ウソつきシンデレラ
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翌日、私は午前中のうちに家事を済ませて、夕方には家を出た。
約束という名の呼び出しがあったからだ。
先日も会っていた男から、スマホにメールが来ていたのだ。
どうしても会いたいから、と。
さすがに日にちが空いていないと返信する手は一瞬躊躇したけれど、情報欲しさに了解してしまった。
彼には麻薬所持と使用の疑いがある。
もしその入手経路やそれ以上のことを教えて貰えれば、私の仕事にもなるし、大輔さんの手助けにもなるのだから。
(今日中には……帰してもらえそうにない、かな)
電車のドア前に立ちながら、小さくため息を着く。
大輔さんが張り込みで今日は帰れそうにないと言っていたのが、不幸中の幸いだった。
申し訳なさそうにしていたけれど、内心はほっとしていた。
あの男と会うのはもう三回目になる。
毎回バーで少しアルコールを入れてから、近くのホテルで一晩を共にする。
それがお決まりのコースだ。
明け方には家に帰れるけれど、そんな姿を大輔さんに見られては、余計な心配をかけてしまう。
ただでさえSの仕事はあまり歓迎されていないのに。
もう一度小さくため息をつくと、ちょうど電車が止まった。
* * *
改札を出ると、男の姿はすでにそこにあった。
まだ約束の時間よりもずいぶん早いというのに。
どれだけ待ちきれなかったんだろうと心の中では呟きつつ、顔には笑顔を貼り付ける。
私もすごく会いたかったよという、嘘の笑顔を。
そして並んで人混みをすり抜けるように歩いていく。
その間ずっと、男の腕は私の腰に回されていて、側から見ればただ密接度の高いカップルに映るだろう。
横断歩道で信号待ちしていると、ぐっと抱き寄せられてキスをせがまれる。
それだけは勘弁だ。
誰に見られるともわからない、こんな場所では。
恥ずかしいからやめてとしおらしい女を演じて、なんとかそれは回避した。
そのせいだろうか。
連れられたバーの個室に通されるや否や、あっという間に唇を塞がれた。
「ちょ、っと……はやい、よ……」
「お前が焦らしてくんのが悪りぃんだろ」
口の中をまるで蛇が這うようで、心底気持ち悪い。
でも、その強引さが快感なのだと言わんばかりに反応してやらなければ。
こいつにはまだ話してもらわないといけないことがたくさんあるのだから。
なんとか気づかれないように上手くあしらってソファに座ると、ちょうど店に来た時にオーダーしていたカクテルが運ばれてきた。
男は適当に置いておけとぞんざいな指示をウェイターに出して、腰に回した手で私の身体のラインを撫で回す。
そんな現場を目撃してしまって、まだ若いウェイターは気まずそうな表情になる。
本来なら私が一言謝りたいところだけれど、男の機嫌を損ねるわけにはいかないので、知らないふりをして猫のように甘える。
雰囲気に飲まれてしまったはしたない女を演じるしか選択肢はなかった。
足早にウェイターが去っていくと、男の行動はどんどんエスカレートしていった。
「お前マジで男いねぇの?ウソだろ。こんなエロい顔、男を知らねぇとできねぇだろ。」
それか、天性のビッチかよ。
そう言ってカクテルをくっと煽り、いやらしい笑いを浮かべながら胸を遠慮なく触ってくる。
もう我慢できないと言わんばかりの顔で、舌舐めずりをするように。
できることなら一発食らわしてやりたい。
そんな気持ちをぐっと飲み込んで、私は男の頬にそっと触れて唇を寄せる。
するとそれを狙っていたかのように彼のそれが重ねられてきて、またぐちゃぐちゃと汚い音を立てて舌が暴れ回る。
「……どし、たの?今日、やけに、積極的、だね……」
三日前にやったばっかりじゃない。
その言葉は男の唇に飲み込まれてしまった。
いつもなら軽いキスまではあるものの、ホテルに着くまではこんなに激しく触ってくることはない。
どうにも様子がおかしい気がする。
元々お酒が入るとタガが外れるようなことはあったけれど、それでもなけなしの理性はあったはずだ。
「あぁ……今日なぁ、すっげぇいいもンもらったんだよ」
男がズボンから取り出したのは、透明の小さなビニール袋に入った錠剤。
薄ピンクのそれはどこかラムネ菓子にも見える。
でも私はそれがお菓子ではないとわかった。
そもそも見覚えがあったからだ。
この男を追い始める少し前に、玲から見せてもらった資料に写真が載っていた。
「一粒飲むだけで、いつもよりうんと気持ちよくなれるっつーからさァ」
間延びした言葉。
焦点の合わない視線。
全てのピースが繋がった。
間違いない、この男はこの薬を飲んで来たのだ。
「な、いいだろ」
一応確認してくるけれど、私に拒否権なんてない。
問答無用で男の手がカットソーを持ち上げて侵入してくる。
加減の効かない力で痛いほどに胸を揉みしだかれ、もう一方の手は容赦なくスカートの中へと飛び込んできた。
こんなところでとも思ったけれど、決定的瞬間を押さえることができた。
実は、私のカバンからはカメラを覗かせてある。
きっと先程のビニール袋が映っているだろう。
こっそりボイスレコーダーも仕込んであるから、それもいい証拠になる。
あと少しだけ我慢すればいい。
気を確かに持って、私はただただ男の愛撫に心を奪われた女を演じた。
* * *
「……はぁ」
自宅に帰ってきた頃には、もうすっかり空も白んでいた。
洗面台に直行して、何度も何度もうがいをする。
それでもしばらくはあいつの気持ち悪い感触が消えることはないけれど、やらないよりはずっとマシだ。
それから、シャワーへ飛び込む。
少し熱めのお湯が身体を流れていくと、ようやく帰ってきたと実感する。
息をするのもずいぶん久しぶりのように感じた。
いつも以上に念入りに身体を洗ってから浴室を出て、パジャマに袖を通す。
すると、玄関からがちゃりと音がした。
反射的にびくっと肩が震えてしまう。
数分もしないうちに、疲れた表情をした大輔さんが入ってきて、ちょうどリビングで鉢合わせる形になった。
「こんな時間になにやってるんだ?」
「あ、さっきまで仕事してて……それで、シャワー浴びてました」
「そうか……。あまり無理はするなよ」
ソファに座った彼が、とんとんと隣を軽く叩く。
おいで、という合図。
断る理由もないので素直に従う。
私も、疲れた。
半ば無意識に大輔さん抱きついた。
そんな私に何も言わず、彼はぎゅっと抱きしめてくれた。
「……大輔さん。好き、です」
「うん、俺も好きだよ」
「私の方がもっと好きです」
「それはどうかな?」
笑ってしまうほど些細なやりとり。
でもそれがなによりも嬉しい。
彼の少し低い声が身体の中に染み込んで、擦り減った心を癒してくれる。
幸せって、きっとこういうことなのだろう。
柄にもなくそんなことを考えてしまった。
「そろそろ俺もシャワー浴びてくるよ。お前は先にベッド行ってなさい」
「ん、わかった」
離れるのが名残惜しいという気持ちが顔に出てしまったのか、大輔さんは少し苦笑してから、そっとキスをしてくれた。
ほんのわずかに触れるだけだったけれど、そこには沢山の愛してるが詰まっていた。
「明日は俺も休みだから、一緒にゆっくりしよう」
「明日って……もう日付変わってますよ?」
「こら、揚げ足を取るんじゃない。寝て起きるまでが今日なんだよ」
デコピンの代わりに、額へ飛んできたのは彼の唇だった。
思わず表情が緩んでしまう。
本当にこの人は、私を甘やかすのが上手いんだから。
「先にベッドで待ってますね」
「待たなくていいよ。眠かったら寝てなさい」
そんな優しい言葉をじんわりと噛み締めながら、一足先に寝室へと向かった。
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約束という名の呼び出しがあったからだ。
先日も会っていた男から、スマホにメールが来ていたのだ。
どうしても会いたいから、と。
さすがに日にちが空いていないと返信する手は一瞬躊躇したけれど、情報欲しさに了解してしまった。
彼には麻薬所持と使用の疑いがある。
もしその入手経路やそれ以上のことを教えて貰えれば、私の仕事にもなるし、大輔さんの手助けにもなるのだから。
(今日中には……帰してもらえそうにない、かな)
電車のドア前に立ちながら、小さくため息を着く。
大輔さんが張り込みで今日は帰れそうにないと言っていたのが、不幸中の幸いだった。
申し訳なさそうにしていたけれど、内心はほっとしていた。
あの男と会うのはもう三回目になる。
毎回バーで少しアルコールを入れてから、近くのホテルで一晩を共にする。
それがお決まりのコースだ。
明け方には家に帰れるけれど、そんな姿を大輔さんに見られては、余計な心配をかけてしまう。
ただでさえSの仕事はあまり歓迎されていないのに。
もう一度小さくため息をつくと、ちょうど電車が止まった。
* * *
改札を出ると、男の姿はすでにそこにあった。
まだ約束の時間よりもずいぶん早いというのに。
どれだけ待ちきれなかったんだろうと心の中では呟きつつ、顔には笑顔を貼り付ける。
私もすごく会いたかったよという、嘘の笑顔を。
そして並んで人混みをすり抜けるように歩いていく。
その間ずっと、男の腕は私の腰に回されていて、側から見ればただ密接度の高いカップルに映るだろう。
横断歩道で信号待ちしていると、ぐっと抱き寄せられてキスをせがまれる。
それだけは勘弁だ。
誰に見られるともわからない、こんな場所では。
恥ずかしいからやめてとしおらしい女を演じて、なんとかそれは回避した。
そのせいだろうか。
連れられたバーの個室に通されるや否や、あっという間に唇を塞がれた。
「ちょ、っと……はやい、よ……」
「お前が焦らしてくんのが悪りぃんだろ」
口の中をまるで蛇が這うようで、心底気持ち悪い。
でも、その強引さが快感なのだと言わんばかりに反応してやらなければ。
こいつにはまだ話してもらわないといけないことがたくさんあるのだから。
なんとか気づかれないように上手くあしらってソファに座ると、ちょうど店に来た時にオーダーしていたカクテルが運ばれてきた。
男は適当に置いておけとぞんざいな指示をウェイターに出して、腰に回した手で私の身体のラインを撫で回す。
そんな現場を目撃してしまって、まだ若いウェイターは気まずそうな表情になる。
本来なら私が一言謝りたいところだけれど、男の機嫌を損ねるわけにはいかないので、知らないふりをして猫のように甘える。
雰囲気に飲まれてしまったはしたない女を演じるしか選択肢はなかった。
足早にウェイターが去っていくと、男の行動はどんどんエスカレートしていった。
「お前マジで男いねぇの?ウソだろ。こんなエロい顔、男を知らねぇとできねぇだろ。」
それか、天性のビッチかよ。
そう言ってカクテルをくっと煽り、いやらしい笑いを浮かべながら胸を遠慮なく触ってくる。
もう我慢できないと言わんばかりの顔で、舌舐めずりをするように。
できることなら一発食らわしてやりたい。
そんな気持ちをぐっと飲み込んで、私は男の頬にそっと触れて唇を寄せる。
するとそれを狙っていたかのように彼のそれが重ねられてきて、またぐちゃぐちゃと汚い音を立てて舌が暴れ回る。
「……どし、たの?今日、やけに、積極的、だね……」
三日前にやったばっかりじゃない。
その言葉は男の唇に飲み込まれてしまった。
いつもなら軽いキスまではあるものの、ホテルに着くまではこんなに激しく触ってくることはない。
どうにも様子がおかしい気がする。
元々お酒が入るとタガが外れるようなことはあったけれど、それでもなけなしの理性はあったはずだ。
「あぁ……今日なぁ、すっげぇいいもンもらったんだよ」
男がズボンから取り出したのは、透明の小さなビニール袋に入った錠剤。
薄ピンクのそれはどこかラムネ菓子にも見える。
でも私はそれがお菓子ではないとわかった。
そもそも見覚えがあったからだ。
この男を追い始める少し前に、玲から見せてもらった資料に写真が載っていた。
「一粒飲むだけで、いつもよりうんと気持ちよくなれるっつーからさァ」
間延びした言葉。
焦点の合わない視線。
全てのピースが繋がった。
間違いない、この男はこの薬を飲んで来たのだ。
「な、いいだろ」
一応確認してくるけれど、私に拒否権なんてない。
問答無用で男の手がカットソーを持ち上げて侵入してくる。
加減の効かない力で痛いほどに胸を揉みしだかれ、もう一方の手は容赦なくスカートの中へと飛び込んできた。
こんなところでとも思ったけれど、決定的瞬間を押さえることができた。
実は、私のカバンからはカメラを覗かせてある。
きっと先程のビニール袋が映っているだろう。
こっそりボイスレコーダーも仕込んであるから、それもいい証拠になる。
あと少しだけ我慢すればいい。
気を確かに持って、私はただただ男の愛撫に心を奪われた女を演じた。
* * *
「……はぁ」
自宅に帰ってきた頃には、もうすっかり空も白んでいた。
洗面台に直行して、何度も何度もうがいをする。
それでもしばらくはあいつの気持ち悪い感触が消えることはないけれど、やらないよりはずっとマシだ。
それから、シャワーへ飛び込む。
少し熱めのお湯が身体を流れていくと、ようやく帰ってきたと実感する。
息をするのもずいぶん久しぶりのように感じた。
いつも以上に念入りに身体を洗ってから浴室を出て、パジャマに袖を通す。
すると、玄関からがちゃりと音がした。
反射的にびくっと肩が震えてしまう。
数分もしないうちに、疲れた表情をした大輔さんが入ってきて、ちょうどリビングで鉢合わせる形になった。
「こんな時間になにやってるんだ?」
「あ、さっきまで仕事してて……それで、シャワー浴びてました」
「そうか……。あまり無理はするなよ」
ソファに座った彼が、とんとんと隣を軽く叩く。
おいで、という合図。
断る理由もないので素直に従う。
私も、疲れた。
半ば無意識に大輔さん抱きついた。
そんな私に何も言わず、彼はぎゅっと抱きしめてくれた。
「……大輔さん。好き、です」
「うん、俺も好きだよ」
「私の方がもっと好きです」
「それはどうかな?」
笑ってしまうほど些細なやりとり。
でもそれがなによりも嬉しい。
彼の少し低い声が身体の中に染み込んで、擦り減った心を癒してくれる。
幸せって、きっとこういうことなのだろう。
柄にもなくそんなことを考えてしまった。
「そろそろ俺もシャワー浴びてくるよ。お前は先にベッド行ってなさい」
「ん、わかった」
離れるのが名残惜しいという気持ちが顔に出てしまったのか、大輔さんは少し苦笑してから、そっとキスをしてくれた。
ほんのわずかに触れるだけだったけれど、そこには沢山の愛してるが詰まっていた。
「明日は俺も休みだから、一緒にゆっくりしよう」
「明日って……もう日付変わってますよ?」
「こら、揚げ足を取るんじゃない。寝て起きるまでが今日なんだよ」
デコピンの代わりに、額へ飛んできたのは彼の唇だった。
思わず表情が緩んでしまう。
本当にこの人は、私を甘やかすのが上手いんだから。
「先にベッドで待ってますね」
「待たなくていいよ。眠かったら寝てなさい」
そんな優しい言葉をじんわりと噛み締めながら、一足先に寝室へと向かった。
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