進藤と塔矢の対局の大盤解説を任され、慣れない緊張もあって、家に着く頃にはもうへとへとだった。
少しでも早く帰って千颯の顔が見たい。
そんなことをぼんやり考えながら、手早く靴を脱ぎ、その場にばさりと乱暴気味に荷物を置いてリビングへと急ぐ。
彼女はソファの上に体育座りをして、じっとテレビを眺めていた。

「……？なんかあったのか？」
「……別に。」

ぶすっと仏頂面でこちらを見ようともしない。
隣に腰を下ろすと、避けるように背を向けてきた。

「……可愛い子と仕事でよかったね。」

ぽつりと呟くような彼女の言葉は予想外すぎて、なんのことだか全然分からない。
決してすっとぼけたつもりはないのだが、その反応が逆効果だったらしい。
眉間に思いっきり深い皺を刻んで、じっとりとした視線を送られる。

「今日の大盤解説。可愛い子と並んでやってたじゃん。」
「あ？あ……あぁ、あのアシスタントの。」

確かにモデルもやっているとか言っていたから、世間一般的には可愛い部類なのかもしれないが、名前すらうろ覚えだし顔もほとんど記憶にない。

「義高は、さ……本当はあの子みたいなのが好みなんでしょ？」

ぶちぶちネガティブな言葉を繰り返し、最終的には家にいるのがわたしみたいなのですいませんね、などと言い出した。
要するに……これは千颯からの嫉妬？

「……はぁ。いいからお前ちょっと黙れ。」

ぐっと肩を引いて強引にこちらを向かせ、そのまま彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
驚いて離れようとされるけど、そんなことはさせない。
もっと強く抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。

「誰がお前じゃ不満だって言ったんだ？」
「だって……あんなに楽しそうに……」
「あれはただのテレビ用だって。」

カメラの前で、しかも全国中継される番組なのだから、そこで仲悪そうに解説など出来るわけがない。
ただのパフォーマンスだといくら説明しても、千颯の表情は一向に明るくならない。

「あーもう！いい加減わかれよ！」
これ以上どう言えばいいのか分からなくて、結局行動で示すしかない。
がばっとソファに押し倒して、半ば無理やり視線を交える。

「早く帰ってこようって思うのも、会いたいって思うのも……キスしたいって思うのも！全部！千颯だけだって！」

突然声を荒らげたことに驚いたのか、目を丸くして彼女は固まる。

「それ……ほん、と？」
「オレがこんな時に嘘つくかどうかくらい、考えなくてもわかるんじゃねーの？」

決して短い付き合いではないのだから。

「……ごめん」

先ほどのネガティブな言葉に縛られていたところから一転して、叱られた子どものように千颯はしゅんと肩を落とす。
違うんだ、そんな顔をして欲しいわけじゃなくて。

「お前はオレの……彼女、なんだから、心配することなんかなんもなってこと。」

壊れ物でも扱うようにそっと抱きしめると、何も言葉はないけれど彼女からもぎゅっと抱きしめ返してきた。
そして、ずっと抱えていたものを消えそうな声に乗せる。

「……ここのとこ、帰ってきても全然、話もしてくれなかったから……どうしても、不安になっちゃって……」

自分がここにいる価値がどれだけあるのだろうか。
不必要のお荷物なのではないか。
そこまで考え込ませてしまっているとは、さすがに気がつかなかった。
いや、気づかせないように振舞っていてくれていたのだ。

「ばかだな。オレには千颯しかいねーよ。いまも、これからも」

もう一度唇を重ねた。
何度も何度も、呼吸すら奪うみたいに。