クレッシェンドな恋をもう一度
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プロになってからあっという間に数年が過ぎた。
憧れの世界に何とか飛び込んで、初めのうちはばたばたと慣れない毎日を慌ただしく過ごしていたけれど、
日々のルーティーンも身に馴染んできて当たり前としてこなすことが出来ている。
プロ試験を受けていた頃はいろいろ遠回りをしたり壁にぶつかることも多かったが、当時の院生仲間とは相変わらず、
時間ができれば馴染みの碁会所を回ったり、棋院で顔を合わせればくだらない話で盛り上がったりもしている。
今日もまた、手合い終わりのところにちょうど棋院で出くわした和谷と、そのまま自宅で打ち合っている。
ぱちんと乾いた音を立てた白石を盤に置いて、ふっと息を吐いた。
「そういえば……あいつ……千颯のこと、覚えてるか?」
なぜこのタイミングでこの話題を出したのかは自分でもわからないが、無意識のうちに言葉がこぼれた。
まだ院生だった頃に俺が付き合っていた彼女の名前を。
「覚えてるもなにも……なんだよ、急に。」
「やっぱり、やり直そうと思ってるんだ。」
その言葉に、和谷の眉がぴくりと動いた。
何を今更とでも言いたげな表情だ。こちらの真意を窺うような鋭い視線を向けながら、和谷は膠着した盤上にメスを入れるが如く打ち込んできた。
「あの時……俺たちのプロ試験が終わってからのこと、忘れたわけじゃないよな。」
ぐさりと突き立てられたナイフのように、和谷の言葉が心に刺さる。
「急に伊角さんと連絡が取れなくなったって……ひどい顔してたよ。」
見ているこっちまで辛くなった、というのは例えでもなんでもなく、事実なのだろう。
それぼどまでに傷つけられた相手を、ひよりはまだ話をしてくれるのか。
万が一の可能性にすがって待っていてくれるというそんな奇跡みたいな話があるのか。
このまま身を引くのが正解なのでは。
ただでさえ、勝手な都合で、何の説明もなしに一方的に切った縁を、またこちらの都合で元に戻そうというのだ。
すんなり彼女が納得してくれるとは到底思えない。
「それでも……それでも俺は、千颯とちゃんと向き合いたいんだ。」
絞り出すようにそう告げると、予想以上に大きな声でおっせーよ!と怒号にも似た言葉が飛んできた。
「ほんっと伊角さんはバカだな!大バカ!」
呆気にとられていると、今度は盛大なため息をつかれる。
それから和谷は、ポケットに入れていたスマホを取り出して何かを高速で打ち込んでいく。
「伊角さん、今度の水曜って空いてる?」
「いや……夕方まで棋院で指導碁が入ってるけど……」
俺の予定に何の関係があるのか。聞いたところで、俺の言葉は袈裟切りされるかようにばっさりと捨てられる。
後でわかるとしか返って来ないのだから、仕方なく黙って待つことにする。
「よし、決まった。水曜の夕方、あいつも空いてるから、予定空けといて。」
「……は?」
なんの事だと聞き返して、ようやく和谷は顛末を話し出した。
これまでもずっと千颯とは連絡を取っていて、何度も伊角さんと話がしたい。
伊角さんと会わせてほしいと相談されていたらしい。
だが、当時の彼女を知っている和谷にしてみれば、こちらの本心がわからない以上、
迂闊に再会させてまた彼女が傷つくようなことになっては元も子もないと判断して、
今の今まで連絡先も一切教えずにいたのだと、難しい表情で話した。
「あいつ、千颯はずーっと待ってたんだからな。」
和谷にもプロ試験の直後には何の連絡もせずに中国に行ったし、顔を合わせるのも気まずい時期もあった。
それなのに和谷は何事もなかったように変わらない対応をしてくれていただけでなく、
そんな気遣いをしてもらっていたなど、そんな姿は微塵も知らなかった。
今度泣かせたら本当に許さないと釘を刺されたけれど、そんなことは百も承知だし同じ轍は絶対に踏まないつもりだ。
「……和谷、ありがとうな。」
どれだけの感謝をしてもしきれないのだが、こんな安っぽい言葉しか出て来ない。
今はただ、溢れそうになる涙を抑えるのに精一杯だった。
憧れの世界に何とか飛び込んで、初めのうちはばたばたと慣れない毎日を慌ただしく過ごしていたけれど、
日々のルーティーンも身に馴染んできて当たり前としてこなすことが出来ている。
プロ試験を受けていた頃はいろいろ遠回りをしたり壁にぶつかることも多かったが、当時の院生仲間とは相変わらず、
時間ができれば馴染みの碁会所を回ったり、棋院で顔を合わせればくだらない話で盛り上がったりもしている。
今日もまた、手合い終わりのところにちょうど棋院で出くわした和谷と、そのまま自宅で打ち合っている。
ぱちんと乾いた音を立てた白石を盤に置いて、ふっと息を吐いた。
「そういえば……あいつ……千颯のこと、覚えてるか?」
なぜこのタイミングでこの話題を出したのかは自分でもわからないが、無意識のうちに言葉がこぼれた。
まだ院生だった頃に俺が付き合っていた彼女の名前を。
「覚えてるもなにも……なんだよ、急に。」
「やっぱり、やり直そうと思ってるんだ。」
その言葉に、和谷の眉がぴくりと動いた。
何を今更とでも言いたげな表情だ。こちらの真意を窺うような鋭い視線を向けながら、和谷は膠着した盤上にメスを入れるが如く打ち込んできた。
「あの時……俺たちのプロ試験が終わってからのこと、忘れたわけじゃないよな。」
ぐさりと突き立てられたナイフのように、和谷の言葉が心に刺さる。
「急に伊角さんと連絡が取れなくなったって……ひどい顔してたよ。」
見ているこっちまで辛くなった、というのは例えでもなんでもなく、事実なのだろう。
それぼどまでに傷つけられた相手を、ひよりはまだ話をしてくれるのか。
万が一の可能性にすがって待っていてくれるというそんな奇跡みたいな話があるのか。
このまま身を引くのが正解なのでは。
ただでさえ、勝手な都合で、何の説明もなしに一方的に切った縁を、またこちらの都合で元に戻そうというのだ。
すんなり彼女が納得してくれるとは到底思えない。
「それでも……それでも俺は、千颯とちゃんと向き合いたいんだ。」
絞り出すようにそう告げると、予想以上に大きな声でおっせーよ!と怒号にも似た言葉が飛んできた。
「ほんっと伊角さんはバカだな!大バカ!」
呆気にとられていると、今度は盛大なため息をつかれる。
それから和谷は、ポケットに入れていたスマホを取り出して何かを高速で打ち込んでいく。
「伊角さん、今度の水曜って空いてる?」
「いや……夕方まで棋院で指導碁が入ってるけど……」
俺の予定に何の関係があるのか。聞いたところで、俺の言葉は袈裟切りされるかようにばっさりと捨てられる。
後でわかるとしか返って来ないのだから、仕方なく黙って待つことにする。
「よし、決まった。水曜の夕方、あいつも空いてるから、予定空けといて。」
「……は?」
なんの事だと聞き返して、ようやく和谷は顛末を話し出した。
これまでもずっと千颯とは連絡を取っていて、何度も伊角さんと話がしたい。
伊角さんと会わせてほしいと相談されていたらしい。
だが、当時の彼女を知っている和谷にしてみれば、こちらの本心がわからない以上、
迂闊に再会させてまた彼女が傷つくようなことになっては元も子もないと判断して、
今の今まで連絡先も一切教えずにいたのだと、難しい表情で話した。
「あいつ、千颯はずーっと待ってたんだからな。」
和谷にもプロ試験の直後には何の連絡もせずに中国に行ったし、顔を合わせるのも気まずい時期もあった。
それなのに和谷は何事もなかったように変わらない対応をしてくれていただけでなく、
そんな気遣いをしてもらっていたなど、そんな姿は微塵も知らなかった。
今度泣かせたら本当に許さないと釘を刺されたけれど、そんなことは百も承知だし同じ轍は絶対に踏まないつもりだ。
「……和谷、ありがとうな。」
どれだけの感謝をしてもしきれないのだが、こんな安っぽい言葉しか出て来ない。
今はただ、溢れそうになる涙を抑えるのに精一杯だった。
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