゃ、早いとこ出しに行くか!」
「え?もう行くの?これから?」
「善は急げって言うだろ?」
勢いよく席を立ったかと思えば、普段からは想像できないくらいの手際の良さでさくさく支度を進めていく。
対する私は、ぽかんと口を開けたまま座っていることしか出来なくて。
「何やってんだ、置いてくぞ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
半ば追い立てられるように荷物を掴んで、家を飛び出す。
近くの役所までは、車に乗ればそう遠くない。
あれよあれよという間に諸々の手続きも終わってしまい、気がつけば役所の人におめでとうございますと送り出されているところだった。
「あっという間……だったね。」
「お前ぼーっとしてたもんな。」
「誰のせいよ!あんなに急かすから!」
「嘘だってー。悪ィ悪ィ、怒るなよ。」
つい思わず彼のことをぽかぽか叩いてしまったけれど、本当はわかってる。
明日から彼はまた大事な対局をいくつも控えている。
この日を逃したら、ここに来られるのはずっと先になってしまってもっと先延ばしになってしまうからこそ、あれだけ急かしてまでやってきたのだろう。
「……千颯。改めて、よろしく。」
「こちらこそ……不束者ですが、よろしく、お願いします。」
なんだか畏まるのも不思議だけど、お互いにそうするのが正解な気がして、どちらからともなく顔を見合わせて、笑った。
そして、帰り道。
「なぁ、さっきから誰にメールしてんの?」
助手席でずっとスマホにかじりついているわたしの手元を、赤信号で止まったついでに彼は覗き込んでくる。
「んー……?伊角さん。」
今まで散々相談に乗ってもらってきたし、これからもきっとご厄介になるのだろうから、最低限の報告くらいはと思って連絡をしていたのだけれど。
いよいよ発進間近になってしまって、ハンドルを握る彼はずっと黙ったまま、それ以上なにも言って来なくなった。
「なに?なんか拗ねてんの?」
「拗ねてねェよ。」
別に私が伊角さんと連絡を取ることなんて珍しいことじゃないのに。
なにがそんなに不機嫌になっているんだろう。
「お前って……や、なんでもない。」
半ば諦めたように、それでいてなんだか嬉しそうな。
いろんな感情を含んだ笑みを向けてくるものだから、せめて言いかけたことくらいは教えなさいと詰め寄ってみる。
「わーった、教えてやるよ。」
あと十年くらいしたらな、なんて続けられて。
なによ、と私は膨れっ面になる。
きっと、これからもずっとこんなやりとりを続けていくんだろう。
不意にそんなことが過って、笑顔になった。
それはまた、二人同時に。