ウソつきシンデレラ
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あの件が露見して以来、私は随分と普通の生活を送っていた。
昼間は仕事に行き、帰ってくれば家事をして。
休日は相変わらず入院したままの兄の見舞いへ。
以前は母が行ってくれていたけれど、心労もたたって体調があまり良くないとのことだったので、私が代わることにしたのだ。
家に一人で時間を持て余すよりはずっといい。
兄も、当初よりは随分と容態も安定してきて、まともに会話できるくらいには回復していたことも大きい。
「お兄ちゃん、今日の具合はどう?」
病室に顔を出すと、穏やかな笑顔でおぅと手を挙げる。
顔色も良いし、それ以上聞かずとも調子が良さそうなことは伺えた。
事前に担当医から話を聞く限り、このままいけばそう日をおかずして退院も見えてきているとのことだ。
「……母さんは、まだ具合悪いのか?」
「心配するほどじゃないよ。大丈夫。この前から仕事にも復帰したって言ってたし」
「そうか……なら、いいけど」
自分がかけた迷惑のせいでと、兄なりに思うところはたくさんあるらしい。
も、それを省みるだけで十分なのだと思っていた。
母もまた、同じく。
「来週にはお母さんもまた来るって言ってたよ」
「その頃には……家に帰れんのかな……」
「うん、先生も順調に回復してますよって話だし」
「……回復、か……」
窓の向こうをぼうっと眺めて、兄は複雑な感情を込めたため息をこぼした。
本人はわかっているのだ。
たとえ退院出来たとしても、次に待っているのは薬物更生施設への入所。
自宅から通うことができるのかどうかはわからないが、どちらにせよ社会にそのまま戻ることは出来ないし、ずっと後遺症はついて回る。
兄の場合はひどい幻覚と幻聴が今でもふとした時に襲ってくるらしい。
「大丈夫だよ。弱気になるのが一番の敵だって、先生も言ってたでしょ?」
「……そう、だな……」
あんなに大きかった兄の存在が、今ではすごく小さくて弱くなってしまった。
でも、それは一時的なもので、またすぐに前みたいに兄妹喧嘩ができるような関係に戻るのだと、私は信じている。
「……そういえばお前、まだあの人の繋がってたりするのか?」
「あの人って?」
「マトリの……俺を逮捕した人」
おそらく大輔さんのことだろう。
少し前に、付き合っているという話はしたはずなのだが、どうやら忘れてしまったらしい。
こういうことは決して珍しいことではない。
逆に突然過去のことを思い出したり、ということもまた然り。
「うん、まだ連絡取ってるよ」
「なら……伝えて欲しいんだけどさ」
ひと呼吸置いてから、兄はとてつもなく重要なことを言い出した。
これもまた、記憶の混濁から突然浮上したことなのだそうだが。
すぐにでも伝えて欲しいと最後に付け足して、そのまま兄はすぅっと眠りについてしまった。
まるでこれを私に言うだめだけに今日は起きていたように。
そんな兄を見届けてから、私はそっと病室を出た。
『大事なお話があるので、今から厚労省に伺ってもいいですか』
それだけ急いでメールに打ち込んで大輔さんに送信し、私は電車に飛び乗った。
その数分後には了解、との返信があった。
ならば一刻も早く到着できるルートを確認して向かわなければ。
途中で急行列車に乗り換えて、私は目的地まで全速力で駆けた。
こんなに走ったの、いつ以来だろうなんて思いながら。
☆ ☆ ☆
厚労省に着くと、久しぶりに玲と顔を合わせた。
「あれ?千颯、どうしたの?」
「だい……関さんに、大事なお話があって……」
ただごとではないという事を私の表情から察したのか、玲は誰も使っていない会議室があるからと案内してくれた。
そして何も言わずに大輔さんを呼びに行ってくれる。
上着を脱いで椅子に掛けているうちに、会議室へ彼が入ってきた。
「大事な話って、どうしたんだ?」
「さっき病院に行ってきたんです。そこで、兄が大輔さんに伝えてほしいと……」
一言一句、聞いたままを伝える。
かつて兄が関わっていた麻薬の密売組織の話。
本部の場所や統率していた者の名前。そして、それらがこれから街にばら撒こうとしていた新たな薬物の話。
「”サクラ”っていう、一見ラムネ菓子みたいなものだって。女子ウケを狙って、パーティーとかで飲ませて、そのままホテルに連れ込んで……というのが当時の作戦だったと、言ってました」
「それは……」
彼もまた、驚きを隠せないようだった。
この情報は組織の上層部しか知り得ない情報だ。
しかも、ちょうど彼が関わっている案件そのもので、捜査が難航して行き詰まっていたところにもたらされた、まさに超一級の情報だった。
「キミのお兄さんがそこまで組織に関わっていたことも驚きだが……今はそんなことを言ってる場合じゃないな」
すぐに捜査に携わっている面々が、会議室に召集された。何人かは知った顔もある。
玲と、今大路さん。
兄の事件の時に少し話をしたことがあった。
全員が揃うと、神妙な表情で大輔さんは私が伝えた情報を他のメンバーにも報告をした。
その上で、早々にガサ入れに踏み切るとの決断を下した。
そこからはさすがのチームワークといったところか、現場でのそれぞれの担当などが流れる水のように決まっていく。
「じゃぁ、改めてこの編成で頼む」
「了解!」
マトリの面々はそれぞれの仕事に戻っていく。二人きりになったところで、私は意を決した。
「……私も、協力させてください」
断られるだろうとは思っていた。
私にできることなど、ほんのわずかな事しかない。
思いつく限り、せいぜい囮捜査に使ってもらえれるくらいだろう。
それでも、今までの経験値がある。しくじったりは、絶対にしない。
「だめだ……と言いたいところだが、どうせ聞く気はないんだろう?」
私の決意も何もかもを見抜いていたようで、大輔さんは仕方ないなと苦笑した。
「絶対に一人で突っ走るなよ」
「はい、わかってます」
約束、と小指をぴんと立てた。
子供じみた行為だけれど、形はなんでもよかった。
今度こそ、全ての過去を精算するのだ。
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昼間は仕事に行き、帰ってくれば家事をして。
休日は相変わらず入院したままの兄の見舞いへ。
以前は母が行ってくれていたけれど、心労もたたって体調があまり良くないとのことだったので、私が代わることにしたのだ。
家に一人で時間を持て余すよりはずっといい。
兄も、当初よりは随分と容態も安定してきて、まともに会話できるくらいには回復していたことも大きい。
「お兄ちゃん、今日の具合はどう?」
病室に顔を出すと、穏やかな笑顔でおぅと手を挙げる。
顔色も良いし、それ以上聞かずとも調子が良さそうなことは伺えた。
事前に担当医から話を聞く限り、このままいけばそう日をおかずして退院も見えてきているとのことだ。
「……母さんは、まだ具合悪いのか?」
「心配するほどじゃないよ。大丈夫。この前から仕事にも復帰したって言ってたし」
「そうか……なら、いいけど」
自分がかけた迷惑のせいでと、兄なりに思うところはたくさんあるらしい。
も、それを省みるだけで十分なのだと思っていた。
母もまた、同じく。
「来週にはお母さんもまた来るって言ってたよ」
「その頃には……家に帰れんのかな……」
「うん、先生も順調に回復してますよって話だし」
「……回復、か……」
窓の向こうをぼうっと眺めて、兄は複雑な感情を込めたため息をこぼした。
本人はわかっているのだ。
たとえ退院出来たとしても、次に待っているのは薬物更生施設への入所。
自宅から通うことができるのかどうかはわからないが、どちらにせよ社会にそのまま戻ることは出来ないし、ずっと後遺症はついて回る。
兄の場合はひどい幻覚と幻聴が今でもふとした時に襲ってくるらしい。
「大丈夫だよ。弱気になるのが一番の敵だって、先生も言ってたでしょ?」
「……そう、だな……」
あんなに大きかった兄の存在が、今ではすごく小さくて弱くなってしまった。
でも、それは一時的なもので、またすぐに前みたいに兄妹喧嘩ができるような関係に戻るのだと、私は信じている。
「……そういえばお前、まだあの人の繋がってたりするのか?」
「あの人って?」
「マトリの……俺を逮捕した人」
おそらく大輔さんのことだろう。
少し前に、付き合っているという話はしたはずなのだが、どうやら忘れてしまったらしい。
こういうことは決して珍しいことではない。
逆に突然過去のことを思い出したり、ということもまた然り。
「うん、まだ連絡取ってるよ」
「なら……伝えて欲しいんだけどさ」
ひと呼吸置いてから、兄はとてつもなく重要なことを言い出した。
これもまた、記憶の混濁から突然浮上したことなのだそうだが。
すぐにでも伝えて欲しいと最後に付け足して、そのまま兄はすぅっと眠りについてしまった。
まるでこれを私に言うだめだけに今日は起きていたように。
そんな兄を見届けてから、私はそっと病室を出た。
『大事なお話があるので、今から厚労省に伺ってもいいですか』
それだけ急いでメールに打ち込んで大輔さんに送信し、私は電車に飛び乗った。
その数分後には了解、との返信があった。
ならば一刻も早く到着できるルートを確認して向かわなければ。
途中で急行列車に乗り換えて、私は目的地まで全速力で駆けた。
こんなに走ったの、いつ以来だろうなんて思いながら。
☆ ☆ ☆
厚労省に着くと、久しぶりに玲と顔を合わせた。
「あれ?千颯、どうしたの?」
「だい……関さんに、大事なお話があって……」
ただごとではないという事を私の表情から察したのか、玲は誰も使っていない会議室があるからと案内してくれた。
そして何も言わずに大輔さんを呼びに行ってくれる。
上着を脱いで椅子に掛けているうちに、会議室へ彼が入ってきた。
「大事な話って、どうしたんだ?」
「さっき病院に行ってきたんです。そこで、兄が大輔さんに伝えてほしいと……」
一言一句、聞いたままを伝える。
かつて兄が関わっていた麻薬の密売組織の話。
本部の場所や統率していた者の名前。そして、それらがこれから街にばら撒こうとしていた新たな薬物の話。
「”サクラ”っていう、一見ラムネ菓子みたいなものだって。女子ウケを狙って、パーティーとかで飲ませて、そのままホテルに連れ込んで……というのが当時の作戦だったと、言ってました」
「それは……」
彼もまた、驚きを隠せないようだった。
この情報は組織の上層部しか知り得ない情報だ。
しかも、ちょうど彼が関わっている案件そのもので、捜査が難航して行き詰まっていたところにもたらされた、まさに超一級の情報だった。
「キミのお兄さんがそこまで組織に関わっていたことも驚きだが……今はそんなことを言ってる場合じゃないな」
すぐに捜査に携わっている面々が、会議室に召集された。何人かは知った顔もある。
玲と、今大路さん。
兄の事件の時に少し話をしたことがあった。
全員が揃うと、神妙な表情で大輔さんは私が伝えた情報を他のメンバーにも報告をした。
その上で、早々にガサ入れに踏み切るとの決断を下した。
そこからはさすがのチームワークといったところか、現場でのそれぞれの担当などが流れる水のように決まっていく。
「じゃぁ、改めてこの編成で頼む」
「了解!」
マトリの面々はそれぞれの仕事に戻っていく。二人きりになったところで、私は意を決した。
「……私も、協力させてください」
断られるだろうとは思っていた。
私にできることなど、ほんのわずかな事しかない。
思いつく限り、せいぜい囮捜査に使ってもらえれるくらいだろう。
それでも、今までの経験値がある。しくじったりは、絶対にしない。
「だめだ……と言いたいところだが、どうせ聞く気はないんだろう?」
私の決意も何もかもを見抜いていたようで、大輔さんは仕方ないなと苦笑した。
「絶対に一人で突っ走るなよ」
「はい、わかってます」
約束、と小指をぴんと立てた。
子供じみた行為だけれど、形はなんでもよかった。
今度こそ、全ての過去を精算するのだ。
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