ウソつきシンデレラ
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「ちょっと!これはどういうことなの⁉︎」
マトリへ先日の調書を提出したら、数日後には厚生省に呼び出しをくらった。
そしてとある会議室に案内されたかと思えば、開口一番玲がものすごい剣幕になった。
「どうもこうも、この前の調査結果だけど?」
「内容はとてもしっかりしてる。これなら明日にでもガサ入れは確実よ。でも、そういうことじゃなくて!」
言葉ではもはやキリがないと判断したのか、彼女は私が渡した音声データを再生した。
もちろん、プライバシー云々という名目で私の声は加工していあるから、身元が割れるということはないはずなのだが。
「ここよく聞いて」
再生されたのは、三十六分二十七秒のところ。
ちょうど男が場所を変えてホテルに行こうと言い出した頃だった。
上機嫌で話すあの嫌らしい声。
生理的嫌悪感が蘇る。
「この声、あなただよね」
一旦音声止めて、私にしっかりと聞かせようとする。
ごくりと生唾を飲み込んだ。
そして、再生された音声に改めて耳を傾けた。
『いいよ、朝まで一緒にいよ?』
ほんの一言だった。
間違いない、私の声だ。
加工するときに何度も聞いて、判別できないようにエフェクターをかけたはずだったのに。
最後の方だったからうっかり漏れてしまっていたようだ。
「千颯、危ないことはしないって約束だったよね」
「……そう、ですね……」
「一歩間違えば、あなたもまた薬物投与される危険性もあったよね」
普段は優しい玲の声が、まるで別人のように冷たい。
本当に怒っている証拠だ。
もちろんそれは私のためを思ってのことだし、約束を破ったという非は確実に私にあるので、何も反論はできない。
「どうしたんだ?隣の部屋まで声が聞こえてきたぞ?」
さらにタイミングの悪いことに、大輔さんまで会議室に入ってきてしまった。
まさかこんな近くにいたなんて。
そうか、今日は珍しく内勤だったのか。
「関さん!ちょっとこれ聞いてください!」
さも当然のように、彼女は上司である大輔さんに、件の調書と音声資料、果ては映像資料まであますところなく見せた。
最初こそ良くできていると感心していたものの、やはり問題の箇所で大輔さんの表情が険しくなった。
「……泉、彼女については俺が引き継ぐから、キミはこの男の逮捕に向けて動いてくれるか?」
「了解です!」
「同行は今大路と青山に頼んでくれ」
「はい!では、行ってきます!」
手早く指示を出したあと、大きくため息をついてから、大輔さんは私の目の前に腰を下ろした。
しばし流れる沈黙。
他の人ならともかく、彼には言い逃れなんてきっとできない。
ここはもう、すべて正直に話すしかない。
けれど、大輔さんもまたどう切り出していいものか悩んでいるようだった。
「……もしかして、今まで泉がSから持ってきた資料っていうのも……全部こうやって調べていたのか?」
「……はい」
「どうして?」
「……その方が確実な情報が手に入ると思ったし、結果的に大輔さんの助けにもなるからって……思ってました」
兄の事件で助けてもらったから、玲やマトリのみなさん、そして大輔さんにはどれだけ返しても返しきれない恩があるから。
そのためならなんでもやる。そう決めていたから。
そう打ち明けると、大輔さんはまた大きなため息をついた。
「……わかった。今日はもう帰りなさい」
「あの、でも……」
「俺も今日は定時で帰るから。夕飯、よろしく」
要するに、後の話は家で、ということらしい。確かにここでは誰の耳があるかわからない。
言えないこともたくさんあるから。
「……帰り、ます……」
「あぁ、気をつけて」
数回頭を撫でられて、嬉しいはずなのに一切笑えなかった。
足取り重く厚労省のビルを後にして、とぼとぼと自宅へ戻った。
* * *
何も考えられない状態で、ただ身体が動くままに夕食の支度をして、先程のとおり定時で帰ってきた大輔さんと食卓を無言で囲む。
いつもなら、今日は何があったとか、気になっているスイーツのお店があるとか、そんな他愛のない話をして笑い合うのに。
重たい空気のまま、ただ咀嚼を繰り返して、空になるとロボットのようにそれを流しへ運んだ。
「……昼間の話だけど」
そう切り出したのは、大輔さんの方だった。
ソファに並んで座って、食後のコーヒーを一口飲みこんで、至極冷静に話を始めた。
「貴重な情報提供ありがとう。おかげで捜査は格段に進んだよ」
「……はい」
彼の話は予想外の方向から飛んできた。
難航していたから助かっただの、一通り私の、ひとしきり私のもたらした情報がいかに有益だったかを語った。
これは一体どういうことなのだろう。
呆然とその話を聞いていたら、少し黙って、ここまではマトリとしてのオレの意見だと話を締めくくった。
「……大輔、さん……」
「そして、ここからは俺個人の意見。千颯の気持ちは……ありがたいよ。でも、キミがそこまで身を削る必要はないんだ」
あの時受けた心の傷だって、そう簡単に癒えたとは思えない。
それなのにわざわざ傷を抉るようなことをどうしてするんだ。
もっと自分を大事にしないとだめじゃないか。
キミだって被害者だったのだから。
いかにも冷静に、諭すように、大輔さんは言葉を紡いだ。
くしゃりと表情が崩れたかと思えば、見たこともない泣きそうな顔を彼はしていた。
「キミにもしものことがあったらと思うと……」
その手は、震えていた。
あの大輔さんがと、ようやく私は事の重大性に気づいたような気がした。
命の危険を犯すよりも、彼にここまで心配をかけてしまったことの罪悪感が、今更になってずしんと背中にのしかかってくる。
千颯、と小さく名前を呼ばれて、そのまま強く抱き締められた。
「今まで無理ばかりさせてごめん」
ついには声まで震えていて、私は動けなくなってしまった。
自分が蒔いた種なのに。
すべてが明るみになれば、彼を傷つけることはわかっていたのに。
いくら謝っても謝りきれないのは私の方なのに。
言い訳のひとつでさえする資格のない私に、大輔さんは優しく頬に触れてからそっと唇を重ねた。
こんなキスは生まれて初めてだった。
身を刻まれるような、痛みで溢れた、悲しいキス。
to next....
マトリへ先日の調書を提出したら、数日後には厚生省に呼び出しをくらった。
そしてとある会議室に案内されたかと思えば、開口一番玲がものすごい剣幕になった。
「どうもこうも、この前の調査結果だけど?」
「内容はとてもしっかりしてる。これなら明日にでもガサ入れは確実よ。でも、そういうことじゃなくて!」
言葉ではもはやキリがないと判断したのか、彼女は私が渡した音声データを再生した。
もちろん、プライバシー云々という名目で私の声は加工していあるから、身元が割れるということはないはずなのだが。
「ここよく聞いて」
再生されたのは、三十六分二十七秒のところ。
ちょうど男が場所を変えてホテルに行こうと言い出した頃だった。
上機嫌で話すあの嫌らしい声。
生理的嫌悪感が蘇る。
「この声、あなただよね」
一旦音声止めて、私にしっかりと聞かせようとする。
ごくりと生唾を飲み込んだ。
そして、再生された音声に改めて耳を傾けた。
『いいよ、朝まで一緒にいよ?』
ほんの一言だった。
間違いない、私の声だ。
加工するときに何度も聞いて、判別できないようにエフェクターをかけたはずだったのに。
最後の方だったからうっかり漏れてしまっていたようだ。
「千颯、危ないことはしないって約束だったよね」
「……そう、ですね……」
「一歩間違えば、あなたもまた薬物投与される危険性もあったよね」
普段は優しい玲の声が、まるで別人のように冷たい。
本当に怒っている証拠だ。
もちろんそれは私のためを思ってのことだし、約束を破ったという非は確実に私にあるので、何も反論はできない。
「どうしたんだ?隣の部屋まで声が聞こえてきたぞ?」
さらにタイミングの悪いことに、大輔さんまで会議室に入ってきてしまった。
まさかこんな近くにいたなんて。
そうか、今日は珍しく内勤だったのか。
「関さん!ちょっとこれ聞いてください!」
さも当然のように、彼女は上司である大輔さんに、件の調書と音声資料、果ては映像資料まであますところなく見せた。
最初こそ良くできていると感心していたものの、やはり問題の箇所で大輔さんの表情が険しくなった。
「……泉、彼女については俺が引き継ぐから、キミはこの男の逮捕に向けて動いてくれるか?」
「了解です!」
「同行は今大路と青山に頼んでくれ」
「はい!では、行ってきます!」
手早く指示を出したあと、大きくため息をついてから、大輔さんは私の目の前に腰を下ろした。
しばし流れる沈黙。
他の人ならともかく、彼には言い逃れなんてきっとできない。
ここはもう、すべて正直に話すしかない。
けれど、大輔さんもまたどう切り出していいものか悩んでいるようだった。
「……もしかして、今まで泉がSから持ってきた資料っていうのも……全部こうやって調べていたのか?」
「……はい」
「どうして?」
「……その方が確実な情報が手に入ると思ったし、結果的に大輔さんの助けにもなるからって……思ってました」
兄の事件で助けてもらったから、玲やマトリのみなさん、そして大輔さんにはどれだけ返しても返しきれない恩があるから。
そのためならなんでもやる。そう決めていたから。
そう打ち明けると、大輔さんはまた大きなため息をついた。
「……わかった。今日はもう帰りなさい」
「あの、でも……」
「俺も今日は定時で帰るから。夕飯、よろしく」
要するに、後の話は家で、ということらしい。確かにここでは誰の耳があるかわからない。
言えないこともたくさんあるから。
「……帰り、ます……」
「あぁ、気をつけて」
数回頭を撫でられて、嬉しいはずなのに一切笑えなかった。
足取り重く厚労省のビルを後にして、とぼとぼと自宅へ戻った。
* * *
何も考えられない状態で、ただ身体が動くままに夕食の支度をして、先程のとおり定時で帰ってきた大輔さんと食卓を無言で囲む。
いつもなら、今日は何があったとか、気になっているスイーツのお店があるとか、そんな他愛のない話をして笑い合うのに。
重たい空気のまま、ただ咀嚼を繰り返して、空になるとロボットのようにそれを流しへ運んだ。
「……昼間の話だけど」
そう切り出したのは、大輔さんの方だった。
ソファに並んで座って、食後のコーヒーを一口飲みこんで、至極冷静に話を始めた。
「貴重な情報提供ありがとう。おかげで捜査は格段に進んだよ」
「……はい」
彼の話は予想外の方向から飛んできた。
難航していたから助かっただの、一通り私の、ひとしきり私のもたらした情報がいかに有益だったかを語った。
これは一体どういうことなのだろう。
呆然とその話を聞いていたら、少し黙って、ここまではマトリとしてのオレの意見だと話を締めくくった。
「……大輔、さん……」
「そして、ここからは俺個人の意見。千颯の気持ちは……ありがたいよ。でも、キミがそこまで身を削る必要はないんだ」
あの時受けた心の傷だって、そう簡単に癒えたとは思えない。
それなのにわざわざ傷を抉るようなことをどうしてするんだ。
もっと自分を大事にしないとだめじゃないか。
キミだって被害者だったのだから。
いかにも冷静に、諭すように、大輔さんは言葉を紡いだ。
くしゃりと表情が崩れたかと思えば、見たこともない泣きそうな顔を彼はしていた。
「キミにもしものことがあったらと思うと……」
その手は、震えていた。
あの大輔さんがと、ようやく私は事の重大性に気づいたような気がした。
命の危険を犯すよりも、彼にここまで心配をかけてしまったことの罪悪感が、今更になってずしんと背中にのしかかってくる。
千颯、と小さく名前を呼ばれて、そのまま強く抱き締められた。
「今まで無理ばかりさせてごめん」
ついには声まで震えていて、私は動けなくなってしまった。
自分が蒔いた種なのに。
すべてが明るみになれば、彼を傷つけることはわかっていたのに。
いくら謝っても謝りきれないのは私の方なのに。
言い訳のひとつでさえする資格のない私に、大輔さんは優しく頬に触れてからそっと唇を重ねた。
こんなキスは生まれて初めてだった。
身を刻まれるような、痛みで溢れた、悲しいキス。
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