ヒカルの碁
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「おおきくなったら、オレのおよめさんになってくれる?」
「うんっ、いーよ!」
近所の公園で交わした、なんてことはない小さな約束。
それはいつしか想い出の欠片のひとつとなって心の宝箱にしまってしまった。
けれど年を重ねて、和谷もそろそろカノジョの一人や二人連れて来いと師匠や兄弟子に事あるごとに言われるようになって。
ちらりと記憶の奥底から顔を覗かせてきていた。
(そういえばあいつ……どうしてんのかな……)
夜空に想い描いたのは、あの頃の幼い笑顔だった。
それからしばらくして、突然実家に帰ってくるよう母親から連絡が入った。
詳しい事情は教えてもらえない。
来ればわかる、とだけ。
ただ、あいにくその日は棋院で手合いが入っていたため、実家のドアを叩く頃にはすっかり辺りは夜の景色に変わっていた。
「ただいま……」
気だるげに開いたドアの先に、見慣れない女物のパンプスが一足。
一瞬母親のものかとも思ったが、それにしては明らかに若者向けで外行きのデザインだし、ヒールも高い。
あの歳でさすがにこれは履かないだろう。
だとすれば、一体誰のもの……?
疑問符をたくさん頭上に並べながらリビングへと向かう。
「あ、おかえり~」
一人暮らしを始める前のオレがいつも座っていた場所に、見覚えのない女が座っていた。
誰だ?と怪訝そうな顔をしてしまったのを気取られたのか、母親が千颯ちゃんよ、ずいぶんキレイになったわよねと、紹介しながらもにやにやと面白がるような視線を向けてくる。
「久しぶりだね、義高。」
「お、おぅ……。」
屈託のない笑顔はあの頃の面影を確かに残していて、理由こそ明確ではないが、鼓動が跳ねるのを感じた。
「プロになったって、さっきおばさんから聞いた。すごいじゃん、おめでとう!」
なんて今更すぎるかと苦笑していたが、オレにとっては全然そんなことはなくて。
再会の嬉しさも相まって、にやけ顔を抑えるのに必死だった。
「わたしも……頑張らなきゃなぁ。」
「そういや、お前は今なにやってんの?」
「一応……小説家。といっても、まだまだ会社勤めと兼業だけどね。」
千颯もまた、幼い頃からの夢をちゃんと叶えていた。
オレは詰碁を解きながら、彼女は小説を書きながら、中学校の図書室で向かい合っていた頃を思い出す。
素直におめでとうと口にすれば、気恥ずかしそうなはにかみ顔が帰ってくる。
やっぱり、可愛い。
「今度本屋行ったら探す。タイトルは?」
「えー?義高って本とか読むの?」
「たっ、たまには……」
確かに部屋にはマンガと囲碁の参考書しかないけれど。
千颯が書いた本となれば話は別だ。
どれだけ時間がかかっても、絶対に最後まで読む。
「恥ずかしいから、買うならこれで探して。」
差し出された小さなメモに書かれていたのは、978…で始まる13桁のコード。
店でこれを見せれば、探す手間も省けるらしい。
「ん、さんきゅ。」
受け取ったメモはあとで財布の中に入れておこう。
なくさないように。
それからしばらく、お互いの近況報告や懐かしい話をいくつかして。
夜もそこそこに更けてきたから帰ると、彼女の方から切り出した。
母親は、せっかくなら止まっていけばいいのにと引き留めていたが、オレも帰るついでに送っていくと言って渋々諦めさせた。
駅へと向かう道は、街灯のおかげでさほど暗くはないが、人通りが少ないせいで二人の足音が良く響く。
「あっ……あの、さ……」
ふと足を止めて、口を開く。
どうしよう、声上ずったかも。
数歩前に行った千颯が振り返ると、スカートがふわりと風を含んで膨らんだ。
「ガキの頃の約束……覚えてたり、する……?」
一縷の望みをかけて聞いてみた。
忘れているならそれでいい。
なんでもないと笑い飛ばそう。
そう思っていたのに。
「……お嫁さんしてくれる、っていう約束?」
何がとは言わなかったのに、最初にそれが出てきて、もしかしたらという気持ちが高まっていく。
「あれって……今でも有効、かな……。」
もちろん今すぐにとは言わない。
そもそも付き合ってすらいないのだから。
ただ、そう遠くない未来に果たせる約束ならば。
驚いて数回瞬きした後、彼女は小さく、それでいて確かに頷いた。
「わたしの方こそ……もう時効になってるかと思ってた。」
そんな言い方をされては、つい最近まで忘れていたとは言いづらい。
まぁ理由はどうであれ思い出したのだから、これは黙っておこう。
今度はちゃんと千颯の手を握って、まっすぐ見つめる。
そして、まずはここからと告げて。
「オレの、彼女になってください。」
「うんっ、いーよ!」
近所の公園で交わした、なんてことはない小さな約束。
それはいつしか想い出の欠片のひとつとなって心の宝箱にしまってしまった。
けれど年を重ねて、和谷もそろそろカノジョの一人や二人連れて来いと師匠や兄弟子に事あるごとに言われるようになって。
ちらりと記憶の奥底から顔を覗かせてきていた。
(そういえばあいつ……どうしてんのかな……)
夜空に想い描いたのは、あの頃の幼い笑顔だった。
それからしばらくして、突然実家に帰ってくるよう母親から連絡が入った。
詳しい事情は教えてもらえない。
来ればわかる、とだけ。
ただ、あいにくその日は棋院で手合いが入っていたため、実家のドアを叩く頃にはすっかり辺りは夜の景色に変わっていた。
「ただいま……」
気だるげに開いたドアの先に、見慣れない女物のパンプスが一足。
一瞬母親のものかとも思ったが、それにしては明らかに若者向けで外行きのデザインだし、ヒールも高い。
あの歳でさすがにこれは履かないだろう。
だとすれば、一体誰のもの……?
疑問符をたくさん頭上に並べながらリビングへと向かう。
「あ、おかえり~」
一人暮らしを始める前のオレがいつも座っていた場所に、見覚えのない女が座っていた。
誰だ?と怪訝そうな顔をしてしまったのを気取られたのか、母親が千颯ちゃんよ、ずいぶんキレイになったわよねと、紹介しながらもにやにやと面白がるような視線を向けてくる。
「久しぶりだね、義高。」
「お、おぅ……。」
屈託のない笑顔はあの頃の面影を確かに残していて、理由こそ明確ではないが、鼓動が跳ねるのを感じた。
「プロになったって、さっきおばさんから聞いた。すごいじゃん、おめでとう!」
なんて今更すぎるかと苦笑していたが、オレにとっては全然そんなことはなくて。
再会の嬉しさも相まって、にやけ顔を抑えるのに必死だった。
「わたしも……頑張らなきゃなぁ。」
「そういや、お前は今なにやってんの?」
「一応……小説家。といっても、まだまだ会社勤めと兼業だけどね。」
千颯もまた、幼い頃からの夢をちゃんと叶えていた。
オレは詰碁を解きながら、彼女は小説を書きながら、中学校の図書室で向かい合っていた頃を思い出す。
素直におめでとうと口にすれば、気恥ずかしそうなはにかみ顔が帰ってくる。
やっぱり、可愛い。
「今度本屋行ったら探す。タイトルは?」
「えー?義高って本とか読むの?」
「たっ、たまには……」
確かに部屋にはマンガと囲碁の参考書しかないけれど。
千颯が書いた本となれば話は別だ。
どれだけ時間がかかっても、絶対に最後まで読む。
「恥ずかしいから、買うならこれで探して。」
差し出された小さなメモに書かれていたのは、978…で始まる13桁のコード。
店でこれを見せれば、探す手間も省けるらしい。
「ん、さんきゅ。」
受け取ったメモはあとで財布の中に入れておこう。
なくさないように。
それからしばらく、お互いの近況報告や懐かしい話をいくつかして。
夜もそこそこに更けてきたから帰ると、彼女の方から切り出した。
母親は、せっかくなら止まっていけばいいのにと引き留めていたが、オレも帰るついでに送っていくと言って渋々諦めさせた。
駅へと向かう道は、街灯のおかげでさほど暗くはないが、人通りが少ないせいで二人の足音が良く響く。
「あっ……あの、さ……」
ふと足を止めて、口を開く。
どうしよう、声上ずったかも。
数歩前に行った千颯が振り返ると、スカートがふわりと風を含んで膨らんだ。
「ガキの頃の約束……覚えてたり、する……?」
一縷の望みをかけて聞いてみた。
忘れているならそれでいい。
なんでもないと笑い飛ばそう。
そう思っていたのに。
「……お嫁さんしてくれる、っていう約束?」
何がとは言わなかったのに、最初にそれが出てきて、もしかしたらという気持ちが高まっていく。
「あれって……今でも有効、かな……。」
もちろん今すぐにとは言わない。
そもそも付き合ってすらいないのだから。
ただ、そう遠くない未来に果たせる約束ならば。
驚いて数回瞬きした後、彼女は小さく、それでいて確かに頷いた。
「わたしの方こそ……もう時効になってるかと思ってた。」
そんな言い方をされては、つい最近まで忘れていたとは言いづらい。
まぁ理由はどうであれ思い出したのだから、これは黙っておこう。
今度はちゃんと千颯の手を握って、まっすぐ見つめる。
そして、まずはここからと告げて。
「オレの、彼女になってください。」