ヒカルの碁
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「ふぅ……おつかれ。」
手にしていた最後の碁笥の蓋を閉じて、二人同時にほっと息をつく。
プロになって数十年が過ぎ、和谷は星やタイトルを奪い合う生活から、街の碁会所の主となっていた。
あの張り詰めた空気の中に身を置くのも悪くはないが、年を重ねていくうちに、違う道もあるのではないかと考え始めた。
そのきっかけになったのが、今隣にいる彼女だ。
「お茶淹れたよ。飲むよね?」
「おー、サンキュ。」
千颯とは、プロになって十年が過ぎたあたりだったか。
棋士として伸び悩んでいる頃に出会った。
行きつけの碁会所で、顔を合わせればいつも遅い時間まで打っていた。
どちらかの家で夜通し打つことも多々あった。
石を持つことが。
棋力が少しずつでも上がっていくことが。
渾身の一手を打てた瞬間が。
たまらなく楽しいといつも前を向く彼女に惹かれるまで、そう時間はかからなかった。
「今日もなかなか忙しかったなぁ。」
「うん、でもお客さんのほとんどが和谷プロ目当ての女の子だったよ。」
「なんでそこでむくれるんだよ。」
「べーつーにー」
千颯の淹れてくれたお茶をすすりながら笑い合う。
この穏やかな時間を守りたくて、数年前に和谷はひとつの決心をした。
それが、この碁会所を始めることだった。
もちろん、師匠や兄弟子、院生時代からの戦友たちには驚かれ、散々引き留められもしたのだが、
千颯のように碁を好きになってくれるような後進を育てたいという思いもあって、なんとか説得した。
「さすが、イケメンプロ棋士さまですね~」
「なんだか棘のある言い方だな。」
プロになりたての頃は、中学生だということもあって雑誌やらなにやらに取り上げてもらったり、
大盤解説などでテレビへの露出も多かったおかげで、開業したての碁会所にしてはそれなりの繁盛を見せている。
確かに若い女の子は和谷を目当てでやってくることが多いが、
最近はどう広まったのかわからないが、中高生くらいの男の子たちはむしろ千颯目当てでやってくることも少なくない。
それに気づいた和谷は、内心気が気でない。
「お前目当てのヤツだって……」
「それ、常連のおじいちゃんたちでしょ?ほら、あの……斉藤さんとか!」
当の本人に全く自覚がないのが、幸か不幸か。
まぁ、そこが千颯らしい。
「帰る前に一局、打ってくか?」
「うん!やる!じゃぁ、負けた方が石洗いね!」
「うわぁ……それ、絶対オレもやることになるじゃん。勝負の意味ねーよ。」
「細かいことは気にしない!さ、打とう!」
いつものように、盤を挟んで和谷が白、彼女が黒。
「「おねがいします」」
礼をすれば、お互いすぐに表情を引き締める。
オレンジ色の夕陽が差し込む盤上は、いつになく輝いて見えた。
(やっぱり……これでよかったんだ)
そんな愛おしいこの時間に、和谷はこっそり目を細めた。
手にしていた最後の碁笥の蓋を閉じて、二人同時にほっと息をつく。
プロになって数十年が過ぎ、和谷は星やタイトルを奪い合う生活から、街の碁会所の主となっていた。
あの張り詰めた空気の中に身を置くのも悪くはないが、年を重ねていくうちに、違う道もあるのではないかと考え始めた。
そのきっかけになったのが、今隣にいる彼女だ。
「お茶淹れたよ。飲むよね?」
「おー、サンキュ。」
千颯とは、プロになって十年が過ぎたあたりだったか。
棋士として伸び悩んでいる頃に出会った。
行きつけの碁会所で、顔を合わせればいつも遅い時間まで打っていた。
どちらかの家で夜通し打つことも多々あった。
石を持つことが。
棋力が少しずつでも上がっていくことが。
渾身の一手を打てた瞬間が。
たまらなく楽しいといつも前を向く彼女に惹かれるまで、そう時間はかからなかった。
「今日もなかなか忙しかったなぁ。」
「うん、でもお客さんのほとんどが和谷プロ目当ての女の子だったよ。」
「なんでそこでむくれるんだよ。」
「べーつーにー」
千颯の淹れてくれたお茶をすすりながら笑い合う。
この穏やかな時間を守りたくて、数年前に和谷はひとつの決心をした。
それが、この碁会所を始めることだった。
もちろん、師匠や兄弟子、院生時代からの戦友たちには驚かれ、散々引き留められもしたのだが、
千颯のように碁を好きになってくれるような後進を育てたいという思いもあって、なんとか説得した。
「さすが、イケメンプロ棋士さまですね~」
「なんだか棘のある言い方だな。」
プロになりたての頃は、中学生だということもあって雑誌やらなにやらに取り上げてもらったり、
大盤解説などでテレビへの露出も多かったおかげで、開業したての碁会所にしてはそれなりの繁盛を見せている。
確かに若い女の子は和谷を目当てでやってくることが多いが、
最近はどう広まったのかわからないが、中高生くらいの男の子たちはむしろ千颯目当てでやってくることも少なくない。
それに気づいた和谷は、内心気が気でない。
「お前目当てのヤツだって……」
「それ、常連のおじいちゃんたちでしょ?ほら、あの……斉藤さんとか!」
当の本人に全く自覚がないのが、幸か不幸か。
まぁ、そこが千颯らしい。
「帰る前に一局、打ってくか?」
「うん!やる!じゃぁ、負けた方が石洗いね!」
「うわぁ……それ、絶対オレもやることになるじゃん。勝負の意味ねーよ。」
「細かいことは気にしない!さ、打とう!」
いつものように、盤を挟んで和谷が白、彼女が黒。
「「おねがいします」」
礼をすれば、お互いすぐに表情を引き締める。
オレンジ色の夕陽が差し込む盤上は、いつになく輝いて見えた。
(やっぱり……これでよかったんだ)
そんな愛おしいこの時間に、和谷はこっそり目を細めた。